炎を抱いている


1)BL描写(R−18)を含みます。
2)リバの描写はありませんが、リバ発言はあります。
3)男性妊娠が可能という前提での会話があります(男性妊娠している登場人物は登場しません)。
4)このお話単体だと悲恋ではないですが、『鍛刀師』本編を前提として読むと加州清光の願いがかなわなかったことが判明し、ある意味では悲恋になります。




 刀剣男士は、審神者の霊力によって人に似た姿で顕現する。だから、私たちはときどき、忘れてしまいがちだ。彼らが人間とはまったく異なる感性と思考を持つということを。
 ある日、私は書類仕事の休憩に、縁側でおやつを食べていた。おやつは先日、友人の審神者が里帰りの土産としてくれた地方の銘菓だ。お椀型のカステラ生地の中にカスタードが包んである。ちょうど本丸の人数分あったので、皆に配った余りを僕が食べているのだった。
 そこへ、鶴丸国永がやって来た。廊下から私がお茶を飲んでいるのが見えたので、一緒におやつを食べようとやって来たらしい。手には銘菓を持っている。そこで、私は彼のために執務室にある近侍用の湯呑みを出して、お茶を煎れた。鶯丸が渋い顔をするような粗茶だが、国永は文句を言わないと分かっている。
 ありがとう、と礼を言って、国永は銘菓を食べはじめた。そうしながら、ふと思い出したように尋ねる。
「主よ、そういえば、君と清光のやや子はまだなのか?」
 世間話のように気楽な調子の物言い。私は少し考えてから……絶句した。
 私は初期刀で近侍の加州清光と、婚姻関係を結んでいる。しかも、指折り数えてみれば、婚姻を結んでもう十五年ほどが経っていた。本丸の異空間にいる上、濃い神気との接触をするため、老化は止まっている。本丸という閉鎖空間で主に生活しているため、十五年の月日などあっという間だ。人間の夫婦ならば、子が生まれて育ってても不思議はない年月である。
 そう、不思議はない――それが、男女の夫婦ならば。
 残念ながらというべきか、私は男だった。加州清光は、もしかすると、姿を変えることができるかもしれない。けれど、私の方はただの人間だ。性別を自分の意思で変更することはできない。
 いや、そもそも。
 男同士でセックスしたとしても、妊娠はしない。
 ……しない、はずだ。
「急に何を言い出すんだ」私の言葉に、
「急じゃないさ」と国永は微笑した。「先日、君の同僚が子を連れてここへ来ただろう?」
「あぁ……」
 言われて思い出す。私の同僚の女審神者――〈千花〉が、久しぶりにうちの本丸を訪ねてきたことを。審神者は普通、拠点とする本丸の識別名称を審神者名として用いる。平安時代の女房などが、彼女自身の起居する局の名で呼ばれたのと同じようなものだ。
 件の同僚〈千花〉は、刀剣男士の一人である薬研藤四郎の妻となっていた。おそらく、審神者制度が始まって、刀剣男士との婚姻を結んだ審神者は彼女が初めてだったろう。それも、もう十七年前の話だ。当時は、まさかその二年後に、自分も清光を形式上での妻にすることになるとは、考えもしなかったけれど。
 刀剣男士は分霊といえども付喪神なので、結ばれれば確実に人の理から外れてしまう。もともと、審神者は異空間である本丸で暮らすため、体質によっては年を取りにくい。が、刀剣男士との性行為は確実に時間を止める。自分の姿が変わらないので、時間の感覚もあいまいだ。同僚である〈千花〉とはもう十二年ほど会っていない。が、お互いに顔を合わせたときには、「あ、久しぶり」と一、ニ年ぶりに会った知り合いのような挨拶をしてしまった。その〈千花〉が連れていたのは、五歳くらいの女の子と三歳くらいの男の子だった。いずれも藤色の瞳をして、面差しに薬研藤四郎の面影がある。しばらく出歩かなかったのは、姉弟の子育てに追われていたからだそうだ。彼女はしばらく仕事の話をしてから、自分の本丸に帰っていった。
 国永は、どうやら〈千花〉たち親子の姿を見たらしい。
「――子どもは作らない」私は言った。
「なぜだ。子どもはかわいいじゃないか」
「確かにかわいいけど。私も清光も男だから、子はできないよ」
 そう答えた夜だった。夜更けに清光が私の部屋へやって来ることになっている。
