戦闘系審神者トーナメント4


・pixivにて投下した『戦闘系審神者トーナメント4』が長文ですので、半分でページを分けています。
・サイト上での『戦闘系審神者トーナメント4・5』がpixiv上での『戦闘系審神者トーナメント4』にあたります。





試合場、“六条の君”



 試合は中断していた。スタッフは忙しげに走り回っている。私と〈白霜〉――こと、“笹ノ露”は戦闘を止め、周囲の様子を見ていた。戦闘を止めたためか、見る間に傷が塞がり、衣が元に戻っていく。まるで巻き戻し再生のよう。いつの間にか痛みも感じなくなっていた。もともと負傷の方が一種の幻覚だったのだ。けれど、そうとは分かっていても、どうにも妙な気分になる。そんな気持ちを振り払うように、私は周囲の観察を続けた。
 どうやら作戦は想定外の状況に陥ってきたらしい。足下は断続的にグラグラと揺れている。ゲートは今は使えないようで、脱出しようとした審神者や刀剣たちが困惑した顔をしていた。
「まずい状況ですね……。いったい、何が起こっているのか」
 薬研藤四郎の本体を鞘に納めた笹ノ露が、傍へ来て言う。確かに彼の言うとおりだった。このトーナメント会場には刀剣や戦闘系審神者もいる。とはいえ、観戦している多くは、実際の戦闘を知らないごく普通の審神者たちだ。いずれパニックが起こるとも限らない。
 正直なところ、陽動であるこの戦闘系審神者トーナメントが攻撃を受けることは、予想されていなかった。審神者と刀剣がお祭り騒ぎをしているうちなら逃走が簡単だろう、と内通者に思いこませるためだけのイベントである。まさか、内通者や遡行軍が敵である審神者や刀剣の集まる場所に飛び込んで来るとは、想定外もいいところだ。
 対策は、さほど取られていない。
 ――空蝉たちに連絡を取るか。
 そう思ったときだった。「主」と声が聞こえる。見れば、うちの国永と笹ノ露の薬研、それに長谷部がやって来るところだった。
「主! 今、空蝉からメールが来た。遡行軍が本丸サーバーネットワークをクラッキングして、次々に異界を発生させているそうだ」
 国永の言葉に、私は眉をひそめた。
 異界なんて代物を複数発生させれば、最悪、歴史の改変どころか時間の流れそのものが狂ってしまう。その果てにあるのは混沌のみ。
「敵は自分たちが何をしているのか、分かっているのか……?」そう呟いたときだった。
 試合場の上空に不意に強力な場の形成を感じた。私が警告を発するまでもなく、「何か来るぞ!」と国永が叫ぶ。気づけば、私は彼に抱かれるようにして、背後へ飛びのいていた。見れば、笹ノ露も薬研と長谷部に守られて、待避できたようだ。
 思わず息を吐いたとき、空にポッカリと黒い穴が口を開いた。転移ゲートの出口だ。普通はあんな不安定な開き方をすることはないが、それでも見れば分かる。しかし、ネットワークがひどく不安定なこのときに、いったい“何”が転移してくるというのだ。
 と、その刹那。
 強い穢れを帯びた人間が降ってきた。それを追うように落ちてくるのは、山姥切国広とその腕に抱かれた――。
「ゆ、夕霧……!!?」
 一瞬しか見えなかったが、あれは確かに夕霧だったはずだ。ダァン! と大きな音を立てて、三人が試合場の石畳の上に落下する。砂埃と同時に、誰とも知れぬ人間がまとっていた穢れが、霧のように周囲に広がった。私を取り巻く国永と昔の仲間の加護が、瞬時にして強くなる。まるで、穢れから私を守ろうというように。
 私は国永の腕を外して、落下した彼らに近づいた。砂埃が収まって、夕霧を抱いたまま上手く地面に着地している山姥切が見える。夕霧は目を丸くして呆然としているものの、無事なようだった。山姥切の加護がしっかりと彼を包んで、穢れから守っているのが視える。
 しかし、そこにいるのは彼らだけだった。一緒に落下してきたはずの、人間の姿は見えない。
「国永、あの穢れをまとった人がどこへ行ったか、お前の目なら見えたか?」
 私は振り返って尋ねた。国永は厳しい顔をしている。
「あぁ。穢れをまき散らした直後に、逃げたぞ。――だが、ゲートを抜けずにこの演練場から逃げることはできない」
「あいつは」と山姥切が口を開いた。「政府施設から逃走するときに、数体の遡行軍を召還した。おそらく、それを可能にするために穢れを自らの力を強めている」
「さっきの野郎……もう、人間じゃなくなりかかってるぜ」
 薄氷のような殺気をまといながら、薬研が低く言った。その間にも彼と長谷部の加護が、背後に庇った笹ノ露を守護しているのが分かる。
「あの男、見覚えがある」と長谷部は低く唸った。その身には、まるで獣が敵に牙を剥くような、取り繕うことのない殺気をまとっている。「あの男は俺の主を裏切って、死なせた」
 長谷部、と笹ノ露が慰めるように彼の背に触れる。その手がわずかに長谷部の憎しみを浄化するのが見えた。が、それも焼け石に水。すぐに強い憎悪が、いつもは忠臣の顔しか見せない男を覆ってしまう。
 私は少し不安を覚えた。が、このまま放ってはおけない。
「探すか……」
 私は国永に頼んで、大会運営スタッフにいる術師に端末でメールしてもらった。ゲート周囲に結界を張ってほしい、と連絡するためだ。さらに戦闘系審神者と刀剣の有志にゲートの守護を依頼してほしい、とも言ってもらう。
 そのために端末を開いた国永は、「あぁ」と声を上げた。彼が言うには、ネットワーク管理者の審神者の力で、この会場のゲートだけは使用可能になっているという。
「避難が始まっているようだ」
「なら、さっさと逃げた男を捕まえてなくてはな」
 そこで、私たちは二手に分かれることになった。一方は私と国永、薬研の組。もう一方は笹ノ露と夕霧、長谷部、そして山姥切の組だ。
「――では、これより逃走した内通者の捜索を開始する。見つけた場合、無理をせずにもう一方の組に連絡をしてほしい。それでは……散!」
 そう言って、私は顔を覆う増髪の面を捨てた。笹ノ露も般若の面を地に落とす。カツン。木彫りの面が石畳にぶつかる音と同時に二つの組がそれぞれ、別の方向に散った。
 








