己の涯て1


1)BL描写(R−18)を含みます。
2)合意のない鶴主での性描写、鶴丸以外と男審神者の性描写、異種姦を含みます。
3)結末はバッドエンドです。
4)刀剣男士が肉体的には審神者のクローンである世界のお話です。




 卒業式が行われていた。卒業生は成績順に名を呼ばれ、教師から激励の言葉をもらう。二一〇〇年代も末の現在、普通の学校ならばこんなやり方は顰蹙ものだろう。PTAから苦情が寄せられるかもしれない。
 しかし、ここは違った。審神者の養成所だ。それも、かなり特殊な部類の。
 ここで教育されるのは、天性の審神者適性を持つ者ではない。政府の手によって遺伝子を掛け合わされ、生み出された――いわば人造の審神者適性の持ち主たちだ。
 二一〇〇年代の初め、日本では深刻な少子化の対策として人工子宮による人口増加計画が始まった。この政策の中で、政府は毎年、国民から提供される精子と卵子をランダムに組み合わせて計画どおりの数の子どもを生み出す。そうやって、人口バランスを保とうとした。人造の審神者は、その副産物だ。ランダムに遺伝子を混ぜ合わせるところを、審神者適性が出る組み合わせで受精させるのである。
 人造の審神者だから、霊力や適性は高くて当然。結果、評価は厳しくなる。成績発表も半分を過ぎると、周囲の目に冷笑の色が混じり始めた。
「適性があるのに、あんな成績だなんて……」
「信じられないな」
「俺たちは政府に養育してもらったのに、その恩も返せないなんて」
 ひそひそと冷たい囁きが飛び交う。
 名を呼ばれない俺は、じっと耐えた。そもそも、俺の審神者適性はかなり低い。人造の審神者としては、失敗作ギリギリといったライン。これまでに、すでに二回、落第している。今度もそうだったら――俺は養成所を追い出されてしまう。最終試験前に、すでにその通達を受け取っていた。
 適性がないなら、審神者にならなければいい。普通の人間はそう考えるかもしれない。しかし、俺は生まれたときから審神者になるべく育てられた。審神者になれなければ――人生をコースアウトしたも同じだ。他にどんな生き方をすればいいのか分からない。
 ――どうか、合格していてくれ。
 俺は震える拳を握りしめた。そのとき――。
「最後に……ID23RP00789――審神者名を菫青(きんせい)とする」
 激励もなく、ただ一言。俺のIDが読み上げられる。けれど、俺にはそれが天からの救いの声に聞こえた。やっと、審神者になることができる。これで、俺は自分の歩むべき道を進んでいくことができるのだから――。


