僕らは仲がわるい




 不破雷蔵にとって、級友で同室の鉢屋三郎は虫の好かない相手だった。どこが嫌だと言って、三郎の正体がよく分からないところがどうにも胡散臭く思ってしまう。何もそれは彼が四六時中、変装をして素顔を見せようとしないせいではなかった。顔の皮一枚なんぞどうでもいい。胡散臭いのは、中身である。三郎という人間は謎めいていて、底知れない。忍としての天才ゆえにか、本人がそういう人格を敢えて演出している節さえある。その癖、どこか己の作り出した『天才』の仮面を透かし見て、己の本質を理解してもらいたがっているように感じさせる部分が、雷蔵には面倒極まりなかった。
 雷蔵は三郎とは正反対の性格をしていた。言葉の含みやほのかな余韻なんかは、まったく察することができない。己という人間を忍としての必要以上に隠すこともない。そのせいだろうか。雷蔵は時折、三郎が余韻を持たせて含みに隠した『何か』を踏みにじったり、無遠慮に白日の下で晒しものにしてしまったりすることがあるようだった。――もっとも、そういう事態になったとしても何をどのようにして踏みにじってしまったか、繊細さに欠ける雷蔵にはやはり理解できなかったりするのだが。雷蔵がそんな調子であるから、三郎の方も雷蔵を嫌っているようだった。
 これが忍術学園の名物コンビの実態であると知ったら、皆、驚くに違いない。しかし、目敏い忍と忍たまの最中にあって、雷蔵と三郎は堅く結びついた親友だと信じられている。これほど嫌い合っているのに、おかしな話だ。
 いったいどうしてなのだろう?
「――うーん……」
 授業のない昼下がり。自室で本を読んでいた雷蔵は、気がつけば書物の内容をそれて考え込んでいた。迷い癖のある雷蔵は、考え出すと止まらない。食堂の献立一つに長い間、悩んでしまって、級友に呆れられるのも日常茶飯事である。
 だが、このときは際限なく考え込むには至らなかった。途中で声を掛けた者があったからだ。
「どうしたんだい、雷蔵? 何を考え込んでいる?」
 同室の三郎だ。彼は雷蔵と並んで縁側の日向で変装道具の手入れをしていた。雷蔵を嫌っている癖に気がつくと傍にいるのだから、三郎もたいがい妙な男である。
「僕とお前のことを考えていたんだ」
「へぇ、熱烈だね。君にしては珍しい」
「よく言うよ。お前も僕も、互いのことを嫌っているじゃないか。それなのに、どうして皆は僕らが大の仲良しだと思うんだろう?」
「さてね」三郎は悪戯っぽく目を輝かせた。それから、もったいぶった仕草で腕組みをする。「私も君もお互いを嫌っているつもりだけど、本当は互いに好き合っているのかもしれないよ? 当事者の私たちは分からなくても、他の皆には分かるとか」
「そんなはずないよ。僕はお前の得体の知れないところ、大嫌いだもん」雷蔵はにっこりと微笑した。
「もちろんだ。私も君の迷い癖や忍として非情さの足りぬところには反吐が出る」三郎も楽しげに応じる。
 傍目からは仲良く話しているように見えるだろうが、その実、会話の内容はひどく殺伐
としている。これでは、遠目から見た第三者に仲良しだと思われても仕方ないだろう。だが、二人は皆の誤解を訂正するつもりはなかった。何しろ三郎は真実を隠すのが好きな奴だ。事実とは違う皆の勘違いを、わざわざ訂正するはずもない。また、雷蔵は優しい性質であるから、皆が三郎と自分は仲良しだとほほえましく思っている認識を敢えて崩す気にはなれなかった。結果、皆の誤解は放置されたままになっている。
「――だけど、ただ嫌い合うだけというのもつまらないね。だって皆が仲良しだと誤解しているから、私たちは一緒にいるしかないのに」
 そう言い出したのは、三郎の方だった。彼は時折、雷蔵ならば気にも掛けないようなことを考える。
