・『千耳』とは別の時間軸。
・アキラも生きてて、3人で仲良し。
・詳しい経緯はアキラ編ので。



テイク・ミィ・ホーム1 -シキ編



 『すき焼きするから家に来ないか』

 シキの元にからそんな連絡が入ったのは、1週間前のことだった。といっても、電話などで連絡があったわけではない。
 一所に定まらず流れ歩く者も多い裏の世界の中で用いられる方法の一つ――連絡を取りたい相手の足跡を読み、立ち寄る確立の高いバーのマスターへ伝言を託すというやり方で、伝えられた。主に裏の仕事を斡旋する口入れ屋などが、ある人間に名指しの依頼が来たとき、その人間を呼び出すのに使うやり方だ。この方法だと、呼び出されている人間は、バーに立ち寄らなければ呼び出しを見落としてしまうことになる。けれど、裏の世界では情報こそ生命線であるから、大抵の人間は情報収集のためにバーなどに立ち寄る。伝言するというのは、不確実に見えて、意外に確実な連絡方法なのだ。
 それはいい。問題は内容だ。『すき焼きするから家に来い』など、どう考えたってそんな連絡方法で伝えなければならない内容ではない。
 おまけに、このところシキはに居所を一切教えていなかったから、彼は自分でシキの足跡を追って伝言したことになる。裏の世界で多少名の知れているシキは、賞金稼ぎや腕試しの連中に狙われることが多く、そのうち大して力もない輩が大部分を占める煩わしさから、足跡を隠していた。それを辿れるのは、が裏社会で有名な情報屋<千耳>の弟子であり本人も実力のある情報屋であるからだろう。が、今回はどう考えても実力の無駄遣いだ。
 ともあれ、シキは結局、誘いを受けることにした。
 ここで誘いを無視したら、次に会ったときにきっと責められることだろう。は感情を抑えがちなアキラとは正反対で、喜怒哀楽をあけっぴろげに表現する。かといって騒がしいわけではないが、これまで感情を押し殺しがちであったシキとしては、苦手とするテンションだ。責められたら、きっと雑魚10人を相手に闘うより、精神的に疲れるだろう(もちろん、決して怒ったが怖いわけではない)。
 いっそ次にに会わなければいいのだが、彼の情報は仕事に欠かせないので、そういうわけにもいかないのが辛いところだ。