***


 審神者になった俺は、順調に本丸を運営していた。初期刀に山姥切国広を選んで、実物と会ったときは彼のあまりにネガティブな性格に困ったものだが。俺にもコンプレックスというか、失敗作ギリギリの審神者だという引け目があったため、妙にウマが合った。チュートリアルの初鍛刀で来た前田藤四郎は、当初、あまりに暗い審神者と初期刀のコンビに盛大に困惑していたようだが。
 それでも、刀剣が増えてくると何だかんだで賑やかになってくる。後々には、初期の落ち込んだとき、俺が山姥切の布を貸してもらっていたことなども、笑い話として語られるようになった。そんな中で、俺はひと振の刀を鍛刀した。
 稀少度4にカテゴリされる太刀、鶴丸国永である。白い肌に金の瞳、儚げな容貌。けれど、口を開けば快活な彼を顕現した瞬間――俺は恋に落ちてしまった。正直、恋だなんて恥ずかしい響きだけれども、他に言いようがないのだから仕方ない。鶴丸が笑うだけで、あの金目が俺へ向くだけで、馬鹿みたいに鼓動が跳ねた。見ているだけで、幸せな気分になった。
 初恋だった。
 義務教育を終えて、審神者養成所へ入って。その間、ずっと俺は政府の審神者適性チェックで失敗作ギリギリの数値を出しつづけてきた。物心ついてからは、いつ自分が失敗作とされてしまうかと、毎日、怯えていたものだ。異性とも同性とも、恋愛をするような心の余裕はなかった。
 初恋はかなわないと聞く。
 だから、俺は鶴丸に気持ちを告げる気はなかった。恋がかなわず、この幸せな気分が死んでしまうくらいなら隠していよう。そうすれば、ずっと幸福感を味わっていられるから。そう思っていた、けれど。
 あるとき、手入れ部屋で負傷した鶴丸の手入れをしていて、二人きりになった。俺は少し緊張しながら、彼の本体を丁寧に手入れしていく。そのとき、鶴丸がふと真剣な顔で言った。
「――俺は、君が好きだ」
「っ……!!?」
 唐突な告白にびっくりして、俺は言葉を失った。その俺の手に触れて、鶴丸が言葉を続ける。
「なんとなく、君も俺を好きらしいと感じるんだが……俺の気のせいだろうか?」
「それ、は……」
「俺と恋仲になってはくれぬか? 誰よりも大事にすると約束する」
 金の瞳が切実な熱を帯びて、俺を見つめていた。その眼差しに頬がカッと熱くなる。俺は必死の思いで鶴丸の手を取って、握りかえした。蚊が鳴くよりも小さな声で、「俺も……すき」と何とか告げる。
 鶴丸はそれを聞いて、満面の笑みを浮かべた。「ありがとう」と言いながら、俺を引き寄せて抱きしめる。何だか分からないけれど、お礼を言うのは俺の方だと思った。失敗作ギリギリの俺に、鶴丸は信じられないくらいの幸せな気持ちをくれたのだから。
 これからずっと、俺と鶴丸と本丸の皆とで幸せな日々を歩いていける。そう夢見ることができた。


***


 白い男の裸体を見下ろしながら、俺は腰を振っていた。戦装束姿だと、細身に見える鶴丸の身体。だが、こうして衣を取り払ってしまうと、確かに戦うのにふさわしい筋肉がついているのだと分かる。固い腹筋の上に手をついて、体内に限界まで彼の性器を受け入れて。鶴丸を喜ばせたくて今日は俺が上になったのに、こうして腰を振っていると身体が勝手に快楽を拾ってしまう。
「んっ……ふっ……う、ぁ……」
 鶴丸を煽るように大きく動いていたはずが、次第に自分の感じる箇所を刺激する動作になっていく。鶴丸が苦笑しながら、軽く俺の臀部を叩いた。ピシャリと微かな痛みをともなうその衝撃さえ、体内に伝わって快楽に変換される。
「――あっ……!」
 ビリリと強い電流が身体を駆け抜けて、勃ちあがった俺の性器の先端からとろりと新たな先走りが滴り落ちた。気持ちいい。けれど、悦すぎて身体を支えていられない。俺はくたりと前に身体を倒した。
 鶴丸の裸の胸に縋りつく。と、彼はクククと楽しそうに笑った。悪戯のように掌で俺の背中を撫でおろし、尾てい骨を軽く爪の先で引っかく。そこからさらに奥へ進んだ指先が、俺たちの結合部分の縁をたどった。ごくささやかなその感触にさえ、背筋がゾクゾクする。思わずキュッと体内が収縮した。
「こら。俺への褒美に、俺を、気持ちよくしてくれるんじゃなかったのか?」
 確かにそうだった。本丸の皆の働きのおかげで、俺の本丸は討伐数一位を勝ちとったのだ。政府からは三日間、日課を免除された上で報奨金も出た。刀剣たちには、ささやかながらも望みのものを買ってやった。
 ただ、この恋人だけは、望みの品を言わなかった。詳しく聞けば、品でなく、君と三日間ゆっくり過ごしたいなどといじらしい願いを口にしたものだ。それならば、と人払いをして日中から布団にしけこんだ。
 今日は俺が奉仕してやる、と若干、無謀かもしれない宣言をして。
「――なぁ、主、君がいちばん、悦くなってどうする?」金目を細めて猫のような笑みを浮かべながら、鶴丸が問う。
「んっ……そんなこと、……いってぇ……」
 いちいち俺を感じさせようとしてくるのは、どこのどいつだよ。思わずにらむと、鶴丸は苦笑した。すまんと謝りながら、俺の腰を両手でつかむ。あっと思う間もなく、結合を解かれてしとねに横たえられた。それから、すぐに鶴丸の性器がもう一度、体内に入ってくる。
「あっ……あぁ……!」
 挿入の衝撃で、軽く達してしまった。
「イったか」
「っ……ごめ……」
「いいさ。もっと悦くしてやる」
 熱っぽい瞳を細めて、鶴丸は笑う。それから、さっきの俺なんかよりもよほど激しい動きで攻めはじめた。


