魅了 *メモより移動のハンターパロ 駅裏の古い雑居ビルの五階にある『キラルスタッフサービス』。いつものように、アキラはその事務所の立て付けの悪いドアを開いた。ギィっという音に被せるように、「ただいま」と室内に声を掛ける。 と、客用のソファにだらしなく寝そべって、PSPをプレイしていた青年が顔を上げた。まだあどけなさの強い容貌に映える、勝ち気そうな琥珀色の瞳と目があう。 「おかえり、アキラ」 青年――コノエは、まるで飼い主にちょと愛想を見せる猫のように、ちらりと微笑を浮かべた。が、すぐに真顔に戻ってゲーム機の画面に視線を戻す。何をプレイしているのかは分からないが、とにかくゲームが重要な局面のようだ。 「コノエ、蓉司と蒼葉はどこだ?」 「……んー……蓉司はいつもの奴に“レンタル”されてる。……蒼葉はー奥で……電話中……。――あ! ゲームオーバーだ……!」 「何をプレイしてるんだ?」アキラは尋ねた。 「この間、発売された『ファンタジー・オブ・ソード』だよ」 「お前、RPGが本当に好きだよな。お前の持ってる“能力”のが、よっぽどファンタジーだと思うけど」 「アキラも俺のこと言えないと思う。……それに、自分が多少変な力を使うのと、RPGは別腹だ」 現実で“能力”使ったって、RPGほど楽しくないし。そう唇を尖らせるコノエの頭をくしゃりとひと撫でしてから、アキラは事務所の奥へ進んだ。そうすると、コノエの言った通り電話の声が聞こえてくる。 「――はい、『キラルスタッフサービス』です。……はい、そうですね……我が社では、様々な能力を持つゴーストハンターを取りそろえております」 アキラがドアを開けて中へ入ると、デスクに座って電話をしていた青年がちらりとアキラに視線を投げた。青みがかった長い髪に、青い目。年相応の落ち着きとガキっぽさとが同居しているかのような雰囲気を持つ彼――蒼葉は、『キラルスタッフサービス』の代表で事務員、さらには派遣スタッフとしての仕事もこなす。色々な意味でマイペース人間ばかりの『キラルスタッフサービス』の中では、最も働き者でしっかりしていると言えるかもしれない。 ――お・か・え・り。 蒼葉は通話の合間に口パクで言って、電話を続けた。 「――攻撃能力の高いハンターがご希望ですか? ハントの対象は……あぁ、ヴァンパイア。……でしたら、ちょうどうってつけのスタッフをご用意できます。…………直接面談をしてから? ……えぇ、可能です。……それでは、お待ちしております」 やがて、通話を終えた蒼葉は受話器を置き、アキラを振り返った。 「アキラ、仕事はどうだった? コノエか俺が一緒に行ってやれたらよかったんだけど、悪かったな」 「別に。低級霊の駆除ぐらい、一人で楽勝だ」 「分かってるさ。けど、何かあったら大変だろ? コノエの派遣も、今日になって派遣先がキャンセルしてくるなんて、思ってなかったんだ。悪い」 「どちらにしろ、俺の能力はコノエやあんたの能力とは、あんまり相性がよくない。気にするな」 アキラは淡々と言った。 『キラルスタッフサービス』と会社名を名乗り、派遣会社として宣伝しているが、アキラたちの関係は、実は遠い遠い親戚だ。蒼葉の実家である瀬良垣家を本家とする、悪霊払いの家系である。アキラやコノエもごく薄くだが血の繋がりがあり、悪霊払いのための能力を持って生まれた。 アキラは体術・呪術共に攻撃に特化した術者だ。さらに『非ニコル』という特殊な体質で、アキラの体内に流れる血は不浄を浄化する。血を聖水代わりにすることもできるし、吸血鬼などはアキラの血を口にすれば死んでしまう。 アキラより二つ年下のコノエは、優れた体術を身につけている。呪術の方は補助型だ。パートナーを治癒・強化したり、敵の呪力を弱めたりという術を主として使う。唄で呪術を発動する特殊な術者で、『賛牙』と呼ばれていた。ただ、彼の術は血液からして清浄で一切の魔を寄せ付けないアキラには、効果がない。相性が悪いというのは、性格的な問題ではなく、純粋に呪術的な意味を言う。 二十三歳で『キラルスタッフサービス』のスタッフ中では最年長の蒼葉も、アキラとの呪術的相性の点ではコノエと同じだ。蒼葉の場合は純粋に攻撃型の術者であり、要するにアキラと能力が“かぶって”いる。更に言えば、蒼葉の専門は現実世界ではなく、ネット上に現れる現代特有の亡霊やモンスターの駆除だった。『暴露』という本来は人の心に入る能力を使ってネットの仮想空間に入り込み、亡霊などを払う。 唯一、アキラと相性のいい呪術を使えるのは、今は“レンタル”中で留守にしている崎山蓉司だった。蓉司はアキラと同い年だ。生まれつき病弱なため、体術はさほど使えない。ただ、呪術の方ではどんな不浄も寄せ付けない結界を張ることができ、永久に不浄を封印する術も使える希有な術者だった。そんな彼がアキラとはまた違う清浄な体質で――『人身御供』体質とでも言えばいいのだろうか――魔に狙われやすいというのは、皮肉な話だ。 