 約束の日。
 シキは夕方頃、の家に向かった。普段なら、こんな時間に街中を歩いたりすることは少ない。仕事も移動も、夜の闇に紛れて行うのが常だ。だが、今日は何の仕事も請けていなかったため、普段の活動時間よりも早い呼び出しの時刻に間に合った。おそらく、は自分がこの日仕事を請けていないことを見越した上で、時刻を指定したのだろうが。
 街外れの住宅街を抜けていくと、そこに目的の古い一軒家の平屋があった。
 もとはの師である<千耳>のもので、束の間シキも身を寄せたことがあるその家は、いつ来ても同じ佇まいをしていた。随分古い家だが、しばらく来なくともどこかが崩れているようなこともない。狭い庭には雑草が生えているが、かといって伸びすぎていることはない。師の遺産を、がそれなりに管理している証拠だろう。
 この家の呼び鈴は壊れているので、シキは門を入って玄関の戸を叩いた。
 と、すぐにが玄関口へ出てくる。
 「久しぶりだな、シキ。上がってくれ」
 そう言って先に立って奥に入っていったは、居間にシキを通すといきなりこたつの隣に正座した。そして、いかにも話があるという様子で、まだ立ったままのシキを見上げてくる。
 「…何だ」嫌な予感を抱きつつ尋ねると、
 「相談があるんだ」と殊勝な顔つきで返事が返ってくる。「あのさ、肉、買ってくれないか」
 「俺がか」
 「そう、シキが。俺たち3人の中で、一番稼いでるの、シキだからな」
 「3人…?俺とお前ではないのか」
 「今日は、あとアキラが来るんだ。アキラは仕事が入ってるから、もう2時間くらい遅れるらしいけど」
 「それで、肉か」
 「うん、肉だ」
 「野菜は」
 「それは俺が買った。今切ってる途中」
 確かに、は今エプロンをしている。
 野菜だけ先に買ったということは、最初からはシキに肉を買わせる気でいたのだろう。シキは小さくため息を付き、「買いに行く」と踵を返した。次の瞬間、コートの裾が引っ張られる感覚があった。振り返れば、が正座したまま手を伸ばして、コートの裾を掴んでいる。
 「まだ何かあるのか」
 「買いに行ってくれるなら、着替えてからの方がいい。その格好は、スーパーに入ったら驚かれる」
 シキは無言で、自分の手の中の日本刀を見つめた。
 確かに、これでは驚かれるだろう。さすがにそれくらいは分かる。“驚かれる格好”と言われたのは、非常に不本意ではあるが。そこで「着替える」と短く言い、居間の奥の部屋へ歩いていった。
 奥の少し広めの部屋は、客用として使われている。といっても、家の主がである今は、泊まるのはシキかアキラくらいのものだ。そこそこ頻繁に宿代わりにしてもいるので、この家の客用の部屋に置かれた箪笥には、シキやアキラの衣類が入っている。そこから自分のものを取り出し、シキは着替えをした。この部屋に置いているのは、この家を宿代わりにするときに着るラフな衣服であるから、スーパーに着て行って驚かれることはない。
 着替えを終えて居間に戻ると、襖の開閉する物音を聞きつけたが、間続きの台所から顔を見せた。
 「もう行くのか?来たばっかりなんだし、まだ時間もあるから、少し休んで行けば?俺も咽喉かわいたし、一緒にお茶かコーヒーか淹れる。お前はどっちがいい?」
 「コーヒーを」
 半ば勢いに乗せられるような形で選ぶと、は頷いて台所に引っ込んでいく。こたつに入ることはせず前に座って待っていると、すぐにが2人分のカップを持って来た。そのうち一つをシキの前に置き、もう一つを持って彼もこたつの前に座った。
 「――あのさ、肉のことだけど、」コーヒーに口を付けてから、は言った。「本当に良いのか?」
 「良いも悪いも、肉がないとすき焼きにならないだろう」
 「そうだけど。もしシキが駄目だって言ったら、俺が買おうと思ってるってことだよ。ただ、何ていうか、皆で材料を持ち寄って鍋をするのに憧れてたから、一度シキにたかってみただけなんだ。だから、本当は嫌だったら嫌って言ってくれてもいい」
 「…嫌も何も、肉を買う金くらいはある。別に問題ない」
 すると、は「ありがとう」と穏やかな笑みを浮かべた。途端に何か決まりが悪い気がして、シキは殊更の無表情で頷き、無言でコーヒーに口をつける。
 薄いコーヒーを飲みながら、シキは改めて自分の苦手を再認識する思いだった。こんな風に、取り繕うでもなく素の感情を表すことがあるから、はどうも接し難い。どんな顔をして投げかけられる感情を受ければいいのか、分からなくなる。それでも、最近になって持つようになったこんな穏やかな時間を、悪くはないと思っている自分がいることも――悔しいが――事実だ。
 コーヒーを飲んでしまうと、シキは腰を上げた。
 「買いに行って来る」
 「あぁ。行ってらっしゃい」
 はまだこたつの前に座ったまま、軽く手を振った。