「つまらないって。互いにウマが合わないんだから仕方ないじゃない。それとも、三郎はただ嫌い合っているのも芸がないからって、好き合おうとでも言いたいの?」
「まさか。好きになれるなら、今、君を嫌っているはずがないだろう。でも、嫌い同士で傍にいなきゃいけないんだから、いったいどう振る舞えば皆に不審に思われぬのかと考えてしまうよ」
 その言葉を聞いて、雷蔵は呆れた。雷蔵が三郎を嫌っていることを表に出さぬのは、二人を仲良しだと見なす周囲を驚かせないためである。ただ、雷蔵の仲良しのふりに付き合っている三郎の方は、それもまた忍として皆を欺く悪戯の一環と考えているらしかった。
 ――そういうことをするから、僕はお前を好かないんだよ。
 内心でため息を吐きながら、雷蔵はふと思いついた提案をしてみた。
「それなら、僕たち、互いにしっくり来る関係を模索してみるのがいいんじゃないかな?」
「関係を模索?」三郎は目を瞬かせた。姿を模しても変えられぬ、美しい形の切れ長の瞳が不思議そうに雷蔵を見つめる。「それってどういうこと?」
「つまり、ほら、僕らの関係を言葉で言い表すなら何がいいか、考えてみるんだ。仲良しなら親友とか、いろいろあるだろう? たとえば好敵手とか犬猿の仲とか不倶戴天とか僕たちの関係を表すのにしっくりくる言葉があるかもしれない。そうしたら、僕らのこと、皆に分かってもらいやすいだろし」
 雷蔵の言葉に、なるほどと三郎は手を打った。
「つまり、あれだな。食満先輩と潮江先輩がやっているようなことというわけだ。確かにあれは分かりやすい。あのお二人ほど分かりやすければ、皆、そうとしか考えなくなるな」
「でしょう?」
「面白い。君の提案に乗ったよ」
 そう言った三郎は、新たな悪戯を考えついたときのように目を輝かせていた。それを見て、雷蔵は疲れた気分になる。三郎というのは無類の悪戯好きで面倒な奴だと改めて思った。

 ――それから数日後。
 誰からも大の仲良しと見なされているため、三郎と雷蔵は実技や実習で組むことが多かった。自ら望んで互いを選ぶのではない。周囲が仲良し二人は組みたいだろうと気遣って、そうしてくれるのだ。おかげで、嫌い合っているにもかかわらず、実戦の場においての互いが何を考えてどう動くかまで分かるようになる始末。皆の気遣いは雷蔵にとっても、おそらく三郎にとっても、ありがた迷惑と言う他はない。学園を卒業して敵として出遭うったなら、きっとお互いに難儀するだろう。
 そんな心配をしていたら、五年になって最初の実技の時間に雷蔵と三郎はろ組の中でも別々の班に分けられた。やっと別々になれたと喜んだ雷蔵は、だが、その直後に三郎からある事実を聞かされてがっくり肩を落とした。雷蔵と三郎が別々になった班分けは、二人が仲良しだからといつも一緒に組んでいてはよくない、という教師の配慮の結果なのだとか。雷蔵と三郎の関係性は、あくまで誤解されきったままであった。
 しかし、それでも三郎のいない班というのは、雷蔵にとって新鮮ではある。実戦さながらの実技演習は緊張感があるが、同時に雷蔵は少し浮かれてもいた。今回の実技演習では、ろ組の中で二班に別れてたすき取りが行われるのだ。たすきはすなわち、将の証。班員たちは自分の班の色のたすきを身に着けた人間を、別の班から死守せねばならない。さらに、皆、鈴を一つ身に着ける。その鈴を取られた者は戦闘不能として、演習から離脱することになる。
 刻限になったとき、たすきを取られていた班は負け。また、双方たすきを持つ者が残っているならば、より多くの人員を戦闘不能にされた方が負け。勝てば成績に加点がもらえる。
 雷蔵の班のたすきは、協議の結果、誰よりも気配に鋭い竹谷が持つことになった。おそらく三郎の方の班は、三郎がたすきを着ける役目になるだろう。班員の皆でそう予想して、三郎を集中的に追う作戦に決まった。
