Another day comes-3





 「あれ?アンタあのときのー!」
 そう声を掛けられたとき、私はスーパーの肉売り場にいた。正確を期して言えば、夕飯は肉じゃがにするか粕汁にするかで、牛肉と豚肉のパックを手に悩んでいるところだだったので、大声に驚いて商品を取り落としそうになった。
 2パックとも元の位置に戻してから顔を上げると、すぐ傍に若い男が立っていた。長い金髪と耳朶の幾つものピアス、やけに鋭い目つき。繁華街のチンピラのような格好だが、実はそうでないということを私は既に知っている。この前のサイバーテロ騒動のとき知り合った、グンジという刑事だった。
 「何でここにいんの?家、この辺じゃねぇよな。っつーか、あんたの家、吹っ飛ばされたんだっけ。今どうしてんの?」
 「えぇと…今は、この近所にいるんです」グンジがまくし立てる勢いに圧倒されながら、何とか答える。「そういえば、グンジさんの家はこの近くなんですか?」
 「俺は違うけどジジがこの近くでさー、肉食わせてもらいに来たんだ」
 グンジが言ったとき、彼の背後に更に長身で大柄な男が立つのが見えた。額に傷のある凶相はヤクザのようだ。周囲の客は少し怯えているが、私は顔見知りであったので威圧感を覚えることもない。
彼はキリヲという名で、こちらもグンジと同じく刑事なのだ。
 「ヒヨが騒いでるから来て見れば…この前のお嬢ちゃんじゃねぇか」
 「おう!さっき会ったんだ。この近所に住んでるらしーぜ」
 「あー、このお嬢ちゃんがいるのはシキんとこだからなぁ、近所には違いねぇ」
 私は驚きのあまり、私はキリヲを見上げたまま動けなくなった。どうして知っているのだろう。シキが言ったのか。いやいや、シキはそう自分のことを他人に明かす性格でもない。なら一体どうして…疑問がグルグルと頭の中を回る。
 ふと気がつくと、グンジが面白そうに私の顔を覗き込んでいた。
 「そうならそうって言ってくれればいいのに。へぇー、あのシキティと同棲してんのかー」
 「してませんっ」
 「あー、お嬢ちゃん、残念ながら証拠は挙がってんだ」ドラマで聞くような台詞を言って、キリヲはぽんぽんと慰めるように私の肩を叩いた。「俺のアパートはシキんとこの近くでな、まぁ、朝見送りをするアンタを何度か見かけてるわけだ」


