Trick or Treat?
*ややアキシキ風の部分がありますが、シキアキです。




 十一月を間近に控えたこのとき、俺はシキと共に欧州にいた。
 俺たちは、時には裏の仕事の関係でニホン国外に赴くこともある。ただ、今はそうであなかった。最初は仕事でニホンを出てきたのだが、すべきことが片づいた後、シキが少し国外で骨休めをして行こうと言い出したのだ。
 シキの提案に、俺はすぐに賛成した。というのも、最近片づけた仕事で俺たちは厄介な相手の恨みを買ってしまった。しばらく国外でほとぼりを冷ます方がいいだろう、と思ったのだ。おそらく、シキもそうしたことを考えての骨休め発言だったのだろうと思う。
 そういう経緯から、俺たちはぶらぶらと欧州各地を巡り、十月の終わり頃、とある街にたどり着いた。その街でホテルを取り、滞在してもう数日になる。
 そして、十月末のその日。朝の遅い時間になってから、俺は外から聞こえてくる賑やかなざわめきで目を覚ました。何事かと思い、ベッドを出て窓際へ歩いていく。
 目の前に広がるのは、ニホンとは異なる石造りの家々の並ぶ街並み。ホテルの窓から見下ろした通りは、カボチャのランプや様々な飾りで楽しげに飾りたてられている。駆け回る子どもたちの上げる楽しげな声が、五階の俺たちの部屋まで途切れ途切れに響いてくる。
「何なんだ? 今日は」
 思わず零れた俺の呟きを、シキが拾い上げる。
「ハロウィンのようだ」
「ハロウィン? あぁ……。あの、子どもがトリック・オア・トリートって言いながら、家を回ってお菓子をもらうって奴だよな。ニホンでもこの時期、子ども用にカボチャの容器のお菓子を売り出したっけ」
「ジャックオランタンだな。……聞いたところでは、今夜はこの街でハロウィンの祭りをするらしい。参加してみるか?」
 第三次大戦時、諜報活動に従事するために数カ国語を習得したというシキは、さらりと言ってのけた。どうやら、ホテルの従業員だか街の人間だかに、聞いてきたらしい。
 参加……できるものならしてみたい、と俺は少し心を動かされた。が、素直にそう言うのも恥ずかしくて、気のないふりをする。
「でも、参加できるのは、子どもだけなんじゃないのか?」
「参加条件は仮装だ。仮装すれば、誰でも参加できる。トリック・オア・トリートと言って家々を回れるのは、子どもだけらしいがな」
「そう、なのか……」
 やっぱり、参加してみたい、かもしれない。
 そんな俺の気持ちを、多分、見抜かれてしまっているのだろう。シキはニヤリと笑いながら、俺の背中を押す言葉を口にした。
「あぁ、そうそう。このホテルでは、客用に仮装の衣装を貸し出しているようだったな」


