ひとりのとき何作る? その日、珍しくシキは一人で夕食の席に就くことになった。アキラが裏の仕事の依頼を受けて、留守にしているからだ。 シキもアキラも裏の仕事を請けて生計を立てているが、仕事を請ける割合はシキの方が多い。というのも、アキラは他人の生命を奪うことも多々ある裏の仕事をあまり好かないからだ。その点シキは(昔ほどではないにせよ)生命のやりとりが生き甲斐のようなところがあるので、気に入った仕事であれば請けることにしている。シキにせよアキラにせよ裏の世界での知名度はそこそこあって一回の仕事の報酬が高額ということもあり、仕事が選り好みできる立場だった。 今回アキラが仕事を請け負ったのは、以前世話になったという人物から仲介を請け、断りきれなかったためだ。『以前世話になった』という内容をアキラは語らなかったが、おそらくはシキが自分の意思で動くことを止め、廃人のようになっていた時期のことなのだろうとシキは推測している。現在のアキラの知名度も裏の世界での人脈も、すべてはその時期に形成されたものだからだ。家を出るときにアキラがこちらに気兼ねするような表情だったのも、シキの確信を深める結果になった。 ともあれ、今夜はアキラは帰らない。アキラがいないとなると、夕飯は何にするか――。キッチンに立ち、シキはしばらく考え込んでしまった。 普段料理は交代制で行っている。メニューも料理をする方が決める。シキは基本的に好き嫌いはなく食べられれば何でも構わない主義なので、普段はアキラの好みに合わせることが多い。アキラは――本人は恥じて認めないが――お子さま味覚であるから、そこからアキラの好みそうなメニューを推測するのは簡単だった。 ところが、いざ自分一人となると、シキは何を作っていいのか分からなかった。基本的にはシキは和食なども好むが、これといえる好物はない。食事と一緒に酒を飲むなら酒のあてでもメニューにするのだが、今日はそういう気分でもない。 はて、どうしたものか――。 「まぁ、あるもので作るか……」 シキは呟き、料理に取りかかった。 *** 明け方帰宅したアキラはシャワーを浴びてベッドに倒れ込むと、仕事の疲れからそのまま眠り込んでしまった。こんこんと眠り続けて、目覚めたのは昼前のこと。やっとアキラが起き出していくと、「目が覚めたか」とダイニングにいたシキが言った。 「……まぁ、半分くらい」 「半分はまだ寝ているということか。……昼には少し早いが、何か食べるか? そうすれば目が覚めるだろう」 「ん……食べる」 「分かった。座っていろ、用意しってやる。もっとも、まだ買い物に行っていないから、たいしたものは出てこないがな」 「ありがとう……」 シキはキッチンへ入っていく。アキラはダイニングのテーブルに就いて、ぼんやりとシキが読みかけていた新聞を眺めた。半分眠った頭のまま、幾つかの記事を流し読みする。その間にもキッチンからは包丁の音やレンジの音が聞こえていたが、やがてシキが皿を手にダイニングに現れた。 「ほとんど昨日の残り物だが」 そう言ってシキがテーブルに置いたのは、オムライスとサラダだった。レンジの音はオムライスを温めていたのだろう。 それにしても、とアキラは思う。昨夜はシキ一人だったというのに、どうしてこのメニューなのだろう。オムライスなんて、嫌いではないのだろうにせよシキには子どもっぽすぎて、一人のときまで好んで食べるようには思えないのだが。 「――あんた、昨日、オムライスだったのか?」アキラは思わず尋ねた。 「そうだが。チキンライスが思ったより多くできてしまったのでな、ついでにもう一つ作っておいた」 「っていうか、俺がいないのにわざわざオムライスを作る必要はなかったんじゃ……あんたはこういうの、子どもっぽくて口に合わないと思ってた。実はオムライス好きなのか?」 「いや……口に合わないということもないが、取り立てて好きというわけでもない。ただ、何を作るか思いつかなかったから、何となくオムライスにしただけだ」 そう言うシキの言葉は、どこか取り繕うような響きがあった。シキは真実を言っているには違いないだろう。だが、一人なのについアキラの好物であるオムライスを作ってしまったことを、恥ずかしく思っている気配がある。 シキが恥じらうなんて、珍しいことだ。そのことを面白く感じたアキラは、思わずニヤニヤしながら言った。 「つまりあんたは、留守にしてる俺のことを考えながら料理してたわけだ」 「何となく作っただけだと言ったはずだ」 殊更ぶっきらぼうに言って、シキはキッチンへ戻っていってしまう。それが照れ隠しであることは明らかで、アキラはしばらくにやけた顔を元に戻すことができなかった。 2010/01/31 |