 行為の後、たまには現世に行こうかと言い出したのは、俺だった。浮かれていたのだ。何しろ現世にいた頃はデートなんかしたことがなかった。デートという響きは気恥ずかしいが、とにかく鶴丸と二人で出掛けられたらいいなと思った。
「現世?」
「そう。万屋もいいけど、たまにはお前と現世に出てみたいなって……」
 一緒に万屋に行くこともあるが、そのときはだいたい他の刀剣も一緒だ。通販でなく、自分の目で見て買いたいものは万屋を利用するしかないから。たまの機会ということで、どうしても希望者同行になる。俺と鶴丸が一緒に過ごすのは、本丸がいちばん多かった。あまりアウトドア派でない俺は、そのことに不満はない。ないけれど――たまには場所を変えて二人で過ごしたかった。
 鶴丸は現世と聞いて、パッと目を輝かせた。何しろ彼は新しいもの好きである。「行きたい」と元気に話に乗ってきた。
「じゃ、早速」
 審神者の私室と執務室のある離れ備え付けの風呂場で、二人して湯浴みする。それから、普段の着物ではなく、現代風の服装に着替えた。本丸では燭台切のように戦装束が現代風の者、山姥切のように内番服が洋服の者などがいる。彼らだけでなく、皆、私服として多少は洋服を持っていた。鶴丸の現代用の服はシンプルだが、彼に似合っていた。というか、容姿がいいので何を着ても似合うのかもしれない。
 あまりに鶴丸が格好いいので、俺は思わず見惚れてしまった。
「どうした、主?」鶴丸がキョトンと首を傾げる。
「――お前が……格好よすぎて」俺は小さな声で言った。すっかり照れてしまって、頬が熱い。「ちゃんと横、歩けるかどうか……」
「ははははは!」鶴丸は弾けるように笑った。ニィと唇の両端をつり上げて、俺の顔をのぞき込む。「本当に、君はかわいいなぁ。ここで食べてしまいたいくらいだが……せっかく現世に出るんだ。そろそろ出発しないか?」
 愛しい者を見つめるように、柔らかく溶けた金の瞳を目にして胸がドキドキする。心臓に不可がかかりすぎて、このまま死んでしまったりして。そう思いながら、俺はぎこちなく頷いた。
 ギクシャクした動きで廊下を歩き、鶴丸と共に山姥切に出掛けることを告げる。今では本丸内で布を被らない山姥切は、堀川派の兄弟たちと部屋で過ごしているところだった。彼らは「気をつけて」と俺たちを送り出してくれた。
 正門をくぐって、現世へ。
 どこか行きたいところはあるかと鶴丸に問えば、博物館に行ってみたいという。博物館は一部の刀剣にとっては馴染みの場所だが、御物として保管されてきた彼には珍しいようだった。それならば、とちょうど海外のコレクションを展示している博物館に向かうことにする。
 目的の博物館があるのは、街の中でも大きな公園のある場所だった。周囲には西洋美術の美術館や科学博物館、動物園などもある。公園内を歩いていくと、そこには博物館や動物園目当ての客や散歩中らしい親子連れなどの姿があった。ちょうど公園の広場でちょっとしたイベントをしているようだった。
「あれは露店か?」鶴丸が公園にならぶ店を指指す。
「現代だと、フリーマーケットって言うんだよ」俺は答えた。
「へぇ……。現代の露店は、どんなものを扱っているんだ? 見てみてもいいか?」
「いいよ。博物館は逃げないし、初めての現世だし。お前が見たいものを見たらいい」
 俺たちは二人でフリーマーケットをひやかしていった。そのうち、途中のアクセサリーを扱っている店で、俺は思わず足を止める。偶然、見つけた琥珀を連ねたブレスレット。その蜂蜜のような色合いが、愛しさに溶けた鶴丸の瞳によく似ている――。
 と、傍らに鶴丸が立った。手を伸ばして、琥珀の横の青い石のブレスレットを取り上げる。
「君の色だな」
