新婚さんっぽい二人の話
*ED1後、眠ったシキが復活した後の話





 東の空が朝焼けに染まる頃、仕事に出ていたシキがアパートに戻って来た。微かに血の臭いをまとわりつかせ、十二月の寒気に晒されたせいか普段よりいっそう血の気がなくなったと見える白い頬をして。シキは普段と変わらない無表情だったが、何となく、疲れていることが分かった。
 シキは起き出して迎えた俺に構うことなく、風呂場へ向かった。やがて、シャワーを浴びて腰にタオルを巻いただけの格好で風呂場から出て来ると、そこでようやくシキはこちらに目を留める。
「……アキラ、少し眠る」シキは言った。
「あぁ、おやすみ」俺は応じた。
 ピピピピピとどこか遠くで――上の階かどこかの部屋からだろうか、目覚まし時計が鳴っているのが聞こえていた。


 トシマを出てすぐに自らの意思で動かなくなったシキが、再び目覚めて動くようになったのは、一年前のことだ。トシマで散々な目に遭わされた癖に俺はシキから離れられなくて、シキが『眠った』後もずっとシキの傍にい続けた。だから、シキの目覚めに立ち会ったのは俺一人だった。
 シキは目覚めて半年ほどで、衰えた身体を元に戻した。それから、二人してこの小さな街にやって来て、街の片隅の小さなアパートで暮らすようになった。暮らしぶりは慎ましいが、穏やかで満ち足りた日々を過ごしている。
 生計は、二人して裏の仕事を請け負って、立てている。今ではシキも俺も裏の世界では比較的名が通っているので、一度の仕事の報酬がそこそこある。あまり仕事をこなすことにあくせくする必要はない。一つ済ませたらしばらくは穏やかな日常で微睡んでいることができる。
 本当は人を殺さず法も犯さず、真っ当に生きていけたらいいと思う。けれど、一度足を踏み入れたことで、俺もシキも裏の世界でなければ、生きていけないようになってしまっていた。穏やかな日々に幸せを感じるが、一方でどこか闘いの高揚を求めている。それでも、目覚めた後のシキは、『眠る』前の生き急ぐような様子とは違っていている。余裕があり、穏やかな生活を楽しんでいるように見える。
 時には二人で仕事を請けるのだが、今回はシキが一人で請け負った仕事だった。内容は聞いていないが、殊更疲れるような仕事だったのだろう。
 そんなことを考えながら、脱衣場の洗濯籠に突っ込まれたシキの衣服を洗濯機に入れる準備をする。レザーのコートやパンツは別にして、インナーや下着類を洗濯ネットに入れる。それから俺は眠っているシキは起こさないようにして、普段通りのその日の活動を開始した。


