・リンにとってのシキ


リンにとってのシキは、幼い頃は憧れの存在であったのだろうと思います。PS版の特典冊子のリンとシキの幼い頃の写真や過去回想でのリンのシキへの態度から見てもよく分かりますよね。それが、シキがリンの仲間を殺したことから、憧れが憎悪に代わります。

<子どもの頃>
この時期のリンはシキに憧れを抱いています。そこで気になるのは、このときの兄弟関係がどんなものであったのか。PS版の写真では、嬉しそうに写真に写るリンとそっぽを向くシキが写っています。この写真に表れているように、幼い頃からシキはリンに素っ気なくて、リンが一方的にシキを追いかけていたのか。
個人的には、そうではないんじゃないかと思います。
まず、シキの弱者への考え方について。
トシマでシキが弱者を嫌う発言をしていたのは、「弱者であるにも関わらず(おまけに戦争は終わったにも関わらず)戦場 (=トシマ)に出てきて、自分は強いのだと勘違いしている人間」なのではないかと思います。だから、(nへの執着で心が歪んでいるせいもあって)戦場に出てきている人間は、殺してもいい人間と認識して通り魔をして歩いていたのではないかと。逆に、自分より弱い者がごく普通にその辺りにいるとしたら別に殺しはしないし、時と場合によっては守ろうとさえする、シキはそういう騎士道精神(むしろ武士道?)の人なのではないかと思います。シキのこうした性格だと考える理由は、第三次大戦頃のニホンの雰囲気。ゲーム中の描写を見ると、あの時代は割と第二次世界大戦辺りの日本の雰囲気が復活していたような感じなので、(特にいいとこの出らしい様子の)シキも武士道精神的な躾を家庭などで受けていたのではないかなと思うのです。
そんな風にして育ったシキだから(と勝手に決めつけますが)こそ、年の離れた弟リンのことはきちんと面倒を看ていただろうという気がします。ただ、シキの性格や周囲の環境から考えるに、シキの面倒の見方はリンを甘やかさないように配慮した、リンにはひどく伝わりにくいものであったのではないでしょうか。また、何かを教える場合、教えるというより、自分のやり方を示すことで学ばせるという感じだっただろうと思います。
幼い頃のリンがシキに憧れていたというのは、ただ格好いいというわけではなくて、そういうシキの姿勢を感じ取っていたからではないかという気がします。シキがただ強い・自分より優れているから憧れるというのではなくて、シキの背中に筋の通った年長者としての態度を見ていたというか。(この、幼い頃のシキとリンの関係は、トシマ終盤のシキとアキラの関係に少し重なる部分があるのではないかと個人的には思います。)

あ。ここでこの後の時系列を見る前に、ペスカ・コシカの“雄猫”であった頃のリンについて、少しだけ。おそらくはいい家の子として、シキの背中を見て育ったはずのリン。しかし、彼がリーダーを務めるペスカ・コシカは最強と言われながらも、非常に凶暴であったらしいことが、ゲーム本編からうかがえます。シキや家庭の教育からして「弱者を傷つけるのは卑怯者のすること」的な躾を受けていそうなリンがリーダーを務めていて、どうしてペスカ・コシカは凶暴になったのか。
もしかすると、戦前『いい家』の子であったリンは、戦後結構大変な目に遭ったのかもしれません。敗戦後は戦前の身分や地位はひっくり返ることもあるでしょうし、リンの家もその煽りを食らう形であったのかも。そうしたことから、リンのそれまでの価値観はいくらか覆されていたかもしれません。
また、ペスカ・コシカも他のBl@sterの参加者がそうであるように、社会に不満を抱いている面があって、喧嘩はその憂さ晴らしでもあったのかも(リーダーであるリンもまた、戦後の家の没落などからそういう不満を抱えていたという状況もありそうです)。そうなると、暴力がエスカレートしがちだったのも、納得がいきます。


<第三次大戦→シキがリンの仲間を殺す事件>
話は少し戻って。シキもリンも第三次世界大戦を経験しますよね。リンについては大戦後にどんな風であったのかは、すぐ上の行で考えました。
一方、シキはnと運命の出会いを果たし、nに歪んだ執着を抱くようになります。そして、nを倒すことだけを求めるようになったシキは、強くなるために情を切り捨てようとします(このシキの態度は、ゲーム本編を通じて見られますよね)。
リンからシキへの感情が憎悪へと変化したのが、シキがリンのチームのメンバーを殺害した事件。事件の概要は以下のようでした。