テイク・ミィ・ホーム2 -アキラ編



 『すき焼きするから家に来ないか』

 アキラの元にからそんな連絡が入ったのは、1週間前のことだ。楽しみにしていたのだけれども、生憎約束の日には請け負った仕事が長引いてしまい、結局2時間ほど遅れて行くことになった。
 すっかり暗くなった夜道を早足で進み、街外れのの家へと向かう。古びた平屋のその家は、アキラが辿り着くころには玄関に灯りを点けて、どことなく温かな家庭を思わせる佇まいになっていた。といっても、普段住んでいるのはひとりだから、温かな家庭とは間逆なのだが。それでも、には不思議と背景にそういう幸せな家族――というよりは、地に足の着いた生活なのかもしれないが――を感じさせるところがある。それは、彼が戦時教育以前の教育を受け、本物の家族と暮らしていたことがあるせいではないか、と何となくアキラは考えていた。多分は、家庭や家族を感覚的に知っているから、あんなに温かなのだ。
 門を入り、呼び鈴を鳴らす代わりに玄関を叩くと、中から出てきたのはシキだった。先に来ていたのだろう、普段の黒尽くめの衣装ではなく、もっとラフな格好をして寛いだ様子だ。シキのラフな格好を見るのは初めてではないが、アキラはいつもと違うシキに何となく気恥ずかしさを感じた。
 「久しぶり。あんた、もう来てたんだな」
 「俺が来ることを知っていたのか」
 「先にから聞いてた。は?」
 「奥にいる。もう鍋を炊き始めている。食べるのは待っていてやるから、先に客間で着替えてこい」
 「あ…あぁ」
 妙なくすぐったさを感じながら、アキラは靴を脱いで上がり、そのまま客間へと向かった。この家にはよく泊まりに来るので、客間の箪笥には自分の衣類を置いている。シキも同様だ。箪笥を開けて目に付く衣服に、また妙なくすぐったさを感じた。くすぐったさを持て余しながら、アキラは着替えに取り掛かる。
 着替えながら考え続けて終わる頃、アキラはくすぐったさの原因に思い当たった。
 これまでの数年間、自分はシキを殺すために追い続けて来た。挑めばシキも、こちらを殺す気で闘いに応じてきた。そうして、シキはアキラを打ち負かしては犯した。その関係が変化したのは、1年以上前のことだ。一度囚われモルモットにされた軍事施設から逃げ出したアキラは、死ぬつもりでシキに挑んだ。実際刃を受け、死にかけた。ところが、その場に駆けつけたが対処して闇医者に運び、アキラは一命を取り留める結果となった。
 一命を取り留めたものの、アキラはしばらくの間意識不明で、いつ死んでもおかしくない状態だった。その間、の話では、シキは抜け殻のようであったらしい。そのシキを叱咤して何だかんだのうちには、シキがアキラを守るという約束を取り付けてしまった。なぜなら軍はまだアキラを追っていたし、シキは放っておけば廃人になってしまいそうだったからだ。
 アキラを守らせることでシキの気力を繋ぎ留めることができるかは、も自信がなかったらしい。が、結果的にそれは成功した。アキラがそのことを素直に喜べないのは、軍にアキラを諦めさせるために死亡工作をしていたが、軍に目を付けられ酷い目に遭わされたせいだ。は語らないが、彼を助け出したシキに聞きいた話では、軍の幹部に性的な暴行をも受けていたようだ。
 救出の際、媚薬を使われていたを宥めるために抱いたシキには、嫌な気分を感じることは無い。ただ、性的暴行を加えた軍の人間に対しては、アキラは未だに消えない怒りを抱いている。けれど、動けるようになったら報復に行こうと思っていたら、相手はシキが殺してしまっていた。
 そんなことがあって、シキとアキラの関係は変化した。今ではもう、生命がけで闘うことはない。刀で闇の世界を生きる者としては少し寂しくもあるが、守り守られて以来闘うだけが自分たちの関係の全てではないと、分かったからだ。殺しあうには、シキは愛しすぎる。そして、その愛しいという感情を教えてくれたのは、の温かさだ。それでも、シキに勝ちたいと思うアキラの闘争心は消えないので、シキより少しでも優れた仕事をしようと勝手に対抗心を燃やすことは止められないが。
 自分とシキとと――今のこの関係のことを思うと、何だかくすぐったいのだ。


 居間へ行くとすき焼きは出来上がっていて、けれど、シキの言葉通り2人とも箸を付けずに待っていた。アキラが入ってきたのを見ると、が「お疲れさま」と言って笑ってみせる。
 「ごめん、、遅くなった」
 「いや。用意してたら、この時間でちょうど良かったよ。さぁ、肉食えよ、肉。シキが買ってきてくれたんだ」
 「えっ…シキが?買いに行ったのか?いつものあの格好で?」
 「着替えて行ったが…お前は、何か俺の格好について言いたいことでもあるのか。お前も普段同じような格好をしているだろうが」シキが眉をひそめてアキラを見る。
 「確かに同じような格好だけど。スーパーであの格好だったら、客は驚くだろ。――とにかく、肉、ありがとう。すき焼き、ちゃんと味わって食べる」
 「あぁ…」アキラの言葉にシキは困惑した様子で頷いた。「しかし、たかがすき焼きの肉でそれほど感謝されることでもないが」
 「だけど、俺やあんたみたいな暮らしじゃ、すき焼き食う機会は貴重じゃないか」
 そうだ。仕事を請けながら流れ歩く生活では、食事はソリドで済ますことが多い。その気になればソリドでない食事を摂ることもできるが、その場合でも鍋のように多人数で食べるようなメニューは、食べる機会がない。もちろん、こうして集まって騒ぎながら食べることも。
 鍋から小皿に肉を取りながら、アキラはまたあのくすぐったさを感じた。
 幸せで、幸せであることが少し気恥ずかしい。
 それが、このところ感じ続けているくすぐったさの正体だと知った。