だが、蓉司は近頃、非常に相性のいい攻撃型のゴーストハンターと出逢ったらしく、彼と共に行動していることが多い。それでもいいと、『キラルスタッフサービス』の代表たる蒼葉は言っていた。魔を払うというのは、瀬良垣の血筋に生まれついたからには宿命のようなもの。だとしたら、その宿命を生きるために共に歩める相手を見つけるべきなのだ、と。 蒼葉の言葉は理解できる。そもそも、一般的にゴーストハントは基本的には、二人以上で行うものだとされている。ハンターの危険を軽減するためだった。けれども、アキラは一人で戦えるならばそれに越したことはないと思っている。他人に頼れば、人は弱くなるものだからだ。そして、その心の弱みに魔はつけ込む。 「――蒼葉、アキラ!」 不意にコノエが部屋に駆け込んできた。まるで尾を踏まれた猫のような顔をしている。 「どうしたんだ? コノエ」アキラは尋ねた。 「客……。お客さんが来たよ。っていうか、この時間に来客予定なんかあったっけ?」 そう言うコノエの顔には、困惑が浮かんでいる。せっかく暇だと分かっていたからソファでゲームをしていたのに、とでも言いたげだ。 「来客予定な。あー、今さっき、アポ入ったんだわ。まさかこんなに早く来るとは思わなかったけど、言わなくて悪かったな」 蒼葉はくしゃくしゃとコノエの頭を撫でて宥めた。次いで、アキラに向かってついて来るようにと目配せする。 「……俺?」アキラは自分自身を指さして、首を傾げた。 「そ。相手はお前を“レンタル”したいって指名してきたんだ」 言われるままに蒼葉について、アキラは応接室に戻った。と、先ほどまでコノエが寝ころんでいたソファには、黒ずくめの長身の男が座っていた。黒髪に紅い目、ひどく整った容貌。相手のあまりの美しさに、まるで人間の振りをした魔物のようだとアキラは思った。だが、男から感じられる気はアキラや蓉司ほどではないにせよ、人間としては清浄な部類だった。 「ようこそ、シキ様。今回は『キラルスタッフサービス』のご利用、ありがとうございます」 蒼葉が言うと、シキと呼ばれた男は顔を上げた。紅い目が品定めするような視線をアキラに投げかけてくる。その眼差しに、アキラは反発と同時に胸がざわめくような感覚を覚えた。 どうしようもなく、紅い目に惹きつけられる。視線を逸らすことができない。――目の前のシキという男が、『魅了』の呪いでも掛けたのではないだろうか。アキラは一瞬、かなり本気で疑った。 「――俺が要望した攻撃型の術者は、この男か」 シキはアキラに目を向けたまま、蒼葉に尋ねた。 「はい。アキラといいます。ウチの中では最も攻撃力の強い術者です」蒼葉が答える。 「いい目をしている。それに、まとう気も清浄で、しなやかで、荒々しい。……気に入った。この術者を借りる」 「なっ……! 待てよ! 俺はまだ契約に同意してないっていうか、契約や狩りの内容についても聞いてないぞ!」 思わずアキラは反論した。が、蒼葉に肘で脇をつつかれる。おそらく、うまみの多い契約だから取りあえず受けておけ、とでも言いたいのだろう。 それでも、アキラにしてみれば冗談ではなかった。目の前のシキという男は、危険だと感じていた。このまま親しく接すれば、それこそ『魅了』の呪に掛かったかのように絡め取られてしまうのではないか。そんな漠然とした不安があった。 けれども。 「――仕事内容は、ヴァンパイア狩りへの同行だ。詳しい契約内容は、聞いておけ。一日だけ、待ってやる。明日までに心を決めて、連絡してこい」 シキはソファから立ち上がると、コートから名刺を取り出してアキラに渡した。そのまま、あっさりと踵を返して事務所から出ていってしまう。彼の姿が消えると、急にアキラは寂しくなったような気がした。 「……アキラ?」 不意に蒼葉に声を掛けられて、アキラは我に返った。 「蒼葉……。あいつ……あのシキって男……魅了の呪でも使ってたのかな?」 「はぁ……? 魅了の呪って、何でまた」 「いや……あんたが感じなかったなら、俺の勘違いだと思う……」 「アキラ、何だか変だぞ。具合が悪いなら、シキの仕事は断るか? ヴァンパイア狩りは最も危険な部類の狩りだしな」 「い……いい! 大丈夫だ。ちゃんとやれる。いっぺんはヴァンパイア、相手にしてみたかったし……」 早速、シキに連絡しなくては、とアキラは急いで奥の部屋に入っていった。 アキラの後ろ姿を見送った蒼葉は、苦笑と共にため息をついた。 「魅了の呪、ねぇ……」 シキが魅了の呪を使うなど、あり得ない話だ。アキラは知らないことだが、彼は関東のさる由緒ある神社の跡取りで、魔とは無縁の人間なのだから。 「……そういえば、蓉司も今のパートナーの城沼哲雄と出逢ったときに、魅了の呪を掛けられたみたいだって言ってたな」 結局、魅了の呪を掛けられたというのは勘違いなのだろう。真実は――。 「まったく、ウチの身内はみんな鈍くて困る」 蒼葉は小さく肩を竦めた。 2013/01/05(初出メモ2012/10/28) |