祈祷中、さにわちゃんねるにて





330ななしの審神者さん
皆、いないみたいだな。俺、霊力底辺審神者だから、刀剣に代理の祈祷頼んだ。
何もできないから、鍛刀部屋に端末持ってきてる。なんかあったとき、きっと皆はここを見に来るだろ? 常時age進行でゆっくり保守するよ。


331ななしの審神者さん
私も。闘病審神者なんだけど、代理頼んだ。布団の中からで悪いけど、せめて保守する。


332ななしの審神者さん



333ななしの審神者さん



334ななしの審神者さん





349ななしの審神者さん



350空蝉

ネットワーク管理者“空蝉”より、審神者各位に重要連絡。本丸サーバーネットワークに霊力を流すための調整が完了した。これより三分後に、各位、祈りを開始してくれ。祈りの時間はひとまず十五分間。必要ならば、その後、二度目の祈りを依頼させてもらう。

なお、この祈りの間、各本丸の転移ゲートは一切、作動しない。注意してほしい。
例外は、戦闘系審神者トーナメント会場からの脱出。こちらは、空間からの脱出を優先するので、現地の審神者はそのつもりで避難を。



351 ななしの審神者さん


352 ななしの審神者さん


353 ななしの審神者さん


354 ななしの審神者さん
こちらトーナメント会場組。
きっと会場の避難状況を知りたい人たちも、たくさんいると思う。皆、順にゲートを通って相模国サーバーの万屋周辺施設の場へ、転移しているよ。多くの審神者は、そのまま万屋周辺にある祭壇に祈るつもりでいる。

