いつかどこかで失くした欠片
*17歳シキ×25歳アキラの2の中盤あたりの話 *一回目の行為が済んだ後のシキ視点 *終盤のトシマのシーンは、リン死亡後シキアキR18シーン後アキラが目覚める前のシキ 細胞レベルで惹きつけられる――そんな強烈な感覚を、シキは目の前の青年に覚えた。 青年に誘われて及んだ行為が終わり、シキは結合を解いた。身を離す瞬間、青年が無意識にか短く息を呑む。その息づかいが、はっとするほど艶めかしい。ベッドから立ち上がろうとしていたシキは、思わず動きを止めた。 なぜか、青年の傍から離れがたい気がする。 シキはもともと、己はさほど性欲の強くないタイプだと考えていた。同級生らと離していても、彼らより異性への興味が薄いと感じる。恋人を――あるいは、性欲の解消相手を得るよりも、強くなって早く一人前と認められたい気持ちの方が強い。そのせいだろうか、シキは自慰をすることさえ少なかった。 今日はすでに、昼間の浴室で青年と熱を慰め合っている。今も彼の体内で精を吐き出したばかりだ。欲求は、十分すぎるほどに満たされたはずだった。 それなのに、己はどうしてしまったのか。 戸惑いながらも、シキはベッドに身を投げ出したままの青年へ目を向けた。開け放した窓から差し込む月光の中で、彼の裸身が白く浮かび上がっている。シキが口づけて痕を付けた胸が、“誰か”の贈ったピアスが飾る腹部が、緩やかな呼吸に動いていた。 士官学校で戦闘を叩き込まれたシキから見れば、青年の体勢はひどく無防備だった。いくら肌を合わせた直後とはいえ、会ったばかりの己にここまで隙をさらしていいのかと不安になる。 と、そのときだった。青年がベッドに左肘を付き、上体を起こした。シキを見つめて、ふわりと笑う。あどけないような、艶めかしいような、どちらとも言えない不思議な笑顔だった。 「――どうした?」 尋ねられるが、言葉に詰まる。シキは己がどうしたいのか、分からなかった。 黙っているシキに、笑みを崩さないまま青年は小さく首を傾げた。それから、手を伸ばしてシーツの上に置かれたままのシキの手に、そっと重ねる。荒れて節くれ立った、けれども細い指に指を絡め取られた途端、腹の底からかっと衝動がこみ上げて来た。 目の前の青年から、離れたくないと思う。それは、ただの性欲ではなかった。 シキは青年の腹部の鈍く光るピアスを、じっと見つめた。たとえ身体を繋げたところで、青年が己のものになったわけではない。彼の心は、どこかここではない場所にある。手を掴もうと、抱こうと、彼を己の元につなぎ止めることはできないだろう。そうと分かっていても、彼を己に引き寄せたいと思う。 己が抱いている感覚は――性欲ではなく、執着だ。けれど、青年に対する強すぎる執着を、シキはどう扱えばいいのか分からなかった。どうすれば、彼は己のものになるのか。彼が己のものになったら、己は満足するのか。何をどうしたいのか、己自身が分からない。 シキが戸惑っていると、青年はシキの手を持ち上げて指先に唇を近づけた。ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てて、指先にキスをする。音を出したのはわざとのようで、青年は上目遣いにシキを見て、悪戯っぽく微笑した。 「……なぁ。あんたはもう、腹いっぱい?」 「何……?」 一瞬、青年の言葉の意味が分からず、シキは問い返した。 「もう満足したかって聞いてるんだよ。俺は、もうちょと、あんたに触れて欲しいんだけど……」 「っ……」 青年の誘いに、シキは息を呑んだ。同時に、己も彼に触れたがっていることを自覚する。 誘いの言葉を口にした青年は、見ればひどく優しい目をしていた。欲情しているというよりは――子どもの我が侭に目を細めるかのような甘い光が宿っている。もしかすると、彼はもっと触れていたいという欲求を表に出せずにいるシキの気持ちを、代弁してくれたのかもしれなかった。 見透かされている。その上で、甘やかされている。 ――くそっ。 シキは小さく舌打ちした。十七と二十五。縮めようもない年の差を、忌々しく思う。もしも己がもっと大人であったなら、青年が大事に抱え込んでいる寂しさに、触れて癒すことがでただろうか。そんな夢想をしてみるが、もちろん不可能だった。 己はまだ子どもだ。そして、無力だ。 そんなことを実感しながら、シキは青年に身を寄せた。性欲を満たすために彼を求めるのではないから、先ほどの問いへの返事はしない。ただ触れたいと――そうしてもいいかと問うように、青年に顔を近づけて今日、教わったばかりの口づけをした。 唇と唇を重ね合わせて、薄く開いた隙間を舌先でくるりとなぞる。性感を煽る目的ではなかったから、それ以上はせずに身を引いた。 と、青年が追いかけてきて、甘えるようにこつんと額を合わる。キスは何度もしたし、身体も繋げたのに、そんな些細な接触が妙に気恥ずかしい。シキは頬が熱を持つのを感じたが、額を合わせたこの体勢では顔をそらすこともできなかった。部屋が暗いから顔色までは分からないはずだ、と己自身に言い聞かせて、高まった鼓動をなだめようとする。 そんなシキの気も知らず、青年は間近にシキの目を見つめて、微笑した。 「……あんた、キス、上手くなったな。すぐに上達する。……それが、若いってことかな?」 「……年上ぶるな」 シキは憎まれ口を叩いた。