■注意■
1)加州清光が事情があって前任の死にかかわります。(※ただし、いわゆるブラック本丸ものではありません)
2)原作ゲームのシステムをかなりアレンジして登場させています。
3)男審神者が特殊能力に目覚めます。(※ただし戦闘系ではありません)
4)刀剣男士の戦闘描写、負傷描写があります。


〈前書き〉

同じ沖田総司の刀ながらも、安定と違ってあまり沖田君と言わず、主に好意的な加州。でも、それって前の主に対する執着が薄いとかいうことじゃないんですよね。池田屋の回想とか見てると、加州の中にちゃんと沖田君の存在は残ってる。
歴史上、池田屋で破損した加州にとって、実はボロボロになることより、もう使われないことの方に恐怖があるんじゃないかなと思ったりします。ゲームをプレイしていると審神者に好意的な加州ですが、彼の中にも「自分の主たる者の条件」みたいなものがあって、それが安定みたいに明確に「沖田君」というわけじゃないから、実は審神者が真の意味で加州に主と認めてもらうのは結構たいへんだったりするのではないだろうか、というあたりを考えながらお話を書きました。
上手く表せているかどうか自信がありませんが、お手に取っていただけた方には少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。



魂をはこぶ器
サンプル




 本丸の中は、ガランとして静まり返っている。
 以前、この本丸にはひとりの審神者と四十二振の刀剣の付喪神たちが暮らしていた。本丸は幾度かの増築を経てきている。それでも、人の身体を持つ者が四十三人もいれば、手狭に思えたものだった。
 それが、今は見る影もない。
 静かな本丸の中、加州清光は鍛刀部屋の祭壇の前にいた。かつて審神者がそこで祈祷していた姿をなぞるように、加州は姿勢を正して端座している。とはいえ、付喪神である彼が審神者の代わりに祈祷することはできないから、形ばかりだが。
 加州をのぞく刀剣男士はすべて折れ、審神者も死んでしまった。最後に残された加州が顕現していられるのは、審神者の霊力が本丸に残っているからだ。いずれ蓄積された霊力が尽きれば、彼も人の姿を保てなくなる。
 それでいい、と加州は思う。それがいい、と。本当なら仲間たちと同じように戦場で折れたかったけれど、主はそれを望まないだろう。彼は必要に駆られて過酷な出陣を行ったが、それは刀剣男士たちの刀としての本能を歓喜させたに過ぎなかった。短刀に打刀に太刀に大太刀、それに槍と薙刀。みんなみんな、最後の一瞬まで使い果たされ、幸せだと笑いながら破壊されていったのだ。
 加州も皆に加わりたかったが、それは許されなかった。初期刀として、最後の役目があったからだ。
 今、加州は己の役目を終えて、そこにいた。
 たったひとりで。
 皆と過ごした本丸での記憶を抱きながら、意識と無意識の間をたゆたうように瞑想をする。さびしくはなかった。時折、父神にあたる加具槌命や母神である金屋子神の気配を感じた。刀の身では最後の遣い手であった沖田総司との夢もみた。また、あるときには本霊が慰めるように、分霊たる己の核に温かな神気を送ってくれるのを受け取りもした。
 そうして、どれくらい経っただろう。
「加州清光さま」
 ヒタリと小さな足音が耳に届く。
 加州は目蓋を開いて、鍛刀部屋の戸口へ顔を向けた。ヒタヒタヒタと足音を立てながら、政府の式――こんのすけが近づいてくる。政府から審神者に貸与されるこんのすけは、審神者業務の手伝いや政府との連絡を行う。このこんのすけも審神者が死んでからというもの、時の政府との協議のためにしばらく本丸を留守にしていた。
 それが、今、戻ってきたらしい。
「おかえり、こんのすけ。政府はなんて?」
「協議の結果、加州さまのご希望には添いにくいとのことです。あなたさまはすでに練度の上限に達しており、また先の審神者――〈白月夜〉さまの補助として現世の端末操作にも習熟しておられる。刀解などもったいないと」
「そうはいっても、俺は主を――」
 言いかけた加州をこんのすけは遮った。
「政府より、あなたにお願いしたい任務がございます」
「任務? 審神者じゃなくて、俺に?」
「あなたさまでなくてはならぬ任務だろう、と政府は考えております。しかし、もしご承諾いただけぬのなら、仕方ありますまい。政府は付喪神さま方にお力をお貸しいただいている側。あなたさまのお望みどおり、刀解をいたしましょう、と」
 ――審神者ではなく、刀剣男士に下される任務、か。
 加州は近侍として長く主の補佐をしてきたので、他の刀剣よりも現世や審神者業務について詳しい。その知識に照らしてみても、政府が審神者ではなく直接、刀剣男士に任務を与えるというのは、聞いたことがなかった。いったいどんな任務なのか。興味を引かれて、こんのすけに尋ねる。