 夫婦になって十五年。私と清光はいまだに別々の部屋に寝起きしている。私は離れの執務室の隣に。清光は渡り廊下を隔てて、ほんの五メートルほど離れた角部屋に。部屋をひとつにすればいいのに、と勧める刀剣もあった。けれど、私たちはそうしなかった。生活時間が合わないことがあるからだ。
 私は審神者の仕事で、夜更かしをすることがある。対して、清光は遠征や夜戦で、早朝に戻ってきたり、深夜に出ていったりもする。互いに、相手にゆっくり休んでほしいという気持ちは一致していて、ずっと別室にしてきた。二人で過ごすときは、私が誘ったり、清光が来たいと言ったりとそのときどきだ。清光の部屋はふすまで区切った隣が安定なので、基本的には私の部屋で過ごすことが多い。その、周囲に聞かれたくないコトをする場合もあるので。
 どちらかというと、“加州清光”は愛されたがりな性質を持つ場合が多いらしいので、ひとつ部屋に暮らさないことで不満はないかと心配したこともあった。一度、直接、口に出して訊いてみたこともある。そのときの彼の答えは、『別に』だった。清光が言うには、恋人をおとなうのという状況が楽しいらしい。
『だって、主が俺を待っててくれるんだよ?』
『皆が遠征したときや出陣したときも、私はちゃんと帰りを待ってるよ。夜戦は……そうじゃないときもあるけど、すぐ起きて手入れできるように準備はしてるし』
『そうじゃなくて。俺が会いたいって言ったら、主は主としてじゃなくて、恋人として、俺を待っててくれるわけでしょ? それってさ、なんか……嬉しい』
 というわけで、私は今夜も清光を待っている。何となく手持ちぶさたで、縁側に出ているところへ彼がやって来た。白い寝間着をまとって、いつもは結っている髪が緩やかに背に流れている。見慣れている姿なのだけれど、目が合うと頬に血が上っていくのが分かった。刀剣男士は皆、それぞれに美しい。それでも、ふとした瞬間に鼓動が跳ねるのは、清光に対してだけだ。
「出迎えてくれたの、主?」
「ずっと前、私が待っているのが好きだって言ってただろ」
「言ったねぇ。……ていうか、あんなに前のこと、覚えててくれたんだ」
 近づいてきた清光は、ふわりと笑って私の手を取った。「中へ入ろうか」と緩やかに手を引いて、私の部屋へ入る。畳の上には、すでに布団を敷いてあった。その上に、向かい合って腰を下ろす。
 そこで、清光がふと思い出したように言った。
「そうそう、主。国永に、主に説明しておいてやれって言われたんだけど」
「説明って?」
「やや子のこと。主、国永に俺も主も男だから、やや子はできないって言ったんだって?」
「だって、できないだろう?」
「できるよ? そりゃあ、男女の場合よりはできにくいけどね」
 清光が言うには、神が子どもを作る場合というのは、気を交わらせるのが一般的なのだそうだ。人間同士のように、精子と卵子の受精によってできるのとは違う。また、胎児も生まれるまでは気の塊であることから、育まれる場所は必ずしも子宮である必要もない。
 ならば、神と人の場合はどうか。神はほとんど神気の塊のような存在である。だからこそ、子は気を交えてできる。対して、人は――自らが思うほど物質のみで構成されているわけではないらしい。
「ほら、人の子にだって魂があるでしょ? 人の子は、そりゃあ、すべてが気ってわけじゃない。物質と気とで構成されてた存在なんだよ。つまり、一定の働きかけをすれば――」
「できる、のか……」
「でも、まぁ、そう簡単でもないんだけどね」
 気を交えて子ができるには、子を心から望んでいなければならないのだという。神同士の場合ならともかく、肉体という物質に宿っている人間はなおのこと。子を望む気持ちによって、己の器である肉体を感化することで、初めて子を宿すことができるのだとか。
 そういう意味で、男の姿を持つ者が子を宿すのは、なかなか難しいらしい。女の場合はもともと、意識の中に自身が母となる可能性があるという認識ができあがっている。しかし、男はそうではない。男同士で子はできないという常識を乗り越えて、さらに子を心から望んで。そうして初めて、子を宿すことができるのだとか。
