こんな休暇
*PC版ED1後orトシマ脱出後シキの眠らない展開その他ご自由に解釈下さい。








 とある筋からの依頼を受け、仕事を終えたのは、ちょうど年が明けた頃だった。世間はまだ正月気分が抜けない様子だが、裏稼業の俺たちには盆も正月も関係ない。
 そのはずだったのだが。
 仕事を片づけた後、急にシキが温泉に行こうと言い出した。これまでにはなかったことだ。ああ見えてシキは真面目一辺倒な男であるから、トシマを脱出してこの方、俺たちには、仕事か日常があるばかりだった。骨休めや遊びが入り込む余地も余裕も、少しもなかったのだ。
 それが、どういう風の吹き回しかと思わないでもない。けれども、悪いことでないのは確かだった。
 話を聞けば、シキはこれまで生き急ぐように生きてきたらしい。少し肩の力を抜いて、ブレーキをかけることを覚えた方がいい――シキのためだけでなく、俺自身のためにもそう思っていた。だって、シキが生き急いでいては、共に生きられる時間が短くなってしまうだろうから。
 俺はシキの提案に賛成した。すると、シキは最初からそういう予定だったかのように俺を連れ、温泉へと向かった。
 人里離れた山奥の、露天の温泉と脱衣場用の無人の小屋があるだけのそこは、いわゆる秘湯だったのだろう。俺とシキはさっさと衣服を脱ぎ、温泉へと入った。
 とても心地いい。
 熱いくらいの湯の中で息をつく。アパートの狭い風呂を使うのが常なので、こんな風に足を伸ばせるのは久しぶりだ。
 見れば、シキも湯の中で寛いでいる。普段は血の気のない白い肌もさすがに少し上気して、何というか――ひどく艶めいた有様だ。俺はそんなシキにどきりとしてしまってから、その動揺を隠すように話しかけた。
「――なぁ、あんた、どうして温泉へ来ようと思ったんだ? 年末も正月も気にせず依頼を受けたあんたなのに」
「だからこそ、だ。仕事ばかりで、お前も疲れた顔をしていたからな。少し骨休めをするのも、悪くないかと思った。ちょうど、人のいない秘湯があるとここの評判も聞いたところだったのでな」
「確かに、いいところだよな」
 俺は周囲を見渡した。露天の温泉の周囲はごつごつした岩場だ。その岩には、昨日降った雪が少し積もっていて、いかにも温泉といった雰囲気をだしている。
 何より、人気がないのがいい――と思ったとき、複数の人間の気配が意識に触れた。しかも、その人物たちは殺気を帯びている。シキか俺を狙う刺客らしい。
「――気づいたか、アキラ」
 シキは悠然とした態度で立ち上がり、タオルを腰に巻いて岩場に置いていた刀を取った。衣服は脱衣所で脱いだが、刀とタオルだけは持って来たのだ。
 事態を悟った俺も、同じように行動しようとした。が、シキに止められた。他の男に肌をさらすな、などと言うのだ。構わずに、俺は腰にタオルを巻いて自分の刀を取った。
「アキラ。言うことを聞け」シキが言う。
「ふん。俺だって、あんたの身体を他の奴に見せたくないんだ。お互い様だ」
「どういう意味だ」
「鈍いな。俺にだって、独占欲くらいある」
 すると、シキはにやりと笑った。
「……可愛いことを言う。後で覚悟しておけ、アキラ」
「男に可愛いって言うな。……あと、何で俺が覚悟しなきゃならないんだ。覚悟すべきなのは、奴らの方だろうに」
「……お前も大概鈍いな」
 シキは俺を見て、肩をすくめた。その目と目が合って、暗黙の了解ができあがる――互いの望みが通らないなら、せめて早く敵を片づけるしかない、と。そうして、すぐに敵の隠れている木立めがけて走り出す。
 骨休めというには、些か落ち着かない休暇になってしまった。けれども、いかにも俺とシキらしい気がして――それも悪くない、と思った。







2011/01/09
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