***


 朝の時間も過ぎ、昼が近付く頃。さすがにシキを起こした方がいいだろうかと思い、寝室へ向かった。
 俺が朝起きだして来たベッドの中で、パジャマに着替えたシキは安らかな表情で眠っていた。カーテンの隙間から差し込む光がシキの上に落ち、普段よりいくらか柔らかな印象の寝顔を照らしている。
 シキを起こそうとして、俺はふと手を止めた。
 トシマを出た後、『眠った』シキの傍にいたせいで、シキの寝顔はもう珍しいものじゃない。それでも、シキの寝顔を見ると、俺はすぐに揺り起こしたい気持ちと、安らかに眠らせておいてやりたい気持ちを同時に感じる。どうしても、シキが『眠って』しまったときのことを思い出すからだ。
 これは単なる睡眠であり、シキは必ずまた目を覚ますのだということは分かっている。けれど、ほんの少しだけ「もうシキが目覚めないんじゃないか」という恐れを、俺は抱き続けている。シキに知られれば「下らない心配を」と呆れられるだろうが、それは必要なものだ。そうでもしないと、もし万が一再びシキが『眠って』しまったとき、俺は今度こそ絶望に折れてしまうだろうから。
 俺はベッド脇の床に膝をついて、シキの寝顔をのぞき込んだ。
「まったく、人の気も知らないで……この顔、つねってやりたくなる」
 眠るシキの上に身を屈めて、両手をそっと頬に伸ばす。頬の肉を摘んで両側に引っ張っろうとした。そのとき。案の定というべきか、シキが閉じていた目を開けた。
「何のまねだ」と、紅い双眸に射すくめられる。
「いや……何でも……ハハハハハ……ほら、昼も近いし起こしに来ただけだ」
 まさか、あんたの頬を抓って引き伸ばそうとしてたなんて、言えるはずもない。言葉にすればそうとしか言いようがいないのだが、何しろ相手はこのシキだ、決して事実を知られてはならない。
 俺はじりじりと後退しようとした。
 が、シキが俺の腕を捕らえ、そうさせなかった。「何をしていた、アキラ?」と、全て見透かしたように愉しそうに尋ねる。そして、答えも聞かないままに俺の腕を強く引いた。俺はバランスを崩し、ベッドのシキの隣に倒れ込む。
「っ……! 何するんだ……!」
「誘っていたのではないのか? お前が答えないならそう解釈するが」
「違う! 俺はただあんたが無防備に寝てるから、ちょっと悪戯でもって! …………あ……」
「ほぅ、悪戯か……。――悪戯には、仕置きをせんとな」
 言うが早いか、シキは俺を引き寄せ、自分は俺の上に身を乗り上げる。
 急に見下ろされる格好になって、俺はとぎまぎと視線を逸らした。この体勢はやばい。間違いなくやばい。頭の中で警告が発されるが、こういう状況において「やばい」と気づくときというのは、大抵が手遅れだ。
 シキがゆっくりと顔を近づけて来る。ふと頬に吐息が触れる。促すように頬に軽い口づけが落とされる。こういうときのシキの仕草の一つ一つには、有無を言わせぬ命令が込められている気にさせられる。
 命令? ――いや、そうじゃない。そんな強制的なものではなくて、自分から従わずにはいられなくなる何かがある。それを無視することはできなくて、俺はぎこちなく背けていた顔を正面に戻した。
 それでいい、とばかりに微笑んで、シキが唇を触れ合わせた。ちろりと一度唇の表面を撫でたシキの舌が、すぐに口内へと侵入してくる。口内をまさぐる舌に、俺も舌を絡めて吸いつく。たとえ思いがけず始まった行為だとしても、ただ受身に回るなんてことはしない。隙あらば(もちろん、隙などあった例がないのだが)主導権を奪おうとする。
 シキは俺の舌を翻弄しながら、すっと手を胸に這わせた。エプロンの脇から潜り込んだシキの手が胸の突起を探り当て、Tシャツの上からそれを押しつぶす。途端、微かな甘さを感じた。
 快楽よりも、そこで感じてしまったことに動揺して、俺は思わず声を上げる。「んんぅっ! ……ん……ふぅ……」が、それもシキの唇で塞がれてしまう。
 身を捩ると、シキは身体を密着させて動きを封じた。その拍子に脚の辺りにシキのものの硬い感触があった。
 朝勃ちか。もうそろそろ昼だけど。
 シキは相変わらず口づけながらも胸を愛撫している、その刺激に小さな快楽の波が腰に落ちて身体が熱を帯びてくる。されっぱなしは嫌なので、俺は脚を動かして大腿をシキの股間に押しつけて刺激した。
「積極的だな。俺が数日家を空けたせいで、溜まっていたか」身体を離して身を起こすと、シキは言った。
「……誰が……っ!」
「煽るような真似をしておいて、否定しなくてもいい」
「だから、それは違……って、こら、話の途中で脱がすな……!」
 俺が反論に必死になっている間に、シキは俺のジーンズのベルトを外し、ジッパーを下げてしまっていた。それに気づいて慌てるが、時既に遅し。シキは下着をもずらして、中から反応しかけている俺の性器を取り出した。
「もう反応しているな」
 シキは笑ってそこに顔を近づけ、ふっと息を吹きかける。それだけで、妙な感覚が背筋を走り抜ける。ぞくりと身体を震わせると、その反応に愉しそうな笑みを浮かべ、シキはぺろりと俺の性器を舐めた。
「あぁっ……! ……あんた、何を……」
「何を動揺している? まだ一度舐めただけだ」
「口で……するつもりか? ……だけど……」
 分かっているのだろうか、この男は。俺は何度か口でした(させられた)ことはあるけれども、されたことは――つまり、シキが俺に口でしたことは一度もないということを。最近ではシキも俺に口でしろと強要もしなくなったから、てっきりシキにとって口での奉仕は屈辱を与える手段なのだろうと思っていた。
 けれど、そうではないらしい。
 俺の動揺を愉しそうに見ていたシキは、やがてごく普通の行為のように俺の性器を口に含んだ。竿の部分を舌で辿り、先端を舐める。
 その口淫が技術的にどうとかいう以前に、シキがしているのだということで、俺はすっかり頭が一杯になってしまった。口に含まれた時点で身体は興奮しきっていて、数度先端を舐めしゃぶられただけで、もう達しそうになる。
「あぁ……シ、キ……ダメだ……もう……!」
「やけに早いな」と、シキは一度顔を離して言った。
「――だって……仕方ない、だろ! あんたに、口で、されてるんだから……! とにかく、出そうだから……さっさと、……離れろよ……っ!」
 達する直前のいっそ泣きそうな喘ぎの下から、思いあまってシキに逆ギレしてしまう。しかし、シキは笑って「構わん」と言うと、再び昂ぶりきった俺のものを口に含んだ。射精を促すように先端を吸われて、すぐに我慢できなくなる。
「っ……ん……ああぁ……!」
 快楽の中が極限に達して、俺は身を震わせてシキの口内に精を吐き出した。