 狐は特に隠す素振りもなく、淡々と答えた。
 それによると、政府が加州に与えたい任務というのは、簡単に言えば、ある審神者の初期刀となって彼の本丸運営を補助するというものだった。
 ただし、この審神者というのが特殊な存在らしい。何でも、審神者は二二〇〇年代の人間ではなく、二〇〇〇年代に生きているという。加州が最初の主とした審神者より、約二〇〇年前の人間ということだ。
「え? ちょっと待って、こんのすけ。歴史修正主義者の活動が確認されたのは、たしか二一〇〇年代以降だよね?」
 思わず加州は尋ねた。こんのすけは「いかにも」と重々しく頷く。
「最初に歴史改変が判明した年が、二一二二年です。そこから政府は早急に対策を行い、現在の審神者制度が始まったのが二一二五年のことでございます」
「歴史が変わっちゃうと二〇〇〇年代の人間だって無関係とは言えないけど……二百年も前の過去の人間が審神者になってくれるもの?」
「常識的に考えれば、ならないでしょう。わたくしが二〇〇〇年代の人間の前で話したとしても、夢かロボットかと言われるのが関の山」
「だよね」
「しかし、審神者の才能を持った人間は、さまざまな時代に生きております。しかも、歴史修正主義者どもは、そうした方々を標的に歴史改変をしている。そこで、時の政府は考えました!」
 コン! と胸を張ったこんのすけが話したのは、いろんな意味で顎が落ちるような内容だった。
 過去の人間に歴史改変の恐怖を説いて、審神者にならないかと勧誘しても、聞き入れるわけがない。そこで、政府は一計を案じた。つまり、審神者業をゲームのように見せかけて、審神者適正のある者にプレイさせるというのだ。
 プレイヤー側の認識では、彼らは無数にあるオンラインゲームのうちの一つ――タイトルは『刀剣乱舞』というらしい――をプレイしているということになっている。しかし、実際には彼らの端末に表示されるのは、本丸サーバーネットワーク上のどこかに存在する実在の本丸の状況だ。刀剣たちはプレイヤーの指示で出陣や遠征、内番などを行う。といっても、すべてのプレイヤーが本丸に指示を出しているというわけではない。裏で政府が審神者適正者と認めたプレイヤの中でもさらに一部のみ、密かにゲームが未来の現実に反映されているという仕組みだという。
 それを聞いて、加州は感心してしまった。
「政府って、妙なこと考えるんだねー。でも、それ、ちゃんと実際の戦に対応できるの? けっこう想定外の事態とかあるけど」
「ですから、一振――たいていは初期刀にですが、審神者に準ずる権限をお渡ししております。手入れや出陣命令などは審神者が必須ですが、戦からの帰還命令や演練などは権限のある刀がいれば可能です」
「なるほどね」
 相づちを打つ加州を、こんのすけはチラリとうかがうように見た。いかがでしょう? 興味ありません? そんな眼差しだ。現世での暮らしに執着するつもりはない。だが、こんのすけの申し出に興味がないと言ったら嘘になる。
 はてさて、どうしたものやら。
 考える加州に甘えるように、こんのすけはピョンと飛びついてきた。よく主がしてやっていたように、その身体を腕に抱く。フワフワして心地いい。人の身があるからこそ、感じられる感触だ。加州はこんのすけの毛並みを撫でてやりながら、立ち上がった。鍛刀部屋から、縁側へ出る。
 庭は雪景色だった。本丸の四季は、審神者の力で変えることができる。主は最期に雪が見たいと言って、季節を冬に変えた。そのときのまま、雪が降り続いている。母屋の中央、廊下に囲まれた中庭も真っ白。片隅に植えられた山茶花の花が、紅の花びらを足下に散らしている。雪の上に点々と落ちた花びらは、まるで血のよう。
 ――主の最期みたいだ。
 そう思ったとき、こんのすけがフサフサの尾でスルリと加州の腕を撫でた。
「迷っておられるのですか? 加州さま」
「まぁね。本霊に戻っても、しばらくは眠るだけだし。元々、人の子は嫌いじゃないし。必要とされてるなら、もう少し戦ってもいいかも、なんてね」
「ならば、面接をなさってみてはいかがでしょう?」
「面接?」
「そうです。新しく審神者になられるその方と、画面越しにお会いしてみればいいのです」
「その方って……決まってるの?」
「さようです。実は、すでに政府から、新しい審神者さまを吟味する機会をもらってきております。加州さまさえよろしければ、すぐに対応を」
 もともと好奇心を抱いてはいたのだ。こんのすけにそこまで言われては、ちょっと会うくらいなら、と思ってしまう。「じゃ、“面接”してみる」と加州は呟いた。
 途端、こんのすけはピョンと加州の腕から飛び降りる。分かりました、さっそく! と意気込んで、ヒタヒタと廊下を駆けていく。その現金な姿に、加州は少しだけ笑った。表情筋が強ばっているのが分かる。そこで初めて、前に笑ったのが一週間以上も前だということに気づいた。