1)ペスカ・コシカのメンバーが裏の世界の領分に手を出しすぎたため、粛正された事件である。
2)ペスカ・コシカ粛正のために相手方に雇われた刺客がシキである。

ところで、シキはどうしてこの依頼を受けたのでしょう? チーム襲撃前にリンに声を掛けていることから、シキは雇われた際かもしくは襲撃のための調査中にリンがいることに気づいていたはず(ペスカ・コシカは有名だったので、初めから知っていた線が有力だと思いますが)。
思うに、このときシキは強くなりたい余り、リン(=家族の情)を切り捨てることが力を手に入れることだと考えたのではないかという気がします。ところが、シキは結局、リンの仲間を殺したものの、リン自身は目の前にしながらも殺すことができませんでした。おそらく、リンの回想シーンから察するに、シキは「リンは殺すほどでもない弱者だ、チームの大半を殺したことで依頼は達成した」と考えたのだと思います。けれど、実のところ、シキは実の弟であるリンを殺すことを無意識に理由づけて避けたのではないでしょうか。一度は己の庇護下にあった人間の生命を己が奪うことに、ものすごい抵抗感があったのではないかという気がします。
(シキのこういうところ――と勝手に事実だと認定してしまっていますが――人間らしくてとてもいいですよね)


<トシマでのシキとリン>
nを追いかけてトシマにやって来たシキと、シキを追いかけて来たリン。
シキルート・リンルートの中盤で戦うまでに、二人が戦ったことはあるのかどうか。PC版だとそれぞれのルート中盤までリンはシキを追いかけて写真を撮っただけで、シキとは戦っていない(ただし狙い続けてはいた)という解釈もできるかなという気がします。ただアニメでリンがシキに向かって行って、シキが慣れた様子で刃を使うことなくリンに応戦しているシーンを見ると、トシマで何度か既に戦ったという解釈も考えられます。
個人的には、ここでアニメ版のシキとリンの関係を推奨したい感じです。アニメ版では、リンは何度もシキに戦いを挑むものの、シキはいつも鞘で応戦したりして、刃は使わないですよね。刃を使ったのは終盤、ニコル保菌者になって狂気に支配された後でした。アニメ版の中では、このエピソードがシキがリンを殺したくなと強く願っていたことが分かって大好きです。
さて、シキルートのシキ対リンでリンが死んでしまった後、シキはそれまでとは様子が変わってしまいます。「シキの眠りとは何だったのか?」でも触れましたが、実弟であるリンの殺害はそれほどシキにとっては、やはり抵抗のある事柄だったのだろうという気がします。
では、リンルートのシキ対リンで生き残ったリンは? 実の兄を殺したことが、心の傷にはならなかったのでしょうか?
思うに、リンにとってシキは強く『賞賛に値する敵=(倒すことが自分の名誉になる敵)』だという側面があったのではないかと思います。また、仲間の仇討という復讐の理由もありました。こうしたリンの立場では、リン(=自分より弱い者、庇護すべき存在だった者)を殺すことになったシキとは精神的に受ける影響が大きく異なっていてもおかしくはないかもしれません。
といっても、もちろん、リンにとっても自分の手で殺したシキは実の兄でした。何かしらの心の傷というか、シキを倒したことについて思うところは、やはりあったのかもしれません。リンが本編終盤からエンディングに再登場するまでの数年で、リンは心の整理をして笑顔でアキラに来たんだろうなと思うと、リンはある意味ではシキよりも精神的に強い子なんじゃないかなという気がします。


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流星群(リンとシキ)


