あまりにやさしくてひどくせつない





 面倒な女だ、とシキは思った。

 いや、女として面倒であるなら、まだいい。たとえば、つまらない嫉妬で不機嫌になるというのなら(それこそシキの嫌う類の面倒ではあるが)、理解も出来たし対処の仕方もあっただろう。しかし、たかだか箱を一つ手渡しただけで泣き出されるとは、予想外であったし理由も思いつかない。だから、為す術もなくシキはを見ていた。
 こちらに顔を向けているの頬を、つぅと涙の筋が伝い落ちていく。
 涙を拭うこともしないまま、はじっとシキを見つめている。
 は、よく泣く性質だ。
 子どものようだと呆れたくなる程素直に、彼女は涙する。その泣き方も、誰に慰めて欲しいというのではなく、ただ嵩を増しすぎた自分の感情を宥めるかのようである。むしろ、妙なところでプライドが高いので、他人の慰めは受け付けない。シキも何度もその姿を目にしてはいるが、出会った最初のうち彼女は涙するときこちらに背を向けていたものだった。そして、不用意に言葉をかければ、きっぱりと拒絶されるのだ。

 そのが今では時折泣き顔を見せるのだから、随分と打ち解けたと言えるかもしれない。

 けれど、背を向けて掛ける言葉を拒絶されるのも不愉快ではあるが、こうして素直に泣き顔を晒されても、シキとしては困るところがある。いったいどうして欲しいのか、一向に分からない。何かしようにも、こうも真正面から見られていては、何の対処法も浮かばないまま困惑ばかりが募っていく。
 考えあぐねたシキは、とうとう互いの間に落ちた沈黙に焦れての方へ手を伸ばした。
 少し前、自分が手渡したときそのままに彼女の手の中にある小箱を取り上げる。箱の中には、銀色のシンプルな指輪が台座に収まっていた。指先でそれを取り上げ、彼女の手を取って指に通す。すると、彼女は瞬きして自分の左手に視線を落としてから、やっと口を開いた。
 「…あの…ありがとう。嬉しい」
 「…ならば泣くのはやめろ」
 そう言う間にも、新たな涙がゆっくりとの頬を伝い落ちていく。
 そういえば嬉し泣きという言葉があるのだった、と唐突にシキは思い至った。今まで単なる語彙のひとつでしかなかったその現象こそ、今目にしている光景なのだろう。
 「そうしたいんだけど…何か、止まんない…」
 彼女は困ったように言って、微笑みらしきものを浮かべる。頭の片隅では冷静に泣きながら笑うことの出来る器用さに感心したが、俄かに何とも言い難い感情が込み上げてくる。その感情の赴くままに、彼女の頭に手をのせた。
 「たかが指輪ひとつだろう。このくらいで泣くなと言うのに…」
 口ではそう言いながらも、まだ涙を溢れさせているの頭を静かに撫でる。
 自分も甘くなった、と内心で自嘲してみたものの、不思議と後悔はなかった。





End.
お題配布サイト:『is』
「あまりにやさしくてひどくせつない」

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