 結局、買い物を済ませた私は、スーパーを出るところでまた2人と一緒になった。
 外に出ると既に日は暮れかけていて、薄暗くなっていくスーパーの駐車場をひっきりなしに買い物客の車が出入りしている。キリヲの家が近いというのは事実らしく、2人とも私と同じように駐車場を横切って帰ろうとしたので、結果的に一緒に帰る形になった。
 歩くのが遅い私に合わせて、2人は随分ゆっくり歩いてくれたようだった。
 「…お嬢ちゃん、なんで俺がシキの家を知っんのか不思議か?」
 並んで歩きながらさり気なく様子を窺っていると、キリヲがこちらを見てにやりと笑う。先程からそのことはずっと気になっていた(けれど敢えて確かめるほどのことでもないと思ったから黙っていた)ので、私は素直に頷いた。
 「俺が最初に配属されたのがこの近所の交番だったんだ、ガキの頃から知ってるよ。しばらく勤めりゃ近所の住民の顔くらいは分かるようになってくるもんだ。その上、あいつの母親は滅多にいないくらいの美人だったからなぁ、まぁ、いつの間にか家の場所くらいは覚えてたな」
 然程の年齢にも見えないのに妙に老成した口調で言ってから、キリヲは「こいつもそうだ」と隣のグンジを見遣った。その顔に懐かしげな笑みが過ぎる。
 「こいつも、まだケツの青いガキだった頃から知ってる。昔はその辺のいきがってるガキや、下手すりゃヤクザの下っ端にまで喧嘩を売るような馬鹿だったからなぁ、警官になったのが信じられねぇよ」
 「俺はジジが警官だってことの方が納得できねぇー」グンジは顔をしかめて言い返し、それ以上過去を持ち出されることを恐れたのかさっさと話題を変えようとする。ふとこちらに顔を向けたグンジが、いい標的を見つけたとでもいうように目を輝かせたところを私は目撃した。「…ところで、アンタ、見かけによらず凄い女だな」
 「は?」唐突に話を振られて、返事に困る。
 「シキティは、あれで何でか割と女に好かれるわけだ。で、まぁ、多少は遊びもしてる。けど、同棲までしたのはアンタが初めてだ。あのシキティと問題なく暮らしていけるアンタは凄い。俺はぜってぇー出来ねぇもん。一緒に酒は飲めても、一緒に暮らすのはムリ、殺し合いになる」
 何だか話が変な方向に転がっているが、訂正の必要を感じて私は口を挟んだ。「だから、同棲じゃないんです。私はただ、家政婦として雇われてるだけですから」そう主張すると、2人はまじまじと奇妙なものを見る目で私を見る。
 「えぇー、シキティまだ手ぇ出してねぇの?嘘だー」とグンジはひどく理不尽そうな表情になり、
 「あちらさんはオメェと違って育ちがいいんだよ」とキリヲはグンジを宥めるように肩に手を置く。
 「だから、そういう話じゃなくて」
 「そういう話なんだよ。――お嬢ちゃんだって、実は分かってんだろ?家政婦云々でアンタがあいつんとこにいるとしても、そんなのは建て前だ。結局、シキはアンタを傍に置いときたいんだろうよ。でなけりゃ、あの我が儘な男が他人を自分の領域に入れるなんてありえねぇ。ヒヨが言ったアンタが凄いってのは、そういう意味だ」
 そんなはずはない。だって、シキが私を傍に置きたがる理由はどこにもない。
 そう言い返そうとしたのだが、そこでちょうど家の前に着いてしまって、私は言う機会を失った。家の前に立ち、更にもう10分ほど歩かなければならないグンジとキリヲを見送る。と、少し行ったところでグンジが振り返って大きく手を振った。
 「なぁ、シキティに今度飲もうって言っといてー」


***


 何か落ち着かない気分のまま、時間は過ぎていった。
 洗濯物を庭に干し、戸締りを確認して1日の家事を終える頃には、午前0時を少し過ぎていた。
 家事というのも、結構大変だ。真面目にやればすべきことはいくらでも出てくる。けれど――と、使わせてもらっている部屋に向かう途中差し掛かった階段の前で立ち止まり、私は2階を仰ぎ見る。そこにいる筈のシキのことを思う。彼が2階の自室に引っ込んでまだ1時間ほどだから、眠ってはいないだろう。
 “家政婦として雇う”とシキは言った。けれども、これでお給料など貰うわけにはいかない。
 家政婦という職業があるのは知っている。でも、私がこの1カ月やってきたことでは、お給料は貰えない。誓って怠けていたわけではないが、私のやってきたことは仕事として成立していないような気がするのだ。シキがどう言おうとやはり“家政婦として”というのは私に気を遣わせないための方便で、実態は私が彼の温情で居候させてもらっているだけだ。けれど、私を居候させて続けても、シキには何の利益もない。この家での暮らしは予想以上に(自分でも驚くくらいに)楽しいけれど、実態を見ない振りをしてずっと続けていくのは、やはり無理だ。
 ちょうど明日で、ここへ来て1ヵ月になる。
 去るのには、ちょうどいい機会なのかもしれない。
 そんなことを思いながら、私は与えられている自室へは向かわず、階段を上っていく。