「そういうことなら、国永の話はあながち間違いでもないんだな」
「国永、言ってたよ? なんで主は神職の家の出なのに知らないんだって」
「さすがに男でも子ができるなんて、教わらない――」
「主は、ほしい?」
 不意に尋ねられて、私は一瞬、言葉に詰まった。清光と祝言を挙げたときから――否、審神者になったときから、自分の子を持てるとは考えていなかった。
 審神者はある意味では、刀剣の付喪神に捧げられた贄だ。付喪神は人に扱われた道具が魂を宿した存在であるから、基本的に人間を好いてくれている。だからこそ、刀剣たちは人の子の戦に力を貸してくれているのだ。けれど、歴史修正主義者と政府との戦いは、付喪神たちに関係があるわけではない。贄としての審神者は、彼らへの報酬でもある。もちろん、審神者がそのような存在であっては、なり手が限られてくる。いずれ、戦いの態勢が整えば、政府の術者が刀剣の本神たちと協議して、新たな契約の形を取るだろうが。
 いずれにせよ、今の私は贄でもあるのだから、人並みの幸福は望めない覚悟をしていた。意外にも、共に戦ってくれる刀剣たちがよくしてくれたおかげで、思いがけない楽しい日々を過ごしてはいるけれど。
 それでも。
「……自分の子を持つなんて、考えたことなかったな」
「ぜったい、かわいいと思うよ?」
「……んー」
「〈千花〉どのが子育てで最前線を退いている間、主は備前の第一線で誰より戦ってきたじゃない? このところ、うちはずっと討伐数一位だ。そろそろ、自分の幸せを考えても――」
「……うん……。まぁ、それはそれとして」
 曖昧に返事をしながら、私は清光に身を寄せた。別に媚びるつもりはないけれど、しなだれかかるように彼の胸に頭を寄せる。布越しに清光の身体の温もりと、鼓動を感じた。こんな姿、本丸の他の刀剣には見せられたものではない。けれど、清光の鼓動を聞くことのできるこの態勢は、すごく安心する。
 清光もそのことを知っているから、黙って私の身を抱きとめてくれた。ついでに、あやすようにゆるゆると背筋を撫でる。
「主は、乗り気じゃない?」
 私は目を閉じて子を腕に抱くことを、初めて考えた。我が子というのはあまり想像できないけれど、年齢の離れた弟がいたので、血の繋がった幼い家族への愛情はよく分かる。きっと愛することができるだろう、けれど。
 幼い生命の幻影を振り払って、目を開く。
「お前との子なら、ほしいけれど。でも……私は、何よりもまず、審神者としての役目を果たさなくてはいけないから」
「でも、〈千花〉どのは」
「彼女は優しいから。何かを育むことができる女(ひと)だから。だけど、私は――」
 歴史修正主義者に血族を消されて、もう、十五年になる。私以外の一族が一度にいなくなったのだ。殺されたのではない。過去を改変され、文字通りに存在を消滅させられた。私が存在していられるのは、血族が消える瞬間に、審神者として異空間にいたからだ。十五年も経てば、さすがに日常的に憎しみに駆られて過ごすなんてことはない。それでも、胸の奥に残る憤りは、憎悪は、ふとした瞬間に燃え上がる。
 家族を、何よりまだ十代半ばであった弟を消した敵を、許さない。
 敵を――歴史修正主義者を倒せ、倒せ、倒せ。
 たとえ、私が子を宿せるとしても、こんな怒りの炎を抱いた身に新たな生命を育むことはできない。したくない。だって、生まれてくる生命には、こんな憤りとは無縁でいてほしいから。だから、私が未来のために残せるものがあるとしたら、審神者として少しでも多くの歴史修正主義者を倒すこと。何の憂いもない未来を、新たに生まれてくる子たちに用意することだ。
 そう言うと、静かに最後まで聞いていた清光はやんわりと私の肩を掴んで、身を離した。向かい合って座る形になって、視線が交わる。真剣な顔をした清光に、私は怒られるのではないかと反射的に思った。
 しかし。予想に反して清光はふわりと笑った。まるで春の雨みたいな泣き笑いだった。そうして、まるで壊れものに触るみたいに、両手で私の頬を包み込む。
「愛してる」
「え? 怒らないの?」
 思わずそう言うと、清光は顔を寄せてコツリと額を触れさせた。