 やがて、短い作戦協議の時間が終わり、ろ組の二組の班は教師の合図で演習場の真ん中で対峙した。見れば、三郎の班は予想通りに彼がたすきを身に着けている。
「はじめ!」
 教師が短く告げた瞬間、雷蔵の班の仲間たちは早速、三郎に襲いかかった。変姿の術を得手とする彼が姿を変え、皆に紛れ込んでしまわぬうちに無力化しておこうという作戦である。作戦会議の際、雷蔵はその作戦に反対した。
 なぜならば――。
 ひらり、と皆の攻撃をかわした三郎が、青く茂る松の枝に降り立つ。皆、変姿の術にばかり目を奪われているが、三郎は体術も上手い。忍たるために生まれてきたような男だ。そう簡単に皆の攻撃で捉えられるわけがない。
「逃げるな、三郎!」
「そうだ、正々堂々、勝負しろ」
 口々に悔しがる同級生を見下ろして、三郎はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「何を言うか。忍の務めはいかなる状況であろうと生き延びて、忍務を成し遂げることだぞ」
「くそっ。屁理屈ばかり言いやがってっ!」
 地団太を踏んだ級友が、三郎に向かって苦無を打った。もちろん、これは刃を潰した鍛錬用の苦無だ。三郎は怯まず、あっさりと攻撃をかわした。まるで野生の狐のようにひらりと軽い身のこなしで、生い茂る森へと身を踊らせる。
「待て!」
 皆、口々に叫んで三郎を追った。最初の作戦会議で、三郎を取り逃がした場合、深追いをしないと決めたのも忘れてしまっているらしい。
 雷蔵は舌打ちした。三郎を追うべきでないのは、単に彼が変装して判別できなくなってしまうためというだけではない。深追いしたこちらの級友に、別人の姿で近づいて一人ずつ相手にすることができるからだ。しかも、天才と言われるだけあって、三郎の体術は一対一ならばろ組の上位三人のうちに入る。たいていの級友なら、あっさり鈴を取ることができるだろう。
「三郎を追うな! 皆、戻るんだ!」
 そう制止するものの、効果はなかった。皆、雷蔵の言葉も聞かずに森へ入っていってしまう。
 仕方なく、雷蔵は皆に続いて森へ入った。そうしながらも、自分はどうするべきかと迷っている。皆、三郎が将のたすきを持っていると考えて追っている。だが、雷蔵はどうもその考えに違和感を覚えるのだ。
 鉢屋三郎という男は、確かに高い能力を持つ。策士としても優秀だ。だが――自ら将となるだろうか? 三郎の得意とする変姿の術は、言うまでもなく敵地への潜入に適している。大名同士の戦になぞらえて言うならば、先陣を切るのに最適の人材なのだ。
 この時代、戦をするにあたって最も重要だが難しい事柄は、遠方の味方との連絡である。そのことは忍の重要な役目の多くが情報の収集や伝達だということからも分かる。だが、同じ大名家中でも遠く離れてしまえば、ある程度は個々の武将が戦の裁量をせねばならないものだ。そういう点から言えば、頭のいい三郎は全体を見通しつつ、自ら最善の戦術を用いることができる。
 翻っていえば、三郎には将に必要な人望があまりない。素顔を見せぬせいだ。級友の多くが彼を優秀だと認めるが、同時に得体の知れないところがあるとも考えている。三郎自身、そういうことをよく分かっているはず。
 だとしたら?
 ――だとしたら、多分、三郎はたすきを持っていない。おそらく、三郎の班のたすきを持つのは……情に厚く忍の資質に少し難はあるが、人望のある八左だ。
 そう思いついた雷蔵は、思わずその場に立ち止まった。このときばかりは“迷いなく”竹谷を探し始めた。だって、普通に三郎を追ったのでは、彼は姿を見せないだろう。せいぜい誰かの顔を借りて、鈴を奪っていくくらいだ。もしも三郎自身と闘いたいならば――彼ではなく、将を狙わねば。今度ばかりは迷う必要がなかった。
 ――たぶん、八左は将であることを隠して、普通に動いているはず。きっと見つかる……!