「俺の?」
「菫青石――菫青」
 アオライトの和名が、俺の審神者名と同じだと鶴丸は笑った。それから、財布を取り出す。青い石のブレスレットと、それから俺が見ていた琥珀を連ねたものも一緒に、フリーマーケットの店主に言って会計を済ませた。
「こっちは君にだ」
 店主から品物を受け取るや、鶴丸は琥珀のブレスレットを差し出した。びっくりして、受け取れないと首を横に振る。けれど、彼は聞いてくれなかった。
「じっと見ていただろう?」
「それは、お前の目に似てるなと思って……」
「ならば、なおのこと」
 こちらは君が持っていてほしい、と俺の手を取って琥珀のブレスレットを着けてしまう。俺は小さな声で「ありがとう」と言った。
 その直後。
 突然、爆発音が鳴り響いた。その場にいた人々が、悲鳴を上げて屈む。爆発の爆風が収まった直後、公園の片隅で禍々しい気配が膨れ上がった。
「――これは……」
 顔を上げれば、逃げまどう人々の向こうに敵の短刀の姿が見えた。五体、否、六体か。さらに遠くには、太刀や薙刀、大太刀などもいるようだ。歴史修正主義者による現世へのテロらしい。
 短刀が、逃げる人々を攻撃している。薙刀が刃を振るう。犠牲者の誰かが斬りつけられ、高々と空中に放り出された。ドサリと地面に落ちたその身体は、もはや動かない。赤い血が公園の土に染みていく。
 恐怖と審神者としての責任感とが、俺を引き裂いた。逃げることも、戦うこともできない。ただ、目の当たりにした死のあまりの生々しさに、地面にひざまづいて嘔吐した。
 と、そのときだった。
「――主、抜刀許可を」
 地面に這いつくばったまま、俺は鶴丸を見上げた。彼は情けない俺に失望するでもなく、毅然としてそこに在った。敵を前にしたら最後まで諦めるなと、その目が強い光を放っている。
 この刀にふさわしい人間でありたいと、切実に思った。自分の吐しゃ物混じりの土ごと、拳を握りしめた。袖で口元を拭って前を見る。
「――鶴丸国永……敵を倒せ」
 刹那。
 淡く鶴丸の手元が輝いて、彼の本体が現れた。
 刀剣男士は、審神者の護衛として同行する場合であっても、基本的に現世へ本体を持ち込めない。ただ、今回のよううな不測の事態のために、彼らの本体を安置する太刀掛けに転移装置が施してある。審神者の許可があれば、刀剣男士は現世へ本体を呼び出せるのだ。
 刀を受け取った鶴丸は、即座に鞘を払った。人々を襲う敵に向かって、まっすぐに駆けていく。俺はその背中を見つめながら、結界を張った。これで人間である歴史修正主義者はともかく、敵の刀たちは結界の範囲外に出られない。
 そうする間にも、鶴丸が一刀の下に敵の短刀を切り捨てる。振り向きざま、向かってきた別の刀へと刃を走らせた。白刃が鋭い弧を描く。荒々しい、なのにどこか優雅なその剣さばき。思わず見惚れていた俺は、一瞬、気づくのが遅れてしまった。背後から迫る歴史修正主義者――おそらくは、刀たちを操る術者本人を。
 突如、背後で殺気が膨れ上がる。俺はびっくりして後ろを振り返った。そこに、儀式用の短刀を振りあげた術者らしき男がいた。
 とっさに反応ができない。目の前でスローモーションのように、術者が刃を振りおろす。最初に感じたのは、熱さだった。次いで、激痛が襲ってくる。刃を身体に受けたまま、俺は呆然と術者の顔を見上げた。ごく普通の人間――その顔には、怒りと絶望と恐怖、それに憎悪が浮かんでいた。
「主っ!!!!」
 鶴丸が絶叫する。その声がやけに遠く聞こえた。術者が俺から離れて、支えを失った俺はその場に倒れ込む。身体から流れる血の臭いと公園の土のにおいが混じって、むせかえりそうだ。それに痛い。熱い。
 あまりの苦痛に思考が霧散していく――。