僕は霊力少ない審神者だから、せめてここでトーナメント会場避難組の様子を報告しつつ、保守に参加するよ。


355 ななしの審神者さん



356 ななしの審神者さん



357 会場脱出組
皆、並んでゲートから出てきてます。


358 ななしの審神者さん
ここからは会場脱出組の報告待ちで、ゆっくり支援するよー。


359 ななしの審神者さん
支援


360 ななしの審神者さん
しえん


361 ななしの審神者さん
支援


362 会場脱出組
あ、いま列の最後の方の人たち出てきた。あっちでゲートの警備してくれてた戦闘系さんたちと、彼らの刀剣さんたちも来t


363 ななしの審神者さん
支援


364 ななしの審神者さん
って、待って!
〉334のレス切れてる!


365 ななしの審神者さん
mjk


366 ななしの審神者さん
会場脱出組!! 大丈夫か!?
何があった??


367 ななしの審神者さん
大丈夫か!?


368会場脱出組
ごめん。ちょっと騒ぎあった。

最後にトーナメントのスタッフさんたちがゲートから出てきたんだけど、あっちでトラブルあったっぽい。まだ〈千古〉どのたちが――って、叫んでる人がいる。
びっくりして、ゲートをのぞきこんだら、向こう側にいる人と目があった。二十代半ばくらいの、男の人だった。地味なのに、なんかぱっと目を引く人。暗闇の中の灯火みたいな。
とにかく、その人がいきなり叫んだ。

――ゲートを壊せって。




369 ななしの審神者さん
ゲート壊せ!!?1!


370 ななしの審神者さん
どういうことだ!!?
歴史修正主義者!?


371 ななしの審神者さん
会場脱出組の報告は気になるが、まず伝達する。

皆、霊力供給あと十分間だ。頑張れ!!


372 ななしの審神者さん
支援


373会場脱出組
支援ありがと。

ゲート壊せって叫んだ直後、黒いモヤみたいなのがその男の人を襲った。彼がどうなったのか見えなかったし、こっちもそれどころじゃなくなった。
ゲートを通って、黒いモヤみたいなのがこっちに来たんだ。ちょうどゲート近くに本戦一回戦に出てた〈青蘭〉がいて、彼女のとこの青江が黒いモヤを斬った。
その直後に、うちの今剣が弓兵の刀装でゲート狙った。それでも、ゲートは火花出しながらも作動してて、それを誰かの蛍丸と次郎が走って来て、真っ二つにした。
文字どおり。

黒いモヤは消えた。


374 ななしの審神者さん
どうなってるの!?


375 ななしの審神者さん
カメラ!

トーナメント会場のカメラ、生きてるやつないのか!?


376 ななしの審神者さん
霊力供給、残り時間あと五分だ。

騒いでる奴、落ち着け。
トーナメント会場がどうなったか、今は気にしてる場合じゃないだろ。本丸サーバーネットワークがだめになったら、審神者も刀剣もすべて、どこかも分からない空間でさ迷い続けることになる。
そうなったら、歴代の審神者や刀剣が戦ってきたことは、すべて無意味になる。俺たちが守るべきものも、守れなくなるんだぞ。

今、優先すべきは何か、わきまえろ!!


377 ななしの審神者さん
だけど、まだトーナメント会場に誰か取り残されてるんだよ!? しかも、得体の知れないモノに襲われてるって!

見捨てろっていうの!?


378会場脱出組
喧嘩しないで!
今は争ってる場合じゃないよ!


379 ななしの審神者さん
〉349
少数を救うために、全体を犠牲にするわけにいかないだろ!?


380 ななしの審神者さん
霊力供給、残り時間あと一分。


381 ななしの審神者さん
いやだよ!誰かを見殺しにするなんて、できないよ!