「どうだった、初めて口でされた感覚は。かなり悦さそうにしていたが」達した余韻でベッドに横たわって息を弾ませていると、シキが囁いた。「だが、これで終わりではないぞ」
 シキは俺の精液を飲み下さず、左手の中に吐き出していた。それを拭わないまま、右手だけで俺のジーンズと下着を引き下げて脱がせる。俺は自分で起きあがってエプロンとTシャツを脱ごうとしたが、シキに止められた。
「そのままでいい」
「何でだよ? 邪魔だろ、エプロンとか」
「脱がなくていい」
 なぜか断固としてシキは言い張った。着衣プレイをしたいんだろう。俺としてはエプロンをつけて下半身丸裸というのは情けないので嫌だった。普通、見ている方だって萎えるんじゃないだろうか。けれど、シキは言い出したら聞かない男なので諦める。
 後ろを向いて這えと言われ、それに従う。
 シキは俺の臀部、とりわけ後孔の辺りに左手に吐き出した精液を塗り付けた。ぬるりとしたその感触が、まるで汚されているようでじりじりと興奮を煽る。
 塗り付けた精液の滑りを借りて、シキはそこを解した。ひどく丁寧に。そういえば、シキはかつてのように俺の身体を馴らさないまま抱くことはなくなっている。
 やがて、後孔が十分にシキの指を受け入れるようになると、シキは俺を起こして向き合ったた。
「俺の上に来い」
「っ……それは嫌だ……」
 恥ずかしがっても今更だが、上に乗れば積極的に動かなければならない。どんな表情をしているのか、シキからはっきり見えてしまう。俺はためらった。しかし、頬を抓ろうとした罰だと言われたので、諦めることにする。
 罰ゲーム、そうこれは一種の罰ゲームなんだ。自分に言い聞かせて、恥ずかしさから意識を逸らす。俺は寝そべったシキのパジャマのズボンと下着をずらして、既に張り詰めているシキのものを取り出した。シキの上に跨り、後孔に昂ぶったものをあてがって、ゆっくり腰を落としていく。先ほどしっかり馴らすされてたのと、シキが腰を支えて手伝ってくれたお陰で、挿入にもそう苦痛はなかった。それでも、俺が上になることは少ないので、シキのものを全て受け入れたときは快楽ではなくある意味達成感から、ほっと息を吐いたほどだった。
 落ち着くと、シキに促されて俺は動き始めた。が、羞恥のせいで動きは控えめになりがちで、夢中になるほどの快楽には一歩及ばない。もどかしい。ふと見下ろせば、股間で立ち上がった俺のものがエプロンの布地を押し上げ、そこに先走りの染みができていた。
 途端、カッと羞恥が身体を駆け巡る。こういうことをシキは予期していたから、エプロンを取らせなかったのかもしれない。
 どうにかしたかったが、どうにもできなかった。恥ずかしくてますます動けなくなり、刺激がないのに欲求ばかり募って、苦しくなる。
「シキ……前、……触って、くれ……」
 とうとう俺は、全て分かった風に面白そうに見ているシキに懇願した。が、シキの返答は素っ気なかった。
「自分で触ってみろ」
「……っ、……むり、だって……」
 だって、どうすればいいのか。自分で触るだけでも恥ずかしいのに、更にシキの前でこのエプロンを捲り上げて? それとも、裾から手を差し入れて? どうするにしたって、そんなことは色々俺の限界を越えている。
 できない。なのに、シキの前でそうするという想像だけで、ギュッと自分の内部が収縮したのが分かった。シキの熱の形を、よりはっきりと感じる。欲しい気持ちだけ無闇に高まっているのに、自分ではそれを実現する勇気はなくて、追い詰められる。生理的な涙に、視界が滲んできた。
「っは、ぁ……シ、キ……ほんと、に……無理……」
「あぁ。俺が悪かった、少し……いじめすぎた」
 シキはそう言って、俺の性器をエプロンの布ごと掴んだ。そのまま上下に刺激する。手などとは違う、布に性器を擦られる未知の感覚に、俺はただ喘ぐしかなかった。シキが手を動かす度にエプロンが引っ張られて、その拍子にTシャツの布地が皮膚に触れる僅かな刺激さえ悦かった。
 喘ぎながら、いつしかシキの手の動きに合わせて、大きく腰を揺らしていた。恥ずかしい姿をさらしている、と思うのに刺激を求めることが止められない。いや、むしろ浅ましい姿をシキに見られているという恥ずかしさのせいで、いっそう興奮と快楽に追い詰められていく。
「っ……あぁ……シキ、もう……!」
「あぁ。望み通り、イかせてやる」
 シキは下から突き上げながら、少し強く俺の性器を扱く。その瞬間感覚が弾けて、身体を強ばらせながら、シキの手の中――というよりは、エプロンの布地に精を吐き出していた。体内でシキの熱が弾けるのを感じながら、俺は脱力してシキの胸に倒れ込んでいった。