テイク・ミィ・ホーム3 -主人公編+α



 片付けを終え、風呂から上がって居間へ行くと、こたつにアキラが伸びていた。
 彼は風呂を済ませてからシキと飲んでたはずだが、どうやら飲みすぎたらしい。赤い顔をして、気持ち良さそうに眠っている。俺はこたつでまだ一人飲んでいるシキを見て、ため息を吐いた。
 こたつの空いている面に入り、こたつの上にある酒のボトルを持つ。ボトルは軽い。もうすぐなくなるようだ。この強い酒を、アキラもかなり飲んだのだろうか。
 「一緒に飲むなら手加減してやれよ。アキラは、どうしてもお前に張り合おうとして、背伸びするんだから。一時期は、見ていて危なっかしいほどだった。本当は酒だってあまり強くないんだ。知ってるだろう?」
 「手加減されて喜ぶような性格でもないだろう、アキラは。それに、不本意だが、俺にはどちらかといえば、貴様に認められたくて背伸びしているように見えるがな」
 「俺?認めるって、何をだよ。俺はシキと違って、アキラの手本になるような人間じゃないだろ。喧嘩弱いし、背もアキラより低いし、女の子にももてたことないし」
 「そういうことじゃない。男は惚れた相手にはいい格好をしたいだろう、それと同じだ」
 「あー…――それは誰にだってあるな。俺だってしてる。必死にアキラに年上風吹かせてみたり」
 「それが悪いんだろう」シキは断定した。
 そうなのかもしれない。けれど、こちらもアキラに惚れている以上は、いい格好がしたいのだ。アキラは昔よりずっと大人びた。けれど、俺は自分が大人になった気がしない。そのうちアキラガ5つ6つある年の差を埋めてしまうのではないか、と不安になる。だから、殊更年上だという風を装ってみたりする。そんな自分を、滑稽だと思う。
 もっとも、俺の滑稽さはそれだけではない。
 「ついでに、あんたに対しても、いい格好してる」
 「俺に?」なぜだ、と言いたげにシキは目を見張る。
 「…そりゃぁ、惚れてるからに決まってる」
 「普段の貴様を見ていると、とてもそうとは思えんが」
 確かにそうだろう。俺自身、具体的にどこがどう格好付けているとも言えない。
 ただ、シキの前では、苦しくても辛くても平気な顔をしていたくなる。何かが起こっても、「大丈夫」と安請け合いしたくなる。シキは俺に「大丈夫」と言われなくても、自分で対処できる強い人間だが――それでもなぜか辛さや動揺を見せたくないのだ。
 そこでふと、気になることがあった。
 「お前にもあるのか、格好付けてること」
 尋ねてみたが、彼は「さぁな」と肩をすくめただけだった。そして、壁の時計に目を遣り、「そろそろソレを運んだ方がいいな」とアキラを顎で示した。見れば、時計は夜も遅い時間を示している。
 俺は客間に布団を敷くために立ち上がった。


 客間に布団を敷き終える頃、見計らったようにシキが入ってきた。しかも、酔ったアキラに肩を貸すのではなく、抱き上げてしまっている。平気で成人男性を抱き上げられるなんて、一体どんな腕力をしているのか。俺は、何だか感心してしまった。
 「アキラを抱き上げるなんて、すごい力だな」
 「少し鍛えれば誰にでもできる。感心されるほどのこともない」
 重さを苦にしている様子もなく言うと、シキはアキラの身体を布団の上に下ろした。
 「ありがとう。お前ももう寝るか?」
 「そのつもりだ」
 「そうか。じゃぁ、おやすみ」
 俺はアキラに掛け布団を掛けて、腰を上げる。すると、シキは眉をひそめた。
 「ここで寝ないのか」
 「だって、ここは敷布団2枚しか敷けないし、男3人じゃ狭いだろ」
 「だが、貴様は前にここで、アキラと俺と3人で寝たこともあるだろう」
 指摘されて、俺は言葉に詰まった。
 泊まりにきたのがシキかアキラか一方であるときは、大抵俺もこの部屋で一緒に眠る。ただここは、本当に3人で眠るには、狭い部屋だ。確かに、何度かこの部屋で3人で眠ったことはある。そういうときは、部屋に戻りたくてもその気力が残っていないだけだ。全く、いつから3人でセックスするなんて、あまり一般的とはいえない機会を持つようになってしまったのだろう。そう考えて、じわりと頬が熱くなってくる。
 とはいえ、今日はそういう流れではない。部屋に戻る気力があるのだから、俺は自分の部屋で眠るべきだ。でないと、こんな冬場に狭い布団で3人寝たら、風邪を引いてしまう。
 「今日はそのときとは違うから…――でも、そう言ってくれるなら、戸締りしてからこっちに来る」











 翌朝、アキラは目を覚ました瞬間、妙な窮屈さを感じた。不思議に思いながら目を開けてみれば、とシキも一緒にいて、3人で寄り添うような格好で寝ている。なるほど、これは窮屈なわけだ。
 昨夜はシキと飲んでいて、そこからの記憶がないから、2人がここまでアキラを運んでくれたのだろう。それにしても、もシキも普段は身体の関係があってもあまりべたべたしない方だから、こういう状況になっているのは少し意外だった。あれで案外2人とも、人並みに温もりが欲しいときもあるのだろう。
 寝返りを打ってうつ伏せになり、アキラは顔を上げて2人の寝顔を見た。
 どちらも、子どものようなあどけない顔をしている。
 普段は年下だということを実感させられてばかりいるので、彼らの寝顔のあどけなさが微笑ましくて、アキラは一人笑いをかみ殺した。 






End.


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