***






 次に目覚めたとき、俺は病院のベッドの上にいた。どうやら助かったらしい。間もなく看護士が入ってきて、俺の状態をチェックしていった。彼女が出ていくと、次いで見覚えのある顔――俺の担当者・白井が姿を見せる。三〇代半ばの彼は、ホッとした様子で微笑んだ。
「〈菫青〉、君が目覚めてよかった」
「鶴丸は?」
「無事だよ。敵をすべて倒してね、傷はない」
「よかった……」
「鶴丸は君がここに運ばれてしばらく、君についていた。山姥切と他に数名も様子を見にきたよ。だが、皆、少し前に帰した。刀剣男士は審神者の霊力を、本丸という増幅装置で増幅して姿を維持している。君の生命力が低下しているのに、彼らが現世に出ることで霊力を消耗してはならないからね」
 白井の言葉に、俺は頷いた。鶴丸がいないのは少し寂しいけれど、白井の判断が妥当なのは承知している。俺は手慰みのように、手首に残っていた琥珀のブレスレットを撫でた。
「俺、もう助からないかと……」
「君を刺した刀は、内蔵を傷つけてはいなかったよ。ただ、太めの血管が損傷していてね。出血がひどかった。輸血をしなければならなかったほどだ」
「輸血……」
 ドキリとして、俺は繰り返した。
 俺のような人造の審神者は、審神者適性を持たせるために特定の精子と卵子を組み合わせる。しかし、その審神者適性を付与する精子か卵子、あるいは両方が、かなり独特らしい。同じ血液型から輸血しても、拒絶反応が起きてしまうという研究結果がある。そのため、輸血が必要になった場合は人造の審神者同士でしかできないはずだった。
 白井もそのことを知っているはずだが――。
 そう思いながら、白井を見つめる。彼は「大丈夫だよ」と苦笑した。
「君の体質のことは医師に話した。ちゃんと適切な処置を取ってくれたよ」
「誰か、俺と同じ人造の審神者から、血液を提供してもらったんですか?」
「いや、刀剣男士さ。君の鶴丸国永の血を輸血したんだよ」
「え? 鶴丸の血を……?」
 白井の意外な言葉に、俺は目を見開いた。鶴丸から輸血? 刀剣男士の血をもらうなんて、そんな話は聞いたこともない。どういうことなのか――。
 驚く俺に白井は親切に説明してくれた。彼が言うには、刀剣男士は顕現の際、審神者の身体をコピーした上で形を変えて、人型を得るのだとか。そのため、遺伝子の組み合わせなどは審神者と同じになるらしい。
「それじゃ、刀剣男士は……」
「そう。精神面はさておき、肉体的に言うと彼らは審神者のクローンに等しいんだ。これはコピー元――つまり審神者が女性であっても同じことだよ。刀剣男士には、そもそも生殖の必要性がないからね」
 もっと言えば、彼らは精子と卵子の結びつきでなく、魂の結びつきそのもので子を成してしまうから。そう言う白井の話を、俺は呆然と聞いていた。
 刀剣男士が、審神者のクローン。俺が顕現した刀剣たちは皆、俺と同じ遺伝子を持っている。愛しい鶴丸も、今では相棒と呼べる山姥切も、真面目で健気な前田も。美しい刀も、勇猛な刀も。いずれも俺と同じ――失敗作ギリギリと嘲笑された、この呪わしい遺伝子で作られているという。
 不意に俺は吐き気を覚えた。
 自分の居場所だと思えるようになった本丸での団らんは、俺のひとり芝居なのかもしれない。鶴丸と睦みあったことも、自慰みたいなものかもしれない。だって、鶴丸も山姥切も他の刀たちも――皆、俺の分身なのだから。
 あのだだっ広い本丸の中で、俺はひとりきりだ。