 こんのすけが政府と連絡を取った結果、加州が審神者と“面接”をするのは翌日の昼下がりということになった。政府の指示通り、戦装束をまとって審神者の執務室へ向かう。そこには、いつも前任が業務に使用していた端末はあった。こんのすけの説明によれば、そこに審神者の姿が映し出されるのだという。
「ただし、くれぐれもご理解いただきたいのは、ディスプレイに映し出されるのは、ブラウザゲームをプレイしている最中――と認識されている審神者さまのお姿だということです。有り体に言えば、かなり気の緩んだ格好をしていらっしゃる場合もございます」
「あぁ……。前任も本丸が完全に非番の日には、昼間でも寝間着で寝転がってマンガ読んでた。つまり、そういうことでしょ?」
「まぁ、そんなところですが――新しい審神者さまは、加州さまにお会いになるとき常にそういう状態かもしれない、ということです」
 ふうん、と加州は気のない相づちを打った。己自身の身だしなみにかけては、かなり気を遣う性質の加州である。しかし、主君とはいえ他人のことをとやかく言うほど、お節介ではなかった。むしろ、主なら多少は気の緩んだところを見せてくれた方が嬉しい、かもしれない。
 こんのすけはといえば、加州の返事が否定的ではなかったことに安堵したようで、説明を続けた。これから、加州の前にあるディスプレイは審神者となる者が、初めてブラウザゲーム『刀剣乱舞』をプレイする時間軸を映し出す。つまり、この本丸では昼間だが、あちら側では夕方や夜など――ゲームをプレイできるような余暇の時間ということだ。そうしてゲームをプレイする相手を、加州は見守るのである。
 相手が『刀剣乱舞』をプレイし、加州が見ているだけならば、互いの時間は交わっていない。ただ表面上を流れていくだけだ。加州がプレイヤーを気に入らなければ、いつでも、政府からの任務を断ることができるという。そこまではいい。
 問題は、加州がプレイヤーに話しかけてしまったときのことだ、とこんのすけは言った。加州とゲームのプレイヤーの間でたった一言でも会話が成立すれば、加州と相手の時間軸が交わった状態で固定されてしまうらしい。逆に、時間軸が固定されない状態ならば、同じ時間を何度か繰り返すことができるようだ。
 この辺のこんのすけの説明は難解で、正直、未来の時間転移の技術に詳しくない加州には、よく理解できなかった。が、ともかく、歴史改変ではないから、繰り返してもいいらしい。つまり、加州ではなく別の刀剣が彼を主君としても構わないわけだ。
「そういうわけですから、言葉を交わして時間軸が固定されれば、必ず加州さまは相手の方を主君として、お守りせねばなりません」
「じゃ、気に入らなければ話しかけちゃダメってことか。オッケー」
「では、始めましょう」
 こんのすけの言葉と同時に、ディスプレイの電源が入った。画面に現れたのは、若い男だった。年齢は二〇代の初めくらいだろうか。気弱な甘ったれという印象。いかにも頼りなさそうだ。しかも、男は突然、顔を歪めたかと思うと、ボロボロと涙を流しはじめた。
「なっ……! ちょっと待って! この人、いきなり泣きだしたんだけど!」
「落ち着いてください、加州さま! 相手方は自宅で端末を触っているという認識なのですから、多少はこういうことも……。っと、お待ちください。今、お相手がご覧になっている端末の画面を表示します」
 こんのすけがヒョイと頭を振る。途端、ディスプレイの左下に小さく端末をモニターしたらしいウィンドウが現れた。何やらメールが表示されているようだ。現代の文字も言葉も読めるが、二〇〇〇年代の時代背景に疎い加州には、表示されているメールの意味はよく分からない。
「選考、結果の……お知らせ……? それって、大の男が泣くようなもの?」
「こんのすけが政府からもらったデータによりますと、審神者候補さまは、大学を卒業した一年後のようでございます。しかし、望む企業に就職ができず、今はアルバイトの傍ら、作家になることを目指していらっしゃるのだとか」
「へぇ……。二百年前の小説、俺もけっこう読んでるよ? 前の主も好きだったな。ライトノベルっていうんだっけ? 面白いのがいろいろあるよね」
「二〇〇〇年代前後はサブカルチャーの全盛期でございますからね。しかし、残念ながら、審神者候補さまがどのような小説を書かれるのか、こんのすけのデータにはございません。ただ、メールの文面を解析するに、賞に応募した小説が落選してしまったようです」
 ディスプレイの中でボロボロと泣きながら、審神者候補の青年は『僕って才能がないのかな』とか『ずっと今のままだったらどうしよう』とか呟いている。彼の中に見える魂も、清らかといえば清らかなのだが、心の迷いを映し出してか霞がかっていた。
 加州は彼を見ているうちに、次第にイライラし始めた。青年がいっそ実家に帰って親の脛を噛じろうか、というような内容を口にしたときには、任務を断ろうかとさえ思った。
 審神者は基本、出陣しないとはいえ、戦に関わる者だ。生半可な覚悟で続けられはしない。前の主と仲間たちが戦に対して苛烈なほどの姿勢だったせいだろうか。目の前の甘ったれた青年のことを、受け入れられるとは考えられなかった。
 しかし、こんのすけに宥められて、何とかディスプレイの前に座り直す。ちょうど画面の中の審神者候補も、心が静まって泣きやんだようだった。さっきとは打ってかわってケロリとした顔になっている。『はー、泣いた泣いた。ゲームしよ』なんて言いながら、コーラの缶を開けて一口。
 ――あれ? この審神者候補、実はけっこうイイ性格してる……?
 加州がそんなことを思いながら呆然としているうちに、審神者候補は『刀剣乱舞』のタイトル画面を端末に表示していた。このゲーム人気あるっていうよな、とウキウキした口調で言いながら、ゲーム開始ボタンを押す。オープニングムービーやサーバー選択が終わって、左下のウィンドウには初期刀選択の画面が表示されていた。