 部屋を訪ねると予想通りシキはまだ起きていて、外から話があると告げると少しして内側からドアが開いた。中へ入ることを許可しているともしていないとも判断できない程度の開き方だ。だから、私は入り口に立ったまま用件に入ることにする。
 「明日で、私はここへ来て1ヵ月になります。その間考えていたのですが、やはりこれ以上あなたの厚意に甘えることはできません。最初の予定通り、親元へ帰ろうと思います」
 「厚意などではないと何度も言ったはずだが?」
 「厚意ですよ。本当は家政婦なんか雇わなくても、あなたはいけるはずです…今までそうしてきたんだから。このまま、私はあなたに何も返すものがないのに厚意を受け続けることは、やはり出来ません」

 「ならば、返してもらおうか」

 無表情で私の話を聞いていたシキが、ぽつりと低い声で言う。咄嗟に意味が分からずに顔を上げると、彼は冷えた眼差しでこちらを見下ろしていた。「“厚意”とやらを与えられるばかりで気が引けるなら、見返りをもらおう」言葉と同時に半開きのドアの隙間から伸びてきた手が、私の腕を掴んで部屋の中へと引きずり込む。
 唐突な動作に、ずきんと不意打ちの痛みが左腿を突き抜けて思わず体勢を崩す。こちらが転倒しかけたところでシキは容赦せず、私は引きずられてベッドの上に放り出された。その衝撃で、ぎしりとベッドのスプリングが身体の下で軋むのを感じる。
 さすがに子どもではないから、これがどういう展開なのかくらいは分かる。
 けれど、理由が分からない。
 肘で上体を起こして、シキを見上げる。何故なのか問おうとして声に出すよりも先にベッドに乗り上げたシキがゆっくりと覆い被さってきて、私は結局言葉を飲み込んだ。唐突に部屋に引き込まれたときには恐怖を覚えもしたが、奇妙なことに、今シキが身を寄せてきたことには恐怖よりも嫌悪よりも安堵を感じさえした。
 当然だ。私がシキを恐れるはずもない。サイバーテロ騒動の最中、生命を狙われた私を守ってくれたのは他の誰でもなく彼なのだ。傍にいれば何も怖いものなどないのだと、無意識にすら刷り込まれている。
 「…随分大人しいな。抗わないのか」
 首筋に顔を埋めたシキが、不意打ちのように囁き声を耳に吹き込んでくる。途端、くすぐったいとも気持ち悪いともいえないぞくりとした感覚が込み上げて、私は目を瞑ってぎくりと身体を強張らせた。けれども、更に耳朶をやんわりと噛まれ、首筋を舌で辿られるとその都度ぞくりとした感覚が生まれる。それに合わせて、身体が自分の意思とは無関係に跳ねた。
 「抵抗なんて…あなたは強いから、意味がない…」
 「あのときは銃を持った相手にも逆らったのにか」
 感情のない、けれど、どこか嘆息するような口調でシキが言う。その直後、身体に掛かる重みと温もりが消えていって、私は驚いて目を開けた。肘で上体を起こして見ると、シキはベッドの縁に腰掛けてこちらに視線を向けていた。正確には、私の左足を見ていた。
 「お前をここに置いたことのどこが“厚意”なものか。俺は責任を取るつもりだった…守り切れず、傷を負わせることになった責任をな。少なくとも、傷が癒えるまで様子を見る気でいた。――なのに、お前は勝手に目の届かない場所へ去ろうとする」
 シキは手を伸ばして私の左腿に触れ、そっと撫でた。パジャマに隠れているがその下には1ヵ月経った今も包帯があり、その更に下には銃創が残っている。それは、私が自分なりに戦って負った傷なのだ。敢えて晒らすつもりもないけれど、誇りに思いこそすれ、引け目に感じたりはしない。責任など、思いもよらない言葉だった。
 パジャマ越しに傷を辿る白い手を見ながら、私は唇を噛んだ。私が傷を負うことになった経緯を知るシキでさえ、この傷を負い目に思うべきものと見なすことが悔しかった。同時に、シキの生真面目さをいじらしくも思った。なぜなら、行動を共にしている最中に私が負傷したからといって、彼には何の責任もない。
 それでも、壊れ物に触れるような触れ方をする彼の手が、ちょっと泣きたくなるくらい嬉しかった。
 「必要ない。責任なんて、取って欲しくない」
 傷を撫でるシキの手をそっと押し留め、首を横に振った。
 シキは相変わらずの無表情で私の顔を見たが、やがて、ふいと視線を逸らしてベッドから立とうとする。離れていく、そう認識した途端ひどく不安になって、私は自分の手の中から抜けていこうとするシキの手を握って引き止めた。
 「…何だ」
 肩越しに振り返ったシキが訝しげに目を細める。その目を見上げながら、必死に言葉を探した。
 愛しているわけではない。ただ、とても惹かれている。本当は傍にいたいし、許されるのなら触れてみたい。彼がそうしてもいいと思うのなら、触れられたって構わない。与えられるものは全て受け取りたいし、差し出せるものなら全て渡してもいい。――紅い瞳に射られて瞬時に沸騰した頭でそんなことを思うものの、思いついたそのままを口に出せるはずもなかった。