***


 退院して本丸に戻った俺は、刀剣を寄せつけなくなった。食事も別にして、ひとり通販して執務室で摂る。なぜなら、刀剣たりは俺のクローン――生まれてからずっと俺を苦しめてきた失敗作ギリギリの遺伝子の持ち主なのだと思うと、いとわしかった。いつしか俺は本丸そのものにも憎悪を抱くようになっていた。
 俺しかいない、俺だけで満ちた箱庭なんか、いっそ壊れてしまえばいい。
 いっそ、刀剣男士をすべて刀解してやろうかと思ったが、それはできなかった。相棒と頼りにした山姥切を、初期から健気に仕えてくれた前田を、愛し合った鶴丸を――共に過ごした皆を前にすると、刀解してやるという決意が萎んでしまう。けれど、彼らと共にはいられない。
 結局、俺は刀剣たちが戦で折れてくれればいいと、過度な出陣を命じるようになった。審神者の執務室から、ハードすぎるほどの出陣と遠征の指示を出す。しばらくすると、皆、疲れきって負傷が増えた。
 しかし、誰かが傷を負っても、俺は手入れをしなかった。折れてほしかったからだ。それに、彼らが流す血に触れることが、今の俺にはできなくなっていた。刀剣たちの血が俺の身体に流れるものとまったく同じだと思うと、吐き気がこみ上げてくるのだ。
 時折、誰か――山姥切や一期一振、江雪などが手入れを頼みにくることがあった。彼らは自分の怪我は放置するが、短刀や脇差など刀装が薄く傷つきやすい者の傷は根気強く手入れしてほしいと願いを口にした。俺はたいていの場合、懇願を無視した。けれど、何度かは耐えきれなくなって、手入れをしてしまった。
 だが、やはり彼らが流す俺と同じ血は穢らわしい。手入れをしながら、傍らに置いた桶に嘔吐したものだった。
 過度な出陣と遠征を重ねる俺のやり方に、歴史上の名将の采配を知る刀剣たちが疑問を持たないはずはない。最初のうちは、入れ替わり立ち替わり、誰かが意見に来たものだった。俺はそれを突っぱね、ときには術を使って遠ざけもした。そうするうちに、皆、少しずつ諦めていくようだった。
 最後には、意見に来るのは鶴丸だけになった。毎日、同じ時刻に、遠征や出陣で不在ならば時をずらしてでも。鶴丸は離れの執務室に通ってきた。俺は決して、障子を開けない。それでも、彼は構わずに話す。
 今日も――。
「なぁ、君、いったい何があったんだ? 何が不満でこんなことをする?」
「……」
「短刀や脇差は、皆、満身創痍だ。他の刀たちも。こんなやり方では、戦績は上げられない。君も分かっているだろう? 俺たちの進軍の速度は遅れてきている」
「……」
「答えてくれ。……それができぬなら、せめてひと声なりとも聞かせてくれ。主――」
 そこで、ドサリと音がした。俺はハッとして顔を上げる。そういえば、今日の出陣部隊の報告で鶴丸が新たな傷を負ったとあった。そのせいなのか――。
 俺は思わず立ち上がった。鶴丸の様子を確かめようと、障子を細く開く。刹那、「つかまえた」と外から白い手が伸びてきて、障子に掛けた俺の手を掴んだ。鶴丸の指先が俺の着けている琥珀のブレスレットに触れて、カチカチと石同士の擦れあう音がする。
「――つけていて、くれたのか……」
 手が通る程度の障子の隙間から見える鶴丸が、目を丸くした。俺は慌てて、結界強化の呪を唱えようとした。そうすれば、鶴丸をはじき出すことができる。けれど、ふと視線を落として気づく。俺の手を掴む鶴丸の手首を彩る、菫青石のブレスレット――。
 口から出かかった結界強化の呪が、嗚咽に変わった。
