キス単品オーダー
*メモより移動 滅多にないことに、シキは仕事の際の不注意で負傷してしまった。敵は実力もない雑魚ばかりだったのだが、一瞬、戦闘から気がそれてしまったのだ。そのとき、敵の銃弾が肩を掠った。もう少し位置がずれていれば、重傷になっただろう。が、もちろんシキはそこまで甘くはない。 ただ、撃たれた瞬間、体勢を崩したのを見て、アキラは肝を冷やしたらしい。戦闘が終わって、今にも死んでしまいそうな表情で駆け寄ってきたアキラは、シキが軽傷だと知るとほっと息を吐き――それから、拗ねてしまった。 以来、アキラは手当のときも、家に帰ってからも、一言も口を利かないでいる。 シキは饒舌な方ではないし、アキラも決しておしゃべりではないので、普段でも二人で過ごす時間は沈黙に占められがちである。そして、その沈黙は決して、嫌なものではなかった。 だが、今は違う。アキラが拗ねて、言葉を発さないとなると、さすがにシキも居心地の悪さを感じずには、いられなかった。 「…………」 「…………」 今も、無言のまま、アキラの作った昼食を食べている。が、食事時には多少あるはずの会話も、今日はまったくない。重い空気を持て余したシキは、渋い表情で口を開いた。 「……アキラ、いい加減に機嫌を直さないか。俺は無事だっただろう?」 「――……だって、あんたが怪我したから……あのとき、俺はあんたが死んでしまうんじゃないかと思ったんだ」アキラはぼそりと答えた。 彼の悲痛な表情に、シキは眉をひそめた。 アキラは、トシマを出た後、正気を失った己の傍にい続けた。弱っていく己を抱えて、いつ生命が途切れてしまうのかと怯えながら、二年もの間を過ごしてきたのだ。そのときの経験が、彼の心に傷跡を残しているのだろう。アキラはときに己が傷つくことに、過剰なほど恐れを示す。 もとはといえば、アキラではなく、己のせいだった。 だからこそ、シキは今のような状態のアキラには、強く出ることができない――というより、正気に戻るまで傍にい続けてくれた相手に、頭が上がるはずもない。シキは渋い顔で、謝罪の言葉を口にした。 「……心配を掛けて、悪かった。償いに、一つ、お前の言うことを聞いてやろう」 「俺の言うことを?」 珍しいシキの提案に、アキラは目を丸くした。機嫌が直り始めている証拠だ。 「何でもいい。何かないか?」 「えぇと……急に言われても……。あ、そうだ……!」ぱちんと手を叩いたアキラは、しかし、すぐに表情を翳らせた。「いや……やっぱり、別にいい……」 「言ってみろ」 「いいって」 「言え」 「…………馬鹿にするなよ?」 「何でもいいと言ったのは、俺だ。どんな願いでも馬鹿にはしないと誓う」 「う……。じゃ、じゃあ…………キスしてほしい……気がする」頬に血を上らせて、アキラは小声で言った。 キスとは。思いがけない要求に、シキは目を丸くした。アキラにつられるかのように、じんわりと頬が熱を帯び始める。 「……聞いても、いいか? なぜ……キスなんだ……?」 「……だって、俺……セックスのときくらいしか、あんたとキスしたことないし……。そういうときって、ほとんどワケわかんなくなってて、あんまり覚えてないし……。俺、あんたとしかそーいうことしたことないから、ちゃんとしたキスってどういうものか、一回くらい頭のはっきりしてるときにしてみたいんだ――っていうか、何であんたがそんなに赤くなってるんだ……?」 アキラは不思議そうに首を傾げた。 「っ……。お前は知らなくていい。……願いはそれでいいんだな?」 「あぁ」 あっさり頷くアキラに脱力しながら、シキは彼の隣に移動した。肩を抱き寄せ、唇を重ねる。まさか、食事の最中に事に及ぶわけにもいかないため、官能を煽らないやり方を選ぶ。シキはしばらくの間、唇を重ねて啄んでから離れた。 「……これでいいか?」 「ありがとう」 アキラは笑顔で礼を言い、逆にシキの方が照れることになった。 もっとも、話はそこでは終わらなかった。 昼食の片づけを終え、シキがソファで本を読んでいると、その傍にアキラが座ったのだ。アキラは若者向けの雑誌を手にしており、シキの傍で読み始めた。どうということもない、普段からよくある暇のつぶし方だった。 だが。 ふと本から顔を上げたシキは、隣に座るアキラへ目をやった。先ほど口付けた唇に、何となく視線を吸い寄せられる。と、そのときシキの視線に気づいたアキラが、雑誌から目を上げた。 「シキ? どうかしたのか?」 「いや……」 何でもない、と言おうとしたシキは、次の瞬間、惹かれるようにアキラに顔を寄せていた。唇を重ねれば、アキラも拒まずそれを受け入れる。今度は先ほどのように紳士的なキスではすませず、舌を差し入れてアキラの舌を絡め取る。 「んっ……んぅう……」 「ふっ……」 ひとしきり口づけを続けてから顔を離すと、アキラは潤んだ目でシキを見つめた。その目に誘われるように、アキラの肩に手を掛ける。ソファに押し倒そうとした瞬間――。 「だーめ」ぺたりとアキラの掌が、シキの額を軽く押した。「もうちょっと、あんたのキスを味わいたいから、今は駄目だ。……続きは晩にしよう」 「…………」 おあずけされたことに抗議しようとしたシキは、しかし、己とのキスがたいそう気に入ったらしいアキラに毒気を抜かれて、何も言えなかった。 2012/08/05 |