 雷蔵は森の中を駆けた。ごく僅かな痕跡を辿って、竹谷を探す。そうしながら、また考えを巡らせた。獣の扱いの上手い竹谷は、ときに獣と同じように物事を考えるところがあった。良い意味で、人間が遠ざかってしまった野生に近いのだ。それゆえに、彼が選ぶのは獣が安全だとする道であり、場所である。
 ならば。
 森の奥深く、小川の流れる場所に雷蔵は向かった。獣がそこを好むのは、いざというとき己のにおいや少しの物音を水で消してしまえるからだ。小川で立ち止まった雷蔵は、その畔を上流に向かった。
 と、不意に小川のそばの茂みからがさりと物音が上がる。そこからひょいと顔をのぞかせたのは、竹谷だった。三郎の変装ではない。本物の彼だ。いつも不本意ながらも三郎の傍で過ごしている雷蔵には、それが分かる。
「八左」
「おう、雷蔵か」敵味方に分かれたにもかかわらず、気のいい竹谷は挨拶代わりに片手を上げてみせた。「三郎を捜してるのか?」
「ううん」
「じゃあ、どうしたんだ?」
「僕が探してるのは八左だよ。だって、持ってるんでしょ? たすき」
 雷蔵の指摘に竹谷は一瞬、ぎょっとした顔をした。が、すぐに平静を装う。
「何言ってるんだよ?」
「分かるんだよ、僕には。三郎と八左の班の構成なら、三郎は八左を将とするだろうって」
「っ……。さすが、“ろ組の名物コンビ”の片割れだな」
 小さく舌打ちした竹谷は、いきなり身を翻して逃げ出した。雷蔵もその後を追う。と、そのときだった。竹谷の背を庇うように、人影が茂みから飛び出してきた。
 ふわふわの髪に丸い瞳――雷蔵を模した顔。三郎だ。
「やっぱり、将は八左か。三郎の考えそうなことだ」
 言いながらも、雷蔵は立ちふさがった三郎に襲いかかる。素早く繰り出した拳を、三郎が右腕で受け止めた。
「君なら感づくと思ったよ、雷蔵。さすが私の片割れ」
「ちょっと。勘違いされそうな物言いはよしておくれ」
「いいじゃないか。私と君の仲だろう!」
 三郎が力を込めて雷蔵を押し返した。それを潮に、雷蔵は三郎から離れて、木の枝の上に飛び上がる。流れるような動きで素早く懐から苦無を取り出したとき、数瞬早かった三郎の手裏剣が飛んできた。手裏剣は雷蔵自身ではなく、足場の枝を狙う。刃が枝の根本を掠めて傷つけ、足場は雷蔵の重みを支えることができなくなった。雷蔵は折れて落下する枝から飛びのきながら、苦無を打つ。
 しかし、刃は三郎に届かなかったようだ。雷蔵が地面に降りてようやく体勢を整えたとき、三郎の姿は見えなくなっていた。
 去ったのだろうか?
 ――いや。三郎はまだここにいる。あいつは僕がいるなら、構わずにはいられないはずだ。
 確信と共に、雷蔵は深く息を吸って目を閉じた。さわさわさわ。さらさらさら。木々の葉の擦れる音や風の音、小川の水の音。感覚が無数の情報を拾う。雷蔵はさらに集中して、それらから自分を切り離した。無意識は常に情報を拾っているものの、静かな空間に一人きりになった感覚。やがて、そこに三郎の姿が浮かび上がる。
 三郎は、雷蔵にとっていけ好かない相手だった。彼に出遭うまで、雷蔵ははっきりと何かを嫌ったことがない。皆から優しく穏やかだと思われていたのは、何ごとに対しても嫌悪を示すほどのこだわりがなかったからに過ぎない。そういうはっきりとした自己もないまま、己は生きていくのかもしれないと雷蔵はぼんやり考えていた。
 そんな中で、三郎と出遭ったのだ。遭遇した瞬間、雷蔵は鉢屋三郎という人間に対してぼんやりとした拒絶感のようなものを覚えた。それが次第にいけ好かないという感情に育っていき――初めて、雷蔵はそこに感情を覚える自分を発見したのだった。自分をそんな風にした人間は、三郎が始めてである。いったい三郎の何がそうさせたのか分からず、雷蔵は懸命に彼を観察して解明しようと務めた。