 いとわしい、いとわしい。目の前にいるのは、俺と同じ遺伝子を持つ俺のクローンだ。ソレに抱く愛情は自己愛と同じ。けれど、俺は自分の遺伝子を憎んでいる。仮に自己愛だったとしても、愛せるはずはない。
 そのはずなのに、鶴丸が愛しくて仕方ない。
 俺の嗚咽を耳にして、鶴丸は空いている手で障子を乱暴に開いた。月明かりに照らされた彼は、あちこち負傷していた。輝かしい白い戦装束は、血と埃でくすんでいる。執務室の灯りで見ると、その様子はいっそう痛々しかった。
「なぁ、主、君に何があった? 何が君を変えたんだ?」
「っ……」
「なぜ、泣く?」
「……」
 俺は答えなかった。鶴丸から逃れようと、じりじり後退する。しかし、彼はそれを許さない。ガバリともがく俺を抱きすくめて、肩口に顔を押しつけた。今まで鶴丸に抱きしめられたとき感じた香の匂いは感じない。かわりに、むせかえるほどの血と埃のにおいが嗅覚に触れる。それでも、何度も肌を合わせた彼の体温は心地よくて、身体から力が抜けそうになった。
「なぁ、主、今でも俺のことを好いてくれているんだろう? どんなに拒んでみせようと、分かる」
「違う……。お前の勘違いだ」
「ならば、なぜ琥珀を身につけている。なぜ、俺を結界で弾き出さない。なぜだ?」
「違う……! 俺は、お前のことなんか、どうでも――」
「嘘だ」
「嘘なもんか」
「聞き分けのないことを言うな、主」
 不意に鶴丸は俺を畳の上に押し倒した。暴れる俺を押さえ込んで、首筋に顔を埋める。ガリリと薄い皮膚に噛みつかれて、痛みと――興奮を覚えた。噛み傷を舌で舐められて、ピリピリした痛みが快楽に変換されていく。
 ハッと甘い吐息がもれた。
「主……君は俺のものだ。俺が初めて身体を拓いて、刻みつけた。君は俺を忘れることはできない」
「お前のことなんか、もう、どうでもいいんだ」
「君はそんなこと、言えないはずだ」
 獣が唸るような低い声で言いながら、鶴丸は俺の肩を押さえつけて着物の帯を解いた。前をはだけて、裾を乱して、性器に触れる。「ほら、もう兆しているじゃないか」と彼は嗤った。グィグィと痛むほどの力で、乱暴に性器をしごかれる。その痛みに、ひどく興奮する。あっという間にトロトロと先走りが溢れだして、鶴丸はそのこともクククと咽喉を鳴らす。
 そう言う鶴丸も息が乱れていて、俺に食らいつきたいという顔をしている。
 先走りを指に絡めて、鶴丸は俺の身体の奥――後孔に触れる。強引にそこに指を突きいれて、荒っぽく内部をかき回した。ごくなおざりな愛撫をしただけで、鶴丸は俺の内部へ押し入ってきた。ほとんど馴らさないそこを、圧倒的な質量が押しひらいていく。その苦痛と圧迫感に、俺は歯を食いしばった。
 ひどく苦しい。なのに、どうしようもなく興奮する。俺は思わず腰を揺らして、鶴丸に動いてくれとねだった。それに応じて腰を振りながら、鶴丸が言う。
「なぁ、君、これでも俺のことはどうでもいいと言うのか? 俺で、こんなに興奮しているくせに」
「んっ……どうでも……いい……お前なんか……っあ……!」
「本当に?」
 言いながら、鶴丸は腰をグィグィ押しつけてきた。先端が体内の奥深くを刺激して、強烈な快感に目の前がチカチカする。俺は無我夢中で、鶴丸の首に腕を回して引き寄せた。彼の唇に自分のそれを押しつける。すぐに鶴丸が口内に舌を挿しいれた。深い口づけを交わしながら、俺は腰を揺らして鶴丸を煽る。彼の方も、乱暴なほどに腰を打ちつけてきた。
