海賊パロ(シキアキ編) ※シキが女遊びをしている設定があります。 ※舞台の都合上、娼館の女性が出てきます。 ※女性との性描写はありませんが、上記が苦手な方は注意。 「屋敷からの遣いなのだが、シキ様はこちらにいらっしゃるだろうか?」 アキラが尋ねると、高級娼館のマダムは心得た様子で頷いた。「いらしております。様子を見て参りますので、少々お待ちくださいませ」と優雅に会釈して、館の奥へ消えていく。 取り残されたアキラは、吹き抜けの広いホールを落ち着かない気分で見回した。 アキラが乗る船の船長であるシキは、陸に上がるとときどき、高級娼館に入り浸る。それは、海賊としては正しい態度だった。海賊たるもの女遊びの一つもできなくては、他の海賊に舐められるというものだ。そのことは、アキラもよく分かっているし、海賊団の一員として船長が高級娼婦たちにモテることを誇らしくも思っている。 けれど、このところ、シキが娼婦を抱いているのだと思うと、妙に落ち着かない気分になるのも確かだった。一般的に、海賊は女好きだ。そして、シキは海賊である。だから、シキが女遊びをするのはごく当たり前のことだ。――ごく最近までは、そんな三段論法式に納得していたというのに。 アキラは十三歳のときにシキに拾われて、以来五年に渡ってシキの海賊船に乗っている。昔からシキは女遊びをしていたが、最近までそれをどうとも思ったことはなかった。(どうして、俺は急に、シキの女遊びが嫌だと思うようになったんだろう……?)考えてみるが、きっかけのようなものは思い出せない。 しかし、そもそも、アキラは娼婦を抱くという行為があまり好きではなかった。海の精霊に愛され、彼らの“声”を聞くことのできる<海の民>として育ったアキラは、幼い頃から度々、一族が襲撃されて女が奪われ犯される様を見てきた。船乗りの間で<海の民>を乗せた船は精霊たちに航海を祝福されるという噂が広まり、海賊や人買いたちがこぞって<海の民>を捕らえようとしたためだ。 暴力の伴う性行為ばかり見てきたアキラは、行為そのものに対して怯えのようなものを抱くようになっていた。人並みに欲求は覚えるから、その気になれば女を抱くことはできるだろう。しかし、心から愛しているわけではない娼婦を抱くのは――たとえ金銭と引き替えに受けるサービスの一種であるとはいえ――彼女たちを虐げているような気がして嫌悪を覚える。 しかし、それはあくまでアキラ自身についての話だ。娼婦を抱くからといって、シキや船の仲間を人でなしと罵るつもりはない。それなのに、どうしてシキの女遊びが嫌になったのか。 (矛盾してるよな……) アキラは頭を振って、堂々巡りの思考を追い払った。そのときだった。戻って来たマダムが、アキラに声を掛ける。 「遣いの方。どうぞ、こちらへいらしてください。シキ様のところへ、案内いたします」 ぽつぽつと蝋燭が点る薄暗い廊下を、マダムは先に立って進んでいった。そうしてたどり着いた奥まった部屋の前で、ドアを示す。「こちらですわ」彼女は優雅に一礼すると、踵を返して歩み去ってしまった。 困ったのは、アキラだ。 案内するとマダムが言ったからには、シキに会っても問題のない状況ではあるのだろう。おそらく、行為そのものは終了しているはずだ。だが――。 (終わった直後に入って行くのも、かなり嫌だよな……。でも、シキを連れて帰らなきゃならないし……。最悪だ……) そうはいっても、いつまでも油を売っているわけにもいかない。覚悟を決めたアキラは、ドアをノックした。 「シキ様。アキラです。火急の報せが入りましたので、屋敷よりお迎えに上がりました」 「――入れ」 部屋の中から返事が返ってくる。アキラはおっかなびっくりドアを開け、部屋の中へ入っていった。部屋は、さすがに高級娼館だけあって、広く、豪華だった。 辺りを見回せば、シキは天蓋付きのベッドではなく、窓に近いソファにいた。そこで、美しい娼婦の膝に頭を預け、横たわっている。娼婦はこの交易の街シスネでは珍しい、黒髪に黒目の女だった。顔立ちから察するに、シキと同じヤマト群島の血が流れているらしい。淑やかで艶やかな彼女は、シキと寄り添っていると、ひどく似合いだった。 ツキンとアキラはなぜか胸が痛むのを感じた。 「報せが来たか」シキは身を起こして言った。 「……はい」 アキラは胸の痛みからシキを正視できず、うつむき加減に頷く。そんな様子を、シキはどう思ったのだろうか。 「アキラ。あまり機嫌がよくないな。やはり娼館は苦手か? 俺が娼館にいることを、怒っているのか?」 「いえ、そんなわけでは……!」 シキは微かに困ったような微笑を浮かべてみせて、アキラの方へ歩いてきた。 海の上では和装のシキだが、このシスネの街では洋装でいることが多い。ただ、アキラはきっちりと洋装を着こなした彼しか見たことがなかったので、今のように襟元を寛げて着崩した世姿を目にするのは、初めてだった。しかもシキは多少酒を飲んだらしく、白い頬に僅かながら赤みが差している。間近に見えるシキの気だるげな格好に、アキラは何となくぎくりとして身を強ばらせてしまう。 