「怒りたいよ。もっと自分の幸せ考えてって、俺は怒らなきゃいないんだ。夫婦であるからには、それは俺の役目なんだ。……でもね」
「でも……?」
「俺が惚れたのは、そういう主だから。炎みたいな烈しさを魂に宿してる主に、どうしようもなく惹かれたから。……だから、どうしようもないね」
 至近距離で、ほんとうに愛しいという顔をしてそんなことを清光に言われたら、私の方こそどうしようもない。ごめん、と謝罪を口に出しかける。けれど、その前に清光が口づけで言葉を奪った。触れるだけで、唇を離した彼は尋ねる。
「もっと触ってもいい?」
 その問いに、両腕を彼の首に回す。「抱いてほしい」と答えると、清光は綺麗に微笑んだ。そのまま一緒に布団に沈む。すぐに清光が覆いかぶさって、唇を重ねてきた。今度は口を開いて、舌先で彼の唇を撫でてみる。誘うように開いた清光の口内に舌を差し入れると、彼の舌が触れてきた。唾液に濡れたそれを、すり合わせるようにして絡める。
 そうしながらも、清光の手が私の寝間着の帯を解いた。唇を離した彼が、今度は私の首筋に顔を埋める。肌のあちこちに口づけの痕を残しながら、降りていく。さらさらと清光の解き髪が肌を滑るのが心地いい。と、胸のあたりを撫でていた指先が胸の突起に触れて、反射的に身体が跳ねる。宥めるようにやんわり押さえこんで、清光はそこを愛撫しはじめた。
 最初は些細な感覚だったのが、やがてもどかしい快感になって身体の芯に落ちていく。意思に反してびくりと腰が跳ねだすのを見て、清光が尋ねた。
「気持ちいい?」
「うん」
 羞恥はあるものの、隠さずに頷く。
 基本的に、私たちは閨での行為において、隠しごとはしない。快ならば快と伝えることにしている。たとえ、それがどんなに恥ずかしい愛撫によるものでも。というのも、初めて清光と寝所を共にしたとき、互いに不慣れすぎて困り果てたからだ。
 私は審神者制度ができる前の実験段階の頃から候補であったため、思春期をほとんど学業と審神者になるための勉強とで使い果たしてしまった。もちろん、異性とも同性とも性的交渉を持ったことはなかった。また、清光の方も人の営みを目撃してきてはいるものの、当事者になると話は別である。結果、初夜に行為をどうやって進めるか、二人して悩む羽目になった。それで、最終的に快・不快を隠さずに伝えるというところに落ち着いたのである。
 カリカリと爪で胸の突起を軽く引っかかれる。頻繁に揺れる腰に、清光が吐息だけで笑った。
「ココ、なめてほしい? それとも、下の方がいい?」
 反応している下肢に触れて、清光が囁く。胸を、と私は応じた。男だから、自身を愛撫されるのがいちばん、快感としては受け取りやすい。けれど、これから清光を受け入れるのだ。意識を自身に集中させてしまうより、身体の芯や皮膚感覚に向けておく方がやりやすいというのが、私の体感だった。
 おーけー、と呟いて清光は赤い唇からのぞかせた舌で、右の突起に触れた。唾液をすり付けるように、舌で突起を押しつぶす。そうかと思えば甘噛みされて、ビリビリと快楽が腰へ落ちた。左の突起は指の腹でやんわりと押しつぶされ、刺激を加えられている。胸のあたりを中心に、身体が熱い。声を抑えようとはするけれど、それでも堪えきれない母音が喉からあふれ出た。
「あ……あ、ぁ……」
 一瞬だけ、胸への愛撫を好むなんて女の子みたいだ、という思考が脳裏を掠める。それを、敢えてねじ伏せた。刹那、こちらの意思に反して、絶頂が訪れた。私にできたのは、身を震わせて清光にしがみつくことだけ。まだ取り払われない下着が精でじっとりと濡れていくけれど、どうすることもできない。
 やがて、私の絶頂が落ち着くのを待って、清光が顔を上げた。伸び上がって私の顔をのぞきこんでくる。やけに嬉しそうだ。
「はじめてじゃない? 胸だけてイったの」
「っ……言うな。さすがに恥ずかしいよ」
「恥ずかしくなんかないよ。胸だけでイっちゃうくらい、俺のことが好きで、二人でこういうコトするのが気持ちいいって思ってくれてるんでしょ?」
「――……そう、だよ……」
