ピアスの話
ピアスを付け替える詳細な描写があります。
*痛みの描写はありませんが、針が苦手な人は注意






「そういえば、お前に渡すものがあったな」
 シキが何気ない調子で言ったのは、ある日の夜のことだった。ちょうど二人とも風呂から上がって、これから寝ようというときだ。
 渡すものとはいったい何なのか。俺が不思議に思っていると、シキは少しずつ待つように言って部屋を出ていった。そうして戻ってきたときには、小さな箱を手にしていた。
「アキラ、ベッドに座れ」「いいけど、それ、何なんだ?」
 言われるままにベッドに座りながら、シキの手元を覗き込む。何か光るものが見えた気がする。
 シキはその銀色の何かを手にして、俺の傍に座った。
「ピアスだ。この間街でお前に似合いそうなものを見つけたのでな」
「なっ……これ以上増やす気かよ」
「違う。今お前がつけているものと取り替えるだけだ。今のピアスはもう長いことつけているだろう?」
「そうだけど……別に取り替えなくても……」
 俺はパジャマの上から腹を押さえた。布越しに小さなピアスの感触。かつてシキが眠っている間、何度こうしてピアスの存在を確かめて自分を落ち着かせたことだろうか。当時はほとんどこのピアスのだけが、トシマでシキと俺の上に流れた時間を示す証拠だった。シキは『眠って』いて、今のように俺に話かけることも抱くこともなかったから、ピアスを確かめることでシキの傍にいてもいいのだと自分を納得させるしかなかった。
 そんな思い出のあるピアスだ。簡単に別のものと取り替るなんて、できるわけがない。
 それなのに、シキは早速ピアスを替えようと俺の上衣に手を掛ける。俺は思わずその手を振り払った。そうして我に返って、しまったと思う。シキがわざわざ俺のために買ってくれたのに、いくら何でもこれはひどい。
「あ……その……すまない、シキ……だけど、俺はこのピアスがいいんだ」
 俺はしどろもどろになりながら、必死にシキに言った。それでも、シキが眠っている間ピアスに頼ったのだとは告げられなかった。なぜなら、その期間のことは俺にとってもシキにとっても、まだ少し重い記憶だからだ。
 視線だけ上げて窺えば、シキはさほど気分を害している様子はなかった。ただ、目覚めて以来時折見せるようになった、静かだが決して冷淡ではない表情で俺を見つめている。そうして、俺が黙るとしばらくの間の後に、ぽんと手のひらを俺の頭に乗せた。
「お前がソレをそこまで大事に思っているとは思わなかった。悪かったな、簡単に取り替えろなどと言って」
「え……」
 俺は戸惑い、言葉に詰まった。シキが謝るなんて、滅多にあることではない。こんなに殊勝な態度を取られては、調子が狂ってしまう。
 しかし、そんな俺には構わずシキは言葉を続ける。
「お前の執着は分かった。だが、俺はかつてそのピアスを、お前を捩じ伏せ支配しようという意図でつけさせた。もちろん、そうしたことを後悔はしない。お前を繋ぎ留めるために必要なことだったからな」
 だが、と話を接いでから、シキはその先の言葉を探すように束の間黙った。そして。

「今、俺にとってお前は共に歩むべき存在になった。だからこそ、改めてピアスを贈りたいと思う」

 シキは俺の頭をひとしきり撫でてから、小箱からピアスを取り出して見せてくれた。
 新しいピアスはシンプルなデザインで、今のものとさほど違いはなかった。ただ先端に取り付ける飾り玉の金属の質感が、少し違っている。今のピアスの飾り玉は、刃を思わせる磨かれた銀色である。それに対して、新しいピアスの方は艶消しをした白銀で、どことなく柔らかい印象がある。
「無論、お前に付け替えろと無理強いはしない。ただこれは渡しておく」
「待ってくれ」俺はベッドを立とうとするシキの腕を掴んだ。「あんたがそんな風に思ってくれたピアスなら、俺はつけたい」


***


 自分でするつもりが付け替えてやるというシキに押し切られ、俺はパジャマの上着をはだけてベッドに座っていた。シキは俺の身体に半ば乗り上げるようにして、臍のピアスに触れている。
 シキの指がピアスに触れ、皮膚を少し引っ張るように持ち上げて先端の飾り玉を取り外している。その微かな刺激に、そこで感じるように馴らされた身体はそれだけでもくすぐったさのようなものを感じ始めている。
 やがて、飾り玉を取り去ってしまうと、シキはピアスの針の部分をゆっくりと抜き取っていく。微かな快楽に混じって、奇妙な喪失感と不安のようなものが湧き上がってくる。針が皮膚から抜けた瞬間、俺は思わず喘いだ。
 と、シキが顔を上げ、「大丈夫か?」と尋ねる。言葉こそこちらを気遣うものだったが、シキの表情は楽しんでいるようで、俺は悔しくて殊更無愛想に頷いた。
 すると、シキは再びピアスに視線を落とす。シキが俯く瞬間、その顔に面白そうな笑みを微かに浮かんでいるのを俺は見てしまった。くそっ。絶対気遣ってないだろ。文句を言いたかったが、針を抜き取ったシキが新しいピアスを手に取ったので、口を噤む。
 シキは新しいピアスの飾り玉を外すと、不意に真面目な顔つきなって慎重な手つきで再び俺の臍のピアスホールに針を挿し入れた。ピアスホールが再び押し広げられる。その充足感と微かな痛みのような疼きのような感覚に、なぜかほっとする。
 最後にシキが飾り玉をはめてから、悪戯のように軽く指先でそこを弾いた。その瞬間。
「っ、あ……!」
 自分でも驚くくらい、濡れた声がこぼれる。ピアスを付け替えているときには、行為の最中に触れられたときのようなはっきりした快楽は感じなかったのに、気がつけば身体にはしっかり火が点いていた。身体の奥に疼くような感覚が生まれ、吐き出す息が自然と熱っぽくなる。
 シキは俺の顔を見て、面白そうに微笑した。
「あまり痛みは感じなかったようだな。むしろ物欲しげな顔をしている」
「っ……あんた、こうなることが分かってただろっ」
「さて」シキは肩を竦めた。
「とぼけるなっ。外したピアスを箱に入れたら、この後責任取れよなっ」
「いいだろう」
 最初からこうなることを予想していたように、シキはあっさりと頷く。そうして、いつになくいそいそと古いピアスを箱に仕舞って、ベッドの脇のテーブルに避難させた。
 




2010/04/09


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