 「…続きを、しましょう
 厚意とか責任とかは関係なくて、あなたが嫌でないのなら。

 辛うじてただ先を誘うだけの言葉を押し出すと、シキは指先を握り締めていた私の手を振り払った。浅ましい奴と蔑まれたのかと怯えて俯きかけたとき、ぐいと肩を掴まれベッドに倒される。一体何がどうなっているのかと目を瞠ったときには、間近に紅い瞳が迫っていた。


***


 翌朝目覚めたとき、私は咄嗟に自分がどこにいるか思い出せずに恐慌状態に陥ることになった。
 馴染みのない部屋にいたということより、むしろ、目覚めたら自分が裸だったという事態が私を打ちのめしていた。ドラマや小説では飲みに言って翌朝目覚めたら見知らぬ人間が隣に…なんて展開も 目にすることはある。けれど、少なくとも私にとっては、それは自分とは縁遠い架空の世界の出来事だ。たとえ酒を飲みすぎたとしても、見知らぬ相手や同僚や友人などと“そういう関係”を持ちたい気分になることは今までなかったのに、何てことになったのだろう。隣に昨夜の相手が寝ていなかったことが、まだ救いかもしれない。相手がいれば余計惨めな気分になっただろう。
 自己嫌悪を通り越して死にたい気分になった私は、ベッドの上に座り込んだまま呆然とする。じきに、じわりと涙が込み上げてくるのが堪え切れなくなって、掛け布団を引き寄せてその上に突っ伏した。そのまま声を殺して泣こうとするが、そこでふと布団から香った匂いが記憶に触れた。
 (これって…)ここまではっきりと感じたことはない、けれど、覚えのある匂い。これは、シキのものではないのか。
 そう思い至ると昨夜の出来事まではっきりと脳裏に蘇り、瞬時に顔が熱くなる。最早布団に押し付けていられるような状態ではなく、私はぱっと顔を上げて自分の頬を押さえた。涙はいつの間にか影も形もなく引っ込んでいた。
 瞬間沸騰した思考が少しずつ常温に戻り始めると、私はベッドの下の床に落ちていたパジャマと下着を拾い集めて身に着けた。まず下着を身につけ、次いでパジャマの上を着る。最後にベッドから床に足を下ろしてズボンを穿こうとしたところで、私ははたと手を止めた。
 左腿の包帯が、解けている。この包帯は、最近では風呂に入った後に私が自分で替えている。元々私は不器用な性質であるから、どう工夫しても包帯は頻繁に緩んだり解けたりするのだ。仕方なく、解けて足に絡む包帯を巻き取り始める。というのも、巻きなおすよりも一刻も早く――つまり、シキが戻る前に――この場から立ち去りたいと思ったからだ。
 しかし、包帯を殆ど手に巻き取ったところで、無情にもドアが開いた。