 眠れない夜には、よくベッドを抜け出して、窓の外の夜空を眺めた。
 きっかけも思い出せないけれど、なぜだろうか、ごく幼い頃から星が好きだった。

 その日は明け方に流星群が見えるのだと、ニュースで報道されていた。だから、リンは楽しみにしていたのだ。しかし、現実は厳しかった。父親が、夜中に星を見たいと言ったリンに許しを出さなかったのである。
 普段から、父親はリンが争いを好まず、武術の稽古を疎かにして、宇宙や星についての本ばかり読んでいることをよく思っていなかった。上の兄のシキは文武両道で、今のリンの年齢には大人を打ち負かすほどの剣の腕前であったというから、正反対のリンを歯がゆく思ってもいたのだろう。
 だが、百年に一度と言われるほどの流星群を見ることを禁じられて、リンも納得できなかった。武術の稽古も勉強も明日でも明後日でもいくらでもできる。対して、流星群は(あと百年も生きるのでなければ)今夜だけだ。リンは最初は懸命に父を説得しようとしたが、結局こっぴどく叱られて自分の部屋に放り込まれてしまった。
 リンは部屋の灯りも点けず、真っ暗闇の中で声を殺して涙を流した。
 悔しくて仕方がなかった。兄のように父の満足できるような息子になれないことが。また、父に自分の意見を認めてもらえない無力な自分が。更には、望みを叶えられずにこうして赤ん坊のように泣くことしかできないという事実が。
 泣いて、泣いて、泣き続けて。やがて泣き止んだリンは、ベッドからふらふら立ち上がると、部屋の片隅の押し入れへと歩いていった。押し入れの引き戸を開けて、中に閉まってある望遠鏡を引っ張り出す。それを腕の中に大事に抱えて、リンは南に面した窓へと近づいた。
 父の許しがないと言ったって、窓もない密室に閉じ込められているわけではない。許しなど貰わなくたって、外へ出ればいいのだ。
 リンは窓を開けると望遠鏡を抱え、窓の外へ出た。
 部屋は二階だが、すぐ傍にちょうどいい具合に大きな木が生えている。身の軽さだけは自信のあるリンは、迷いなく屋根を伝って木に飛び移った。ひやりとした冬の外気が、薄い寝間着しか身に着けていないリンの身体にしんしんと染み込んでくる。リンはぶるりと震えた。上着か何かを持って来られればよかったのだが、望遠鏡は全長五十センチもあってかさ張る上に、それなりに重さもある。上着は諦めるしかなかった。
 望遠鏡を抱いたまま器用に木を滑り降りたリンは、屋敷の庭の東にある四阿へと走っていった。流星群は東の空に見えるはずなのだ。
 リンは四阿の長椅子に腰を下ろし、寒さに震えながら星が流れるのを待った。部屋を抜け出すときに確認した時刻から流星群の予定時間までは、まだ一時間余りの時間があるはずだった。せめてもうしばらく部屋に留まっているべきだったのだが、父親に腹を立てていたリンは意地になっていたため、待つということが意思に上らなかったのだ。
 やがて、ひどく長く感じられる時の後に、つぅと夜空に光が流れるのが見えた。
「来たっ!」
 思わず小さく叫んだリンは、傍に置いていた望遠鏡を取り上げた。望遠鏡を通して見える流星の群れ。今までにも映像を目にしたことはあったが、実際に目で見る感動はちょっと簡単には言い表せないほどだ。リンは寒さも忘れ、星を眺め続けていた。
 と、不意に。
 ばさりと暖かなものが背中に掛けられる。唐突な出来事に驚き、リンは望遠鏡を取り落してしまった。あっと思うものの、動きがついていかない。
 望遠鏡が壊れてしまう――。
 リンは望遠鏡の壊れる音がするのではないかと身構え、思わずぎゅっと目を瞑った。しかし、ガシャンという音はいつまでも聞こえて来ない。不思議に思ったリンが目を開けると、リンの前の地面に片膝をついたシ相手と目が合った。シキだ。彼の手には、リンが落とした望遠鏡が受け止められている。
「――シキ……にい、さん……」
「この望遠鏡は、お前が誕生日にねだってやっと買ってもらえた大事なものだろう。大切に扱え」
 シキはリンに望遠鏡を渡すと、それ以上何を言うでもなく、リンの隣に腰を下ろした。
「――あの、にいさん……。ぼくが抜け出したこと、叱りに来たの……?」沈黙するシキに、リンはおずおずと尋ねた。
「いや。俺は……たまたま、星を見に来ただけだ。お前が百年に一度と言っていたから。……父上の許可を得ずに出てきたのは、俺も同じこと。お前と同じ立場だ。明日になっても、お前がここにいたことを言いつけはしない」
 リンは夜空を見ながら言う兄の横顔を見つめた。
 星が見たくて外へ出たというのは、きっと嘘だ。シキはきちんと自分の上着を着ており、更にさっき余分の上着をリンに着せ掛けてくれたのだ。リンが外にいることを、最初から知っていたとしか思えない。たぶん、リンが部屋にいないことに気付いたシキは、庭中を探してくれたのだろう。
 急にリンは、シキを心配させてしまったことを申し訳なく感じた。兄が自分を気にかけてくれたことへの嬉しさからか、申し訳なさからか、じわりと目の縁に熱いものがこみ上げて視界がにじむ。
「……ごめんなさい……にいさん」呟くように言うが、
「流星群か……。たまには、悪くない」リンの謝罪が聞こえていないかのように、シキは独り言を言った。
 いや、シキは聞いていないわけではないのだろう。聞いていて、けれど、リンのプライドを守るために何も聞こえないふりをしているのだ。そのことが感じられたから、リンはそれ以上何も言わずにシキと同じように夜空を仰いだ。
 濃い藍色の夜空では、潔い星たちが我が身を惜しむ素振りもなく、あとからあとから天の縁へと飛び込んでいた。