***


 さらさらと髪を撫でる感覚で、俺はうとうとしていた意識を浮上させた。薄く目を開けると、穏やかな表情でこちらを見下ろしているシキが見えた。シキの胸に抱かれたまま眠ってしまったはずだが、いつの間にかシキは隣に座っているのだった。
「お前は、まだときどき、俺が眠ると不安そうな顔をするな……俺が気づいていないと思っているのだろうが……。それほどに、俺は信用ならないのか、また置いていくと思っているのか……――だが、それも仕方のないことか。それだけの苦労をお前にかけたのだからな」
 それは、質問というよりひとりごとのようだった。響きのいいシキの声音を、俺は眠りと目覚めの狭間に心地よく漂いながら聞く。そして、夢見心地に答えた。もしかしたら、声には出せていなかったかもしれないが。
「俺は……あんたを、信じてる……不安に思うのは、俺の弱さのせいだ」
「ならば、不安など忘れてしまえ。不安など感じていられないくらい、幸せにしてやる。――償いにもならないが、俺にはそれくらいしかできない」

 違う。あんたはそんな風に思う必要はない。

「……俺は、忘れない。トシマでのあんたも、眠ってしまったあんたも……その全部があって、今のあんたがいるんだ。俺はあんたが好きだ。だから、過去のあんたのことも、今では大切なんた。――幸せには、俺たち二人でなるんだ。どっちかがどっちかを幸せにするもんじゃない。それに、俺は今では幸せだ。……あんたは?」
 すると、シキは安堵したような笑みを浮かべた。泣きそうな笑顔に見えたのは、もしかしたら、俺が寝惚けていたからかもしれない。
「――もちろん、この上なく」シキは囁くように答えた。
 俺は何だかひどく満足して、もう一度眠りに堕ちていく。



 次に目が覚めたときには、シキは傍にいなかった。しかも、昼をいくらか過ぎていた。
 しまった! こんなに寝るつもりじゃなかったのに! まだ昼食の準備もしていないことに気づき、俺は慌ててベッドから起きた。身体はシキの手で拭われて精液のついたエプロンも外して持ち去られていたが、下半身は裸のままだ。ベッド脇の棚の上に置かれていた自分の下着とジーンズを身につけ、ダイニングキッチンへ向かう。
 すると、妙にいい匂いがふわりと漂ってきた。
 部屋に入ると、ダイニングのテーブルには料理が用意されていた。シキがその傍の椅子に座って、本を読んでいる。
「ごめん、寝過ごした。昼飯、俺が作るつもりだったのに」
「構わん。無理をさせたのは俺だからな」
 気遣う言葉をシキが言うのが、何だかとても気恥ずかしい。俺は熱くなる頬を隠すように俯いて、テーブルの上の料理を見た。オムライスとサラダだ。シキはオムライスが俺の好物だと知っている。だから、料理をするときには度々作ってくれる。
「シキ、ありがとう。オムライスを作ってくれて嬉しい」
「献立に迷ったから作っただけだ。簡単だからな。――さぁ、冷めないうちに食ってしまえ」
「あぁ。――そういえば、あんたの好物って何なんだ? 教えてくれたら、今度作る」
「俺の好物、か……」
 シキは珍しく長い間考え込んでいたが、ふと顔を上げた。

「それなら、多分、お前だな」

 そう言って、シキはにやりと笑った。
 馬鹿! と怒鳴りながら俺は思う。たとえ余裕ができても、多少萎らしくなっても、シキはどこまでもシキだ。






拍手アンケート企画「新婚さんごっこ」
2009/12/16

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