 ならいいでしょ、と笑って、清光は私に触れるだけの口づけをした。それから、濡れた私の下着を取り払う。私が吐き出した精を指に取って、彼は後孔を馴らしだした。もはや清光を受け入れるのには慣れている。けれど、この身は女ではないので、受け入れる場所を愛撫されてすぐに快感を得るというわけでもない。
 理性が残っているうちに、と私は清光の帯を解いた。手は体勢的に届かなかったので、膝を少し上げて彼の下肢に触れさせる。思ったとおり、下着越しに触れたそこは反応していた。膝で刺激しながら、口でしようかと提案してみる。清光は少しとろけた表情を見せながらも、首を横に振った。
 はやく繋がりたい、と後ろを馴らす指を増やす。途中でローションを使ったので、そこからは水音が聞こえた。グイグイと体内のイイところを押されて、勝手に身体が跳ねる。その反動で膝で清光のものを刺激してしまって、彼も息を荒げた。
「清光……、もう……ちょうだい」
 もどかしくて、どうにかなりそうで。体内にある彼の指に、イイところを擦りつけるように腰を揺らす。「こっちも限界だから、煽んないで」と清光は、掠れた声で苦笑した。その瞳が飢えたように私を射抜く。
 体内の指が抜き取り、足を抱え上げて、下着を取り払った清光が熱を後孔の表面に触れさせる。もどかしくて、挿入を促すように彼の身体をかき抱くと、心得たように清光の熱が体内に侵入してきた。
「あ……あぁ……」
 指よりも質量を持った清光の熱に、体内を拓かれる。快とか不快とかいうよりも、それはまず衝撃に近くて声がこぼれる。すべてを納め終えた清光が、宥めるように私の頬や鼻先や唇に触れるだけの口づけを降らせた。ようやく落ち着いた私は、すっと離れていきかける彼の唇を追って、口づける。すぐに清光がそれに応じて、やわらかくついばむようなキスを返してくれた。
「――主、落ち着いた?」
「へいき」
「そう」
 ちゅ、ともう一度、頬に口づけて清光は緩やかに動きだした。いつもより緩慢な刺激。気持ちいいことにはいいのだけれど、核心的な快感が得られなくてもどかしい。互いの腹の間で、勃ちあがった私のものが先走りを流しているのが見えて、いっそういたたまれなかった。もっと激しくして。でなければ、前を触って。そう懇願しようとしたときだった。
 身を起こした清光が、私の下腹を撫でた。
「さっきの話、ね。……俺、主の子、ほしいよ」
「だめ、だ……。……戦えなくなるの……こまる」
 まさか、こちらの意に反して、子を作るつもりか。だめだ。私は戦わなくてはならない。それに、何より怒りを抱いたままの身に生命を宿すわけにはいかない。恐怖で身がすくむのに、なぜか全身が燃え上がるように熱くなった。ギュと身体の芯が勝手に収縮して、そこにある清光の熱をはっきり感じてしまう。
 怖い。男同士で、普通なら何も生まれない行為をしているはずなのに、それでも赤子ではなくとも、目には見えない何かが生じるかのようで、おそろしい。何という行為を、今まで自分は気楽にしてきたのだろうと、途方に暮れてしまう。
 この行為で何が生じているのかなんて、まったく分からない。それでも清光を受け入れている以上、彼にすべてを委ねるしかないのが心許なくて――けれど、信じられないくらいに気持ちいい。これはいったいどういう心境か。思考と感情と感覚がバラバラになってしまって、制御することができなくて。気づけば涙があふれていた。
「っと……ごめん、主。俺が怖い?」
 目を見張った清光が、尋ねてくる。そうじゃない、と私は首を横に振った。甘えるように彼の背に腕を回せば、清光は私の頬に口づけを落とす。そのまま「さっきの話」と彼は私の耳に吹き込んだ。
「俺が、主の子を産みたい。俺が宿すから、いいでしょ?」
「え? な……っ!」
 突然の展開に頭がついていかない。どういうこととか、清光はそれでいいのとか。とにかく何か尋ねようとしたとき、清光が動き出した。足を抱えるようにして、音がするほどに腰を打ちつけてくる。先ほどとは打って変わった激しい攻めに、頭がついていかない。すでに限界まで高められていた身体は、あっさりと快感の中に投げ出された。


***


 明け方、清光は主の布団から抜け出した。今日は早朝に出発の遠征に入っている。まだ眠る主を起こさぬようにして、そっと部屋を後にする。