 やがて、感覚が弾ける――。
 しばらくして、息を整えた鶴丸がズルリと体内から出ていくのを感じた。ドロリと体内から流れ出るのは、俺の中に吐き出された彼の精。俺とまったく同じDNAで構成された体液だ。あぁ、と思う。どれほど愛おしくても、どれだけ激しく抱き合っても、鶴丸は俺と同じ。いとわしい失敗作の遺伝子を持つ俺自身でしかない。
 スゥと急速に身体の熱が引いて行く。
 手早く着物の乱れを直した彼は、俺を介抱しようと手を伸ばしてきた。
「主、主……すまない。ひどいことをした。だが、肌を合わせて分かった。君、まだ、俺に情を残しているんだろう?」
 俺は痛む身体を叱咤して、上体を起こした。鶴丸を見つめて――笑う。
「ごめん……鶴丸。俺はお前たちを愛せない」
「主?」
「俺は俺を愛せないんだ。お前たちも俺と同じだから……愛してやれない。本当は、全員、刀解しようかと思った。けど、決心がつかなくて……皆、戦場で折れてくれたらいいと思った」
 その言葉の続きに、俺はサラリと結界強化の呪をとなえた。途端、俺が排除したいと認識した鶴丸が、執務室の外へ弾き出される。
「俺たちが同じとは、どういうことだ!?」
 結界に張り付くようにして、鶴丸が尋ねる。俺は彼に見せつけるように、下肢から垂れる鶴丸の精液を指に絡めた。その手を口元へ持っていって、舌を出して精液を舐める。丁寧に、ゆっくりと。
 それから、鶴丸を振り返った。
「お前たちは俺のクローン。お前の精液に含まれる遺伝子は、俺と同じ。……この本丸には、俺しかいないんだ。失敗作ギリギリの俺しか」
「君、何を言って……」
「真実だよ」
 俺は立ち上がった。乱れた着物を適当に直して、執務室の奥へ向かう。そこには、簡易のゲートがあった。非常事態にしか使うことを許されぬ緊急用のゲートだ。それを作動させてから、俺は背後を振り返った。
「主、何をするつもりだ!?」
「皆を壊して、本丸も壊してしまいたかったけど……俺には無理だった。だから、俺が出ていく」
 そこで、俺は手首からブレスレットを外した。無造作に畳の上へ投げ捨てる。呆然と目を見開く鶴丸に、笑って手を振った。

「ばいばい、鶴丸。お前が俺でなかったら、愛してたのに」

 主、と吠える声を聞きながら、俺はゲートをくぐった。


***


 適当に転移先を設定したため、ゲートを抜けた先はどこかの過去の時代らしかった。だが、俺は不安を覚えなかった。そのまま死ぬつもりだったからだ。
 乱れきった着物姿で、裸足のまま、俺は土を踏んで歩いた。その振動で、体内に吐き出された鶴丸の精液が、太股を滴りおちてくる。その感覚に立ち止まると、茂みから敵の大太刀が姿を現した。手にした刀を、俺に向かって振り上げる――。
「――待て」
 低い男の声が聞こえた。大太刀に続いて茂みから出てきたそいつは、どうやら歴史修正主義者のようだった。穢れた呪詛が身体を取り巻いているのが感じられる。
「……こいつは審神者じゃないか。しかも、刀剣男士のお手付きか」興味と好色な色を帯びた視線が、俺の足下――足を伝う精液を見つめる。「刀剣男士と交わって気をもらっていたならば、絶好の贄になるだろう。……憎悪するものがあるならば、俺と来るか?」
 俺はしばらく男を見つめて――。
「行く」
 そう呟いた。










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