***



 日が暮れると、街にオレンジ色の灯りが点った。俺はシキと共に仮装をして、ホテルの外に出た。
 俺が選んだ衣装は、黒のローブと三角の帽子――魔法使いだった。シキに言わせれば、『精々魔法使いの弟子といったところ』にしか見えないらしいが。
 そう言うシキはどんな仮装なのかといえば、黒のスラックスと白のワイシャツの上にマントを羽織っただけで吸血鬼の姿をしている。悔しいことに、シキの仮装は文句の付けようもないくらい似合っていた。
 仮装などして、外で浮かないだろうかと、俺はホテルを出る瞬間少し緊張していた。が、外へ出るとすぐにそんな心配は吹き飛んでしまった。
 街を行く人々は様々な仮装をしていて……ちょっとぎくりとするような、奇抜な仮装もある。フランケンシュタインやドラキュラ、ミイラ男。頭から模造ナイフを生やしたゾンビ。様々に着飾った大人や子どもが、街の中央の広場の方へ歩いていく。俺とシキもその列に滑り込んだ。
 俺たちの前にいたのは、ピーターパンの格好をした幼い男の子とティンカーベルのひらひらの衣装を着たもう少し年上の女の子で、姉弟のようだった。二人は、早くももらってきたらしいお菓子の籠を片手に提げている。もう片手をしっかりと繋ぎあっているのが、何だか微笑ましい。
 広場では出店が出て、中央に設けられた舞台では催しものも行われていた。俺たちはぶらぶらと広場の中を見て回った。特別何かを買うつもりはなかったのだが、幾つかの商店が無料で配っていたものを受け取ったりして、帰る頃には俺は菓子類で手を塞がれていた。
 このまま大量に菓子を持って帰っても、俺とシキで全て食べきれるはずもない。どうしようか、と思っていたところ、広場の出口に差し掛かったとき、ちょうど行き一緒になったピーターパンとティンカーベルの姉弟の姿が見えた。
「待ってくれ」
 俺は二人に声をかけ、菓子の袋を差し出した。もらってくれ、とジェスチャーで示すが、二人は首を傾げている。
 と、そこでシキが二人に何言か言葉を掛けた。普段の口調とは違う響きのそれは、おそらくこの国の言葉だったのだろう。弟の方がおずおずと手を伸ばし、菓子を受け取ってくれた。
「ありがとう」
 俺はニホン語で言い、手を振って二人と別れようとした。そのときだった。ティンカーベルの少女が何かを言い、俺の手を捕まえて手のひらに何かを乗せた。
 見れば、それは虹色の小さな袋だった。銀色のリボンが巻かれたそれは美しく、夢か何かの結晶のようだった。俺は一瞬少女が本物の妖精で、小袋を魔法で作り出したのではないか、と思ってしまった。
「これは?」俺は、言葉が通じないと知りつつ、少女に尋ねた。
「ティンカーベルは、ハロウィンなのに菓子を一つも持って帰らないのはダメだ、と言っている。甘いものが苦手な男二人でも、これぐらいなら食べられるだろう、と」少女の代わりに、シキが説明してくれた。
「そうか。ありがとう」
 俺たち姉弟に礼を言い、広場を出た。