 加州清光
 山姥切国広
 歌仙兼定
 陸奥守吉行
 蜂須賀虎徹

 二二〇〇年代の審神者も初期刀とする五振を、審神者候補は一巡して眺めているようだ。やがて、彼は加州清光と山姥切国広の画像を交互に表示しだした。迷っている、らしい。
「ね、こんのすけ。あの審神者候補が俺以外を初期刀に選んだら、俺ってどうなるの? お前の説明だと、俺が彼の初期刀になる必要があるみたいだったけど」
「チュートリアル鍛刀のバグということで、初期刀の次にあなたさまが審神者候補さまの前に現れることになっております。ですが――」
「ん?」
「おそらく、加州さまのご心配は無用かと」
 やけにきっぱりとこんのすけは断言した。その潔すぎる態度に、加州は首を傾げる。
「なんでそんなこと、言い切れるの?」
「審神者さま方は、自らの魂の形にもっとも近い刀、あるいは、魂がもっとも必要とする刀を初期刀にお選びになります。審神者制度が始まって以来、そうなのです」
 こんのすけによれば、おそらく審神者となる者は一般人よりも直感が鋭いため、無意識に己にふさわしい刀を選ぶのだろう、ということだった。しかも、これはいわゆるブラック本丸を作る審神者でも、あの審神者候補のようなゲーム系審神者でも、例外はないという。そうして魂と強く結びついた存在であるからこそ、どの審神者にとっても無意識のうちに初期刀は特別なのだとか。
 初期刀が魂の形なら、それから鍛刀やドロップで来る刀は何なの? と加州は戯れに尋ねてみる。すると、こんのすけは存外、神妙な口調で鍛刀やドロップは審神者の運命の形だと答えた。そろう刀剣の種類によって、審神者の戦略や力量は変化するからだそうだ。
「審神者さま方は、初期刀選びで己の魂の形を選び、鍛刀やドロップで己の運命を描くのです。――ともかく、審神者の資質がある限り、己の魂に添う初期刀を選び間違えることはありません」
 こんのすけが託宣のように告げたときだった。加州清光と山姥切国広を交互に見ていた青年が、選択をした。加州清光を初期刀として。












〈R-18導入部〉



「主が頑張ってるから、お茶を淹れてきたよ。ちょっと休憩、しない?」
「する! ありがとう」
 審神者マニュアルを置いて、加州から湯呑みを受け取る。急須から注いでもらったお茶を飲むと、花のような甘い風味が口に広がった。ただの緑茶ではなくて、フレーバーティーのようなものだろうか。見れば、加州も驚くでもなく同じ急須から注いだ茶を飲んでいる。
 もしかして、フレーバーティーは加州が個人的に購入したものだったのだろうか。そのことを尋ねようとしたときだった。ジクリと腹の底で熱が生まれる感覚。覚えのあるそれは――性的興奮を得たときのものだ。
 嘘。いったいどうして。
 きっと何かの勘違いだと、僕はその感覚を無視することに決めた。が、気を逸らそうとお茶を飲み干しても、どんどん熱が身体に広がっていく。背筋がゾクゾクして、その感覚を堪えるために僕は正座の両膝を擦り寄せた。
 こんな薄い寝間着では、いずれ性器が反応しているのが加州にバレてしまう。その前に熱が治まるか、加州が去ってくれるか、いずれかを願うしかない。しかし、熱はどんどん高まっていくし、加州も話がありそうな