382 ななしの審神者さん
残り三十秒。








383 空蝉
空蝉より審神者各位へ連絡。
ただ今をもって、ひとまず祈祷を終了する。
皆の協力に感謝する。




なお、一部の掲示板やさにったーで、戦闘系審神者トーナメントの会場の件で混乱が起きているため、政府の持つ情報を開示する。
現在、トーナメント会場にて“異界”の入り口発生を確認。政府から特命を受けた審神者が、護衛の刀剣と共に事態の調査、および収集にあたっている。各ゲートからトーナメント会場への転移ルートは使用不可だ。



384 ななしの審神者さん


385 ななしの審神者さん


386 ななしの審神者さん


387 ななしの審神者さん
異界の入り口って……そんなの発生しちゃって、大丈夫なの?


388 ななしの審神者さん
それってヤバくね?
だって、本丸は現世よりの異空間だけど、異界はイザナギとイザナミの国産み以前の原初のカオス状態だって言うし……。


389 ななしの審神者さん
っていうか、特命の審神者って大丈夫なの?
それに、会場脱出組の報告じゃ取り残された人がいるっぽいし……。
異界の入り口を塞がないといけないんじゃないの?


390 ななしの審神者さん
できるのか?
異界の原初のカオス状態なんて、人間の力でどうにかなるもんじゃないぞ?



 本丸サーバーネットワークの祭壇の前で、僕――空蝉は顔をしかめた。さにわちゃんねるやさにったーなど、審神者たちの集まるSNSや掲示板では、相変わらず混乱が続いている。トーナメント会場を脱出した審神者たちが、最後に六条の君や夕霧たちが取り残されているのを目撃したことも一因のようだ。
 しかし、本丸サーバーネットワークの制御をしながら、同時に参加している政府の会議では、異界の発生した空間を切り捨てる方向で話が進んでいた。
異界が口を開けて穢れを吐き出すのは、この世が生命に満ちているからだという。穢れとは、すなわち“気枯れ”につながるもの。まるで浸透圧の仕組みのように、生命があれば奪って己と均一化しようとする――それが異界の性質だ。そうした強大な存在に立ち向かうよりは、異界の開いた本丸サーバーネットワークの時空ポイントを切り捨ててしまう方がいいだろう、ということだった。しかし、この策も賛否両論ではある。時空ポイントの一点を放棄したところで、そのポイントに関わった者たち――とりわけ、直近のトーナメントの参加者やスタッフ、観戦者たちにつながる縁を通じて、異界がこちらに干渉する――そこから異界が口を開く可能性があるということだ。トーナメントに関わった者は無数にいるので、どこでどのように異界の干渉が発生するか予測できない。
 では、異界の入り口を塞ぐか。
 そうはいってもしっかり口を開いてしまった異界の入り口を閉じるのは、非常に困難だ。今日、これまでに発生した異界の入り口はいずれも小規模、しかもほとんど開いていないために僕や政府の術者でも何とか防ぐことができた。しかし、これが大きな異界の入り口となると、そうもいかない。莫大な霊力で、入り口を塗りつぶすように塞ぐのが定石だが――それだけの霊力量をどこから捻出してくるかが問題だった。
 仮に、さにわちゃんねるやさにったーで呼びかければ、一度目の祈祷のように審神者たちの協力を得ることはできるかもしれない。だが、異界の入り口を塞ぐのに、ひとりあたりとしてどれほどの霊力量が必要となるか、定かではなかった。また。霊力を消費しきって翌日からの戦に支障があっては、本末転倒だ。かえって歴史修正主義者の攻勢を許してしまう。
 政府の中では、議論が繰り広げられているものの、いっこうに結論が出ない。
 ――僕はここにいる。本丸サーバーネットワークにも現実にも働きかけることのできる場所に。それなのに、何もできないなんて。
 僕はひとり、唇を噛みしめた。






つづく

pixiv投下2015/08/29

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