 「起きていたのか」
 ぎくりと硬直した私を見て、部屋に入ってきたシキは何でもない口調でそう言った。明らかに女性の着替え途中に断りもなく踏み込んだというのに、怯んだり詫びることもない(といってもここは彼自身の部屋なのだが)。
 今朝、シキはスーツではなく私服姿だった。それを見て今日は休みだったかと頭の片隅で思いながら、私は取り合えず「おはようございます」とぎこちなく頭を下げる。他に何か言い様があるはずなのだが、真っ白になった頭で最初に浮かんだのは挨拶だけだったのだ。
 シキは一度瞬きをした後に「ああ」と小さく頷いた。それから、私の前まで歩いてくると唐突に跪く。その手の中には、包帯があった。「足を出せ」シキが命じたので、私はふっとその意図を理解して焦った。――彼は包帯を巻いてくれるつもりなのだろう、多分。
 「あの、自分でしますから…!」
 「自分で?あの程度のことで解けるような巻き方しかできない癖によく言う」
 「…!」
 “あの程度”が示すことが何となく分かってしまい、再び勝手に頬が熱くなる。こちらが大人しくなったのを見て意地の悪い笑みを零すと、シキは包帯を巻き始めた。予想外に丁寧な手つきで包帯を巻きながら、彼は包帯の合間からのぞく傷痕に視線を落とす。
 「まだ目立つな」
 「えぇ。でも、いいんです。これはいわば“名誉の負傷”ですから、引け目に思ったりはしません。だから、どうかあなたも責任を感じないで」
 そう笑うと、彼は目を伏せて溜め息を吐いた。
 「お前は…やはりお前なのだな」
 「え?」
 「病室を見舞ったとき、ひどく落ち込んでいただろう。あの騒動の最中とは、別人のように弱々しかった。それが腹立たしくもあったが…やはりお前の本質は変わらない。弱いように見えて、強かだ」
 「!…そんなの、買い被りです。これまでの生活が駄目になってしまったときには、どうしていいか分からなかった。あなたが先を示してくれなかったら、私はきっと今でも新しい生活をはじめることができずに立ち止まったままだったはずで、」
 予想外の言葉に、私は慌てて言い返す。すると、包帯を巻き終えたシキは途中で「もういい」と制した。僅かにこちらを見上げる眼差しが私の視線を絡め取って、一瞬だけ宥めるような色を浮かべる。かって見たことのないその視線の穏やかさに、私は驚いて口を噤んだ。
 「昨夜の親元へ帰るという話だが」
 「…はい」
 「ここに残れ。俺は、お前が……いないと、不便で困る」
 そこは、嘘でも『お前が必要だ』と言うところでは。呆然としながらも頭の片隅でそんなことを考えていると、シキはこちらの答えを待たずに立ち上がった。そのまま私の肩を掴んで身を屈め、顔を覗き込んでくる。
 「返事は」呼気も触れ合う間近で問われて、
 「はい」あまりの近さに怯みながら条件反射で答えてしまう。
 上出来だ、とシキは薄く笑んで離れると、いつの間に手に取ったのだろうか、私のパジャマのズボンをばさりと私の頭上に落とした。「うわっ」予想外のことで、声を上げて過剰に反応してしまう。慌ててズボンを取り払い、私は部屋を出て行きかけているシキを睨む。すると、視線を感じたらしいシキが肩越しに振り返って、器用に眉を上げて見せた。
 「どうした?」
 「いいえ、別に」ただちょっと、ひどい扱いだなと思っただけで。
 「何もないならさっさと起きて来い。朝食の用意くらいしてやる。それとも、」

 まだ足りないというのなら付き合うが?

 愉しげな表情と共に告げられた言葉が耳に届いた途端、かっと顔が熱くなった。一瞬手近にある枕を投げつけようとするのを思いとどまって、私はふるふると首を横に振る。すると、シキは咽喉を鳴らして笑い、部屋を出て行った。    





End.

目次