そんなアキラの様子を、シキは敬遠されていると受け取ったようだった。宥めるようにアキラの頬を撫で、困ったような笑みを深める。 「そうか。……真っ直ぐな性格のお前には許しがたいかもしれないが、俺の女遊びをあまり咎めてくれるなよ。海賊にとっては、これもまた必要なのだから」 「分かっています」 「では、着替えてくる。少し待っていろ」 言い残して、シキは部屋の片隅の衝立の向こうへ消えていった。アキラは何だかほっとしてしまい、息を吐いた。 と、不意にソファに座っていた女が、立ち上がってアキラの方へ歩いてくる。 「あの……。どうか、シキ様を怒らないであげてくださいましね。少なくとも、今日はあの方は、やましいことは何もなさっておりませんの」 「え?」 「昔から、あの方はそうですの。もちろん、女を抱かれるときもございます。けれど、今日のように、私どもを侍らせてただお酒を飲むだけの日も、少なくありません。……シキ様は、色に執着はないご様子。海賊のたしなみのおつもりで、ここにいらしているのではないかと存じます」 「俺は、別にシキを責めたりするつもりは……」 一瞬、アキラは素に戻って答えてしまった。すぐに人前だと気づいて慌てるが、女は気にした様子もない。すべて心得ているというように、ただにっこりと微笑んだ。 そんな彼女を見ているうちに、アキラは不意に先ほどのシキとの会話が気になりだした。シキはアキラが娼館が嫌いだという事実に触れたが、その事実は女を傷つけたのではないだろうか……。 「あの……すまない。俺は、別にここが嫌いというわけではないんだ。ただ愛してもいないのに女性を抱くというのは、相手を傷つけるような気がして苦手なだけで……」 「人の考え方はそれぞれですわ。海賊であっても、女遊びが好きでない方がいらしても、いいと思います。……あなたは、とてもお優しい方ですね。私のことを気遣ってくださったのでしょう? ありがとうございます」 女は優雅に会釈した。 そこへ、衝立の中で身支度を整えたシキが現れる。 「世話になったな」シキは女に言うと、アキラを振り返った。「さて、帰るとするか」 娼館からシキが仮の住まいとして郊外に構える屋敷までは、三十分ほど掛かる。馬車に乗り込んだアキラは、最初の十分で屋敷にもたらされた報せの概要について、シキに説明を済ませた。それは、かねてからシキが目を付けていた美術品が、非公式の交易場で競りに出されるという情報だった。 しかし、説明が済んでしまうと、シキとアキラ二人きりの馬車の中には沈黙が落ちた。もとより二人とも口数の少ない性質なので、二人でいるときに何も話さずに過ごすことは珍しくない。だが、今夜ばかりは娼館の一件の後とあって、アキラには沈黙がやけに居心地悪いものに思えた。 「不機嫌だな、アキラ」 不意にシキがそう言い、アキラは返事に困った。 「そんなことない。シキ、俺は別にあんたの娼館通いを怒ってるわけじゃないって、言ってるだろう」 「だが、ふしだらだとは思っているだろう。お前は、身体は成長したが、まだ子どもだな」 シキはどうやら、酔っているらしかった。 素面ならば、遠回しにであってもこんな風にデリケートな話題――すなわち、アキラが性行為に潔癖であること――に触れたりはしない。アキラは微かに湧いてきた苛立ちを、「酔っぱらいの言うことだ」と自分自身に言い聞かせることで宥めた。 「はいはい。俺は子どもでいいよ、別に」 「また拗ねたな。それこそ、子どもの証拠だ。……俺は、お前をまだ子どものままでいさせてやりたいが、その反面、早く大人になればいいとも思う」 「? どういう意味だ?」 謎掛けのようなシキの言葉を不思議に思い、アキラは彼に顔を向けた。そのときだった。シキの手が伸びてきて、ぐいとアキラを引き寄せる。 あっと思った瞬間、唇が重なっていた。開いたままの唇から、温かく湿ったものが滑り込んでくる。それがシキの舌だと気づいたアキラは、しきりに身動きした。抵抗したかったが、まさか自分の船の頭領に乱暴をするわけにはいかない。たとえ、シキの方が自分より強いとしても、だ。 アキラがろくな抵抗をしないのをいいことに、シキは思う様アキラの口内を蹂躙した。舌で上顎をくすぐり、アキラの舌を絡め取って吸い上げる。その舌の動きに、アキラは熱が生じるのを感じた。 「ん……ふっ……」 同時に、自分のものとは思えない甘い声がこぼれ落ちる。ぎょっとしたアキラは、思わずシキを突き飛ばした。 もちろん、シキはアキラに押されたくらいでどうにかなるほど、ひ弱ではない。それでも、アキラの肩を放したシキは、前を向いて座りなおした。 「……悪かったな。少しからかいすぎた。もう、しない」 「…………」 酔っているのかと思いきや、急に真面目になったシキにアキラは戸惑った。先ほどのキスを酔っぱらいの愚行と考えたいところだが、どう解釈していいのか分からなくなる。結局、アキラはシキの謝罪に何も言えず、頷くだけにとどめた。 二人の気まずい雰囲気など知らぬげに、馬車はがたごとと陽気に揺れながら屋敷へと進み続けていた。 2012/01/08 |