***


 ホテルの部屋に着いたとき、俺たちは思ったより疲れていた。普段は人混みに出ることなどないせいだろう。
 シキは、すぐにマントを脱ぎ落とし、ベッドに腰を下ろした。吸血鬼のかっちりした紳士風の仮装も台無しに、ワイシャツのボタンを胸元まで開ける。だらしないといえばだらしない格好なのだが、シキがするとやけに艶めいて様になっていた。
 俺は脱いだローブを椅子の背に掛けながら、シキの姿を見た。今夜、吸血鬼姿のシキの牙に掛かりたいと思った人間がどれほどいるだろうか、とふと思う。通りを歩いているとき、広場にいるとき、何人もの女がシキを目で追っていたことを、俺は知っている。
 シキがそういう視線に心を動かされる男ではない、ということも知っている。知っているけれども――少しばかり面白くない、と感じてしまうのも確かだ。
 そこで、俺はある悪戯を思いついた。
 ティンカーベルからもらった袋を開け、中から菓子を一つつまみ出す。見れば、金色の包装のメダルチョコだった。俺はチョコの包装を剥がして口に放り込むと、ベッドへ座っているシキに近づいていった。
「アキラ?」
 シキが呼びかけるのに答えもせず、身を屈めてシキの顔に顔を近づける。「どうした?」と言い掛けたシキの唇に、自分のそれを重ねた。
 言葉の途中だったシキの唇は、都合がいいことに薄く開いている。俺は口の中のチョコを舌先でシキの口内へ押しやった。シキは驚いたように少し身動きしたが、それでも結局は鷹揚な態度でチョコを受け入れる。
 俺は、シキがチョコを口に入れたことが分かると、すぐに顔を離した。
「……甘い」シキが文句を言うのを
「トリック・オア・トリート」ハロウィンの決まり文句で遮る。
 シキはちょっと戸惑った顔をした。
「……俺にまでねだるほど菓子がほしいのか? それなら、テーブルの上に――」
「おっと、シキ、座ったままで。移動するのは禁止だ。それから、制限時間は三秒まで。トリック・オア・トリート――三、二、一。……はい、終了」
「お前は……。最初から、菓子を受け取る気はなかっただろう」
 呆れた口調で言いながら、シキは俺の方へ手を伸ばしてきた。その手が腰に触れる寸前に、俺はそれを払いのける。
「駄目だ、シキ。あんたは菓子を出せなかったんだから、いたずらをされる側であって、する側じゃない」
「フン。ならばお前はどうなんだ、アキラ」
「俺はさっき菓子をやっただろ? ちゃんと、チョコレートをさ」
「あぁ、あれか……。確かにな」
 シキは肩をすくめると、身体の力を抜いた。その表情には面白がる色が浮かんでいる。トリックをする側になったお前はどうするつもりだ? と悪戯っぽい光を宿した紅い目が、語り掛けてくるようだ。
 どうするつもりか?
 もちろん、考えてあるさ。
 俺は側にあったテーブルからタオルを取り、それを使ってシキに目隠しをした。
「俺はあんたに魔法をかけた。あんたは自分の意思では動けない」
「……なるほど。さすが『魔法使い』だな」
 くくくと笑うシキの唇に、俺は再び唇を押しつけた。今度は舌を差し入れれば、シキが応じて舌を絡めてくる。深い口づけを交わしながら、俺はシキの髪に指を差し入れて梳いた。綺麗に撫で付けられていた髪をかき乱すのは、何だかとても興奮した。
 ひとしきり口づけをすると、俺は今度はシキの首筋に唇を寄せた。シキのワイシャツのボタンを外し、首筋から肩口へ、胸元へと愛撫の手と唇を下げていく。そうしていると、時折、頭上でシキが吐息をこぼすのが聞こえた。普段、シキは俺が肌を愛撫してもさほどの反応をみせないが、今日は視界を奪われているために敏感になっているのかもしれない。
 腹部までたどり着くと、俺はシキのスラックスの前を寛げて、まだあまり反応していないシキの性器を取り出した。それを迷わず含み、口の中で育てあげる。
「……アキラ」しばらくすると、シキはごく僅かながらもどかしげな声を発した。「魔法の効力は、まだ続いているのか?」
「あぁ。あんたはまだ、動けない」
 答えながら、俺は少し笑った。生真面目な癖に、こうして生真面目に遊びに付き合ってくれるシキがとても好きだと思った。
 少し待っていてくれ、と言い、俺は立ち上がって自分の衣服を全て脱いだ。テーブルの引き出しに入れてあったジェルを取り出し、ベッドへ上がった。ジェルを左手に取って後孔へ持っていく。そうして、指を後孔に差し入れて馴らしながら、自分の性器も刺激した。手っとり早くシキを受け入れるためだ。もしシキの目隠しがなかったら、さすがにこんな姿はさらせなかった。目隠しをしておいてよかった、と思う。
 やがて、ある程度身体が馴れると、俺はシキの脚を跨いで自分でシキのものを体内に受け入れていった。「ぅ……くぅ……ん……」馴らし方が甘かったのか、圧迫感が強い。
 全てを受け入れてしまうと、俺は思わずシキの肩に頭を預けて息を吐き出した。
「大丈夫か? アキラ」
「ん……あぁ……平気、だ……」
 シキは手は動かさないまま、労るように俺の髪に唇を触れさせる。そして、そっと囁いた。
「まだ魔法は解けないのか?」
「……もういい、けど……魔法を解くには、儀式が必要なんだ」
 この後に及んで俺はそう言って、身を起こした。動いた拍子に内部にシキの熱が擦れ、甘い疼きが生まれる。ため息をつきながら、顔をシキの顔の前に持っていった。
「は、ぁ……。解くには、キスを……」
 切れ切れに伝えると、シキは俺に唇を寄せてきた。が、見えないせいで位置がずれ、俺の顎の辺りに唇が触れる。そこから鼻先で探るようにして、シキはとうとう俺の唇に唇を押しつけた。
 互いに舌を絡め合い、貪り合う最中に、シキの手が腰を掴む。俺は夢中でシキの口づけに応じながら、また両手をシキの髪に差し入れる。髪をかき乱すついでに目隠しを解き、投げ捨てた。





2010/10/16

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