 そのせいで、今は三郎の考えならばだいたいのところが読みとれる。いまだに彼の何が嫌なのかは分からないけれど。
 だから。
「……隠れても無駄だぞ!」
 感覚にふと引っかかった三郎の微かな気配を頼りに、雷蔵は素早く地を蹴った。新たな苦無を手に、茂みの中で気配を殺していた三郎に切りかかる。
「雷蔵……相手の考えが読めるのが、君だけだと思うなよ!」
 三郎は低く叫んだ。このときばかりは普段の飄々たる態度も投げ捨てて、ひどく好戦的な気配をまとっている。三郎は切りかかった雷蔵の腕を掴んだ。体重を利用して、雷蔵の身体を投げる。宙に放り出された瞬間、雷蔵は三郎と目が合った。いつになく鋭く冷たい光を宿した彼の目に、何か説明の付かない感覚がぞくりと背筋を駆け上がる。ひどく熱っぽく、熟れすぎた果実のように退廃的な感覚だ。それが何なのか理解できないままに、地面に落ちた雷蔵はうっと息を詰めた。その直後に痛みが背中から駆け上がってくる。
 悶える雷蔵に近づいてきて、三郎が鈴を奪った。
「これで君は戦闘不能だよ、雷蔵」
 先ほどの一瞬に見せた鋭利な冷たさとは打って変わって、三郎はわざとらしいほどの優しげな笑みを見せた。
 唐突に悔しさがこみ上げてきて、雷蔵は拳を地面に叩きつけた。普段の雷蔵を知る者が見れば驚くであろう姿。だが、今ここにいるのは雷蔵の真実を知る三郎だけだ。その三郎をにらみつける。
「覚えてろよ。次こそ負けないぞ」
「いつでも受けて立つよ。君が私を打ち負かすときを楽しみにしている」
 三郎は余裕のある受け答えをしてみせた。だが、言葉やにこやかな笑みとは反対に彼の気配にはひりつくような闘志がにじみ出ている。
 それでいい、と雷蔵は思った。三郎の対抗心をまともに受けていることが、何だかひどく快かった。恐怖とはちがう、どこか甘さを含んだぞくぞくとした感覚が身体の奥底で流れているのが分かった。


 雷蔵は戦闘不能になってしまったものの、たすき取り合戦は雷蔵の班の勝利に終わった。というのも、雷蔵の班の仲間が竹谷のたすきを取ったからだ。皆、雷蔵が作戦会議で三郎について注意したことを覚えていて、深追いすると見せかけて竹谷を追ったせいである。しかも、肝心の三郎は雷蔵にかまけていたせいで、他の人間を無力化している暇がなかったのだ。
 勝敗が決して授業が終わった後、長屋に戻りながら竹谷はため息を吐いてみせた。
「三郎、お前なぁ……雷蔵が大好きなのは分かるけど、構いすぎなんだよ」
「何を……。だいたい私は……!」
 普段なら皆の誤解に乗って『不破雷蔵あるところ鉢屋三郎ありさ』などとうそぶいたりする三郎は、しかし、珍しく反論しようとした。作戦を立てたものの負けたということが、余程、悔しかったらしい。
 しかし、竹谷は取り合わなかった。
「分かった分かった。のろけはいいよ。聞きあきてるからな」
 そう言うが早いか、雷蔵と三郎を置いてさっさと行ってしまう。
「……何だか誤解されたままだね」雷蔵はつぶやいた。
「あぁ……。そうだね」
 今日ばかりは嬉しそうな偽りを口にする気になれないのか、三郎は不本意そうに口を尖らせた。
「だけど、僕……今日のは結構、おもしろかったな」
「おもしろかった?」
「そう。お前と闘ったとき、何だかわくわくした。僕は戦忍向きじゃないけど……あぁいうのもいいね。好敵手っていうか」
 雷蔵は三郎も同意するものと思っていた。だが、彼は難しい顔で口をつぐんでしまった。自分たちの関係が好敵手という分類になるのは、気にくわないらしい。
「好敵手なんて……」
「嫌なの? だったら何がいいのさ」
「――……敵だなんて……。だいたい、私は君が…………」
 三郎は何か言いたげに口を開いたが、結局、何も言わなかった。




2014/02/22

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