 離れと母屋をつなぐ渡り廊下を渡ったところで、清光は鶴丸国永に出会った。彼もまた、同じ遠征部隊に割り当てられている一人だ。国永はすでに戦装束をまとっていた。
「おはよう、国永」
「清光か。おはよう。主には説明をしたのか?」
「やや子のことなら、したよ。……でも、主、自分は子を宿すことはできないって」
 自分は憎しみに捕らわれているし、戦いが最優先だ。そう言った主の言葉を清光は伝える。それを聞いて、国永はため息をこぼした。
「……やはり、主はあぁ見えて“火”性の強い男だな。外見はともかくとして、精神はもののふだ。――あれは、血族を失ったときから、その腹に生命ではなく炎を抱いているんだろうな。怒りの炎を」
「そういう主だからこそ、惚れたんでしょ。俺も、あんたも」
「そうだなぁ。……主の子を、この腕に抱いてみたいものではあるが、仕方ないな」
 国永は離れへ目を向けた。わずかに差し始めた東の空からの陽光に、ひどく穏やかな微苦笑が浮かび上がる。付喪神とて、末席の神。その存在は永遠であり、人間のように変化していくことは稀だ。かつて国永が抱いた主への想いは、今も静かにその胸に眠っているのだろう。
 主はかつて、清光を選んだ。けれど、少し状況が違えば、自分とて国永のように主を想いつづけたはずだ。そう思いながら、清光は淡々と口を開いた。
「主が子を孕めないと言うなら、俺が産むよ」
「は? 君が?」
 国永はポカンとした表情になって、清光を振り返った。
「そう、俺が。主はいつも俺に抱かれてるわけじゃない。逆のときもあるんだ。だから、大丈夫」
「そいつは意外だが、問題はタチかネコかじゃない。……君も分かっているはずだ。俺たちは刀の付喪神だぞ」
 その言葉に、清光は頷いた。
 刀剣は斬るため、戦うため、殺すために造られる。人間の男には普通、己の胎に生命を宿す機能はない。けれど、刀剣の付喪神はその機能がないどころか、真逆の性質を持っている。人間の男に近い姿と性質を持つので、人の子を孕ませることは容易だ。しかし、生命を宿すとなると、刀剣の本来の性質とは真逆の行為。不可能とはいえないが、難易度は高い。
 仮に刀剣男士同士ならば、子を為すことは難しくなかっただろう。審神者の力で肉体を得てはいるが、付喪神は基本的に気の塊のような存在だ。子を望みながら互いの気を交えれば、それでいい。しかし、人と付喪神となると、魂を半ば物質に繋がれている人の子の、物質の部分が邪魔をする。その上に、刀剣男士の刀剣としての性質もまた、子を宿すことを違和感ととらえるのだ。
「難しいのは分かってる。でも……主には家族が必要だ」
「家族なら、お前や……俺たちがいるだろう?」
 国永の言葉に、清光は首を横に振った。そうではない。それでは足りないのだ。
「いつか、この戦いが終わったら、俺たちは本神の元に返されるだろ。……今の主には、戦いと、この本丸と、俺たちしかいない。戦いが終わって、俺たちが本神に吸収されようものなら、主はたちまち独りぼっちだ」
 それでもいいと、主は言うだろう。清光はそう思う。すべて覚悟の上で戦っているのだと。そもそも、主は戦いの終わりまで自身が生き延びるとは考えていないのかもしれない。けれど、清光は主に生きてほしかった。幸せを手に入れてほしいし、戦績だけでなく未来に何かを遺してほしかった。
 だから。
「俺、いつか主の子を産むよ。そう、主を説得する」
 そう言うと、目を見開いていた国永はふと柔らかな笑みを浮かべた。すっと清光に向きなおって、言葉を紡ぐ。
「変わったな、清光」
「変化する人の子と共にいるんだ。変わらざるをえないよ」
「刀としての性質に反してまで、主の子がほしいと……それほどに、主に惚れてるんだな」
「あの人が好きだよ。愛してる」
 君にはかなわないな。そう呟いて、国永は清光の頭に手を置いた。普段の快活な彼からは想像もできない優しい手つきで、ゆるゆると頭を撫でる。
「君と主の子ならば、さぞ愛らしいことだろう」
 優しい声で国永は言った。








pixiv投下2015/08/14

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