***


 墨を流したような、星も見えない夜だった。リンは一人きりで走っていた。
 廃線になった高速道路は、走っても走っても景色は変わらず、ずっと人間の到達し得ない夜の底まで続いているかのようだ。はっはっはっと息を切らしながら、リンは高速道路を駆けていく。
 走りながら、予感する。この先に待っているのは、きっと破滅だ、と。
 今から数十分前。一人で出かけていて隠れ家に戻ったリンを迎えたのは、誰もいないがらんとした空間だけだった。何か様子がおかしい。リンが立ち尽くしているところへ、仲間の一人が戻ってきた。彼は身体のあちこちを切り裂かれ、息も絶え絶えな有様だった。
『コート』と、彼はリンの通り名を呼んだ。『殺し屋が現れて……皆、追い詰められた……。廃線になった……あの、高速道路に……』
 仲間はそのまま息を引き取った。リンは彼の死を悼む間もないままに、告げられた高速道路に向かった。逃げることなど考えられなかった。自分はリーダーで、チームのメンバーを守る義務がある。それにチームは家族のようなものだ。仲間を失えば、家も親もなくした自分は帰る場所をも失うことになる。
 二度も、帰るべき場所を失う。一度喪失がどんなものか経験しているだけに、それはリンにとって耐えがたい恐怖だった。
 だから、先にあるのは破滅だと分かっていても、向かわずにはいられない。
 やがて、高速道路の終わりが近づいてきた。夜の底への到達だ。
 行き止まりにたどり着いたとき、リンは辺りに立ち込めるあまりにも濃い血臭にむせそうになった。アスファルトの上にはおびただしい血が流されていた。仲間たちのものであろう無人のバイクや車のライトが、血の海に横たわる者たちの姿を照らし出している。リンと闘って仲間になった者もいれば、昨日冗談を言って笑いあった者、一緒に星を見ながら話したことのある者もいた。皆、死んでいた。
「みんな……」
 リンは呆然と血の海の中に足を踏み入れた。
 ふと見れば、足元に横たわっているのは、副リーダーのカズイだった。カズイは目を閉じ、眠るような静かな表情だったが、生命が失われているのは明らかだった。彼の身体の肩から脇腹にかけてが無残に切り裂かれていたからだ。綺麗な青灰色の髪を血に染めたカズイは、もはやリンを見ることはなかった。
「カズイ……」リンは呟いた。嗚咽が迸り損ねて、ひゅうと咽喉が鳴る。
 本人に告げたことはないけれど、カズイが好きだった。自分と正反対だけれど、傍にいると心地よくて。ずっと傍にいたと願っていた。初めて、本当に好きになった相手だった。もしかすると、想いを告げてもカズイは自分を好きになってはくれないかもしれないが――たとえそうでも、カズイが幸せを得られるならいいと思うことができた。
 それなのに、カズイは死んでしまった。リンの傍にいることもないまま。幸せになるおともないまま。
「……カズイ……」
 リンはカズイの傍らに崩れ落ちた。アスファルトに溜まった血が衣服に染み込むが、そんなことはどうでもよかった。リンはカズイに手を伸ばし、彼の頬に触れた。冷たかった。
 パシャン。不意に水が――否、血が跳ねる音がした。
 顔を上げれば闇の中に人型のシルエットが見えた。背の高い黒ずくめの衣装の人物――おそらくは、殺し屋だろう。自分も殺されるのだろう、とリンはぼんやり考えた。そのとき、黒ずくめの人物がリンを振り返った。
 闇に浮かび上がる白い貌。リンは相手に見覚えがあった。つい先日、数年ぶりに出会って話をした実の兄――シキだ。
「あに、き……。兄貴が、やったのか……。どうして、こんな……」
「ペスカ・コシカは裏の世界に関わりすぎた」
 シキはそれだけ告げると、踵を返して歩き出す。
 立ち去ろうとしているシキに驚き、リンは言った。
「俺を、殺さないのか……?」
「……。お前など、殺す価値もないほどに弱い」
 シキは立ち止まらない。かつかつと規則正しい靴音が辺りに響き渡る。

『――久しぶりだな、リン』
 先日、話しかけてきたシキ。シキとの再会が、自分にとってどれほどの喜びだったことか。
『まだ星が好きなのか?』
 自分の些細な好みを、兄が覚えていてくれたことが嬉しかった。けれど――それは、弟である自分を利用して、ペスカ・コシカの隠れ家を見つけ出すためだったのだろう。

 幼い頃、追いかけたシキの背中。流星を一緒に見たこと。一緒に写真を撮ったこと。――大事な思い出の欠片が、流星のようにリンの心の中から滑り落ちていく。やがて残ったのは、憎しみに黒く塗りつぶされた心だけだった。
 リンはゆらりと立ち上がった。腰のホルダーからスティレットを抜き放つ。
「殺してやる」
 低く呟いて、血だまりの底を蹴る。
 微塵の迷いもなく、リンはかつて憧れて追いかけたシキの背中に襲い掛かった。
 






2011/09/25

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