そうでもしないと、誉められたことが気恥ずかしくていたたまれない。 「ごめん」 青年は笑って、シキの手を引いてベッドに倒れ込んだ。それが再開の合図だということは、言われなくとも分かった。シキは青年に覆い被さりながら、彼が気に入ったという口づけをした。今度は口内に舌を差し入れ、歯列や頬の内側をなぞる。青年が舌を伸ばしてくるのを絡め取って、緩やかに吸った。 口づけをしながら、青年の身体を掌で辿る。最初の激しく求めるような交わりとは違って、今度は相手の輪郭を覚えるかのようにゆっくりと愛撫した。そうすることで、おそらくはすぐに別れることになるのだろう彼を己の中に刻んでおきたかった。 手で青年の再び兆し始めた青年の性器をまさぐる。先ほど熱を放ったそれは濡れていた。そのぬめりを辿って足の間から後孔へ指を滑らせる。シキを受け入れたばかりの後孔はまだ閉じきってはおらず、とろとろとシキの精液を零していた。そこに指を挿入すれば、熱く軟らかく溶けた粘膜が絡みついてくる。その感触に、シキは己の中でぐっと熱が高まるのを感じた。 と、不意に青年の左手が伸びてきて、シキが指を挿入している箇所に指を添えて押し開く。 「もう……馴らさなくて、いいから……。ここに……あんたのを、くれよ……」 青年が息を弾ませながら誘う。即物的な誘いに、目眩を覚えるほどの強い衝動がかき立てられる。 返事をすれば、みっともなく声がかすれそうで、シキは無言でそこにすっかり回復している己の昂ぶりを宛がった。ゆっくりと綻んだそこへ侵入する。シキの性器が奥まで届くと、青年は感極まった声を上げた。 「あ……あぁ……」 「っ……」 とろけた粘膜が不意にぎゅっと収縮し、シキの性器を刺激する。その感触に、シキは思わず息を詰めた。が、衝動のままには動かず、青年の体内が己に馴染むのを待つ。青年の背中に腕を回し、汗ばんだ胸を合わせるようにぎゅっと抱きしめると、彼は甘えるようにシキを抱き返した。 「いいよ……動いて」 しばらく抱き合っていると、青年に促される。シキは抱擁を解き、彼の腰骨を掴んだ。抽送を開始すると、青年の体内に残された精液が泡立って音を立てる。その音に興奮するのか、彼の後孔が収縮してシキを締め付けた。 「くっ……」 小さく息を呑んだシキは、それならば、と青年の腰を抱え上げた。結合部を彼に見せつけるようにして、腰をグラインドさせてわざと音を立てる。 「っあ……! あ、悪、趣味だ……。んっあぁ……!」 シキを詰りながらも、派手な水音に興奮しだのだろう、青年は堪えきれないというように嬌声を上げた。その声に煽られて、シキもより強く腰を打ち付ける。性器の先端が青年の内部の一点に触れた瞬間、彼は身を強ばらせて達した。身体を半分に折るように腰を抱え上げられていたため、性器から吐き出された白濁が彼の胸元や顎を汚す。 その直後、シキ自身も収縮する彼の体内に促されるように達していた。放出の快楽で全身の力が抜け、思わず青年の上に倒れ込む。薄く目を開ければ、達した余韻にか陶然とした表情の彼と目が合った。 やはり、青年との間に奇妙な磁力のようなものを感じる。性欲とは違う衝動に駆られて、シキは青年の顎に舌を伸ばした。そこに飛び散った精液を舐め取ってから、彼の唇に己のそれを重ねる。 緩く舌を絡めあってから顔を離すと、青年は眠りに落ちる寸前のとろりとした目で、幸せそうな微笑を浮かべた。 「――あんたのキス、好きだ……。幸せな気分になるから……」吐息だけで囁いて、目を閉じる。 シキはそっと彼の上から身を起こし、唇に触れた。己を幸せな気分にするのはお前の方だ、と思う。けれど、“コレ”は決して己のものにはならないだろう。抱き合うことで己の中に彼の形ができてしまったというのに。この先、長い間、己は彼の欠落に悩まされるに違いない――そんな予感があった。 **** ――数年後、トシマ。 シキは木箱の上に座り、刀の手入れをしていた。一通り作業を終えたところで、ふと息を吐き出す。そのとき、部屋の片隅で小さな声が上がった。 「ん……ぅん……」 部屋の奥、ベッドの上で眠る若者が小さく唸ったのだ。目を覚ますのだろうか、とシキは彼を見遣った。が、予想に反して若者は寝返りを打って再び安らかな寝息を立て始めた。そのことに、何となくほっとしてしまう。 第三次大戦後、シキは一人で裏の世界を生きてきた。決して他人に心を許すことはなかったし、こうして己のねぐらに人を入れるのも初めてのことだ。トシマの街で気まぐれに拾って抱いただけの若者に、なぜ己の領域に立ち入ることを許しているのか――シキ自身も判然とはしなかった。 しかし、どうしても若者を手離しがたいと思う。その切迫した感情を、シキはどことなく懐かしく感じた。遠い昔にも、こんな風に己は“誰か”の存在を求めたような気がする。だが、記憶に紗が掛かったかのように、その“誰か”の顔を思い出すことができない。 分かるのは、ただ一つ――。 シキはそっと己の唇に触れた。先ほど行為の最中に若者と唇を重ねた。ほんの一瞬のその感触が――初めてのはずなのに、懐かしかった。やっと見つけたと、己はずっと“コレ”を探していたのだと、体中の細胞が騒ぎ出すような奇妙な感覚があった――そのことだけ。 「……お前は、いったい何なんだ……?」 シキはベッドに眠る若者に向かって呟く。しとしとと部屋に満ちる雨音が、その呟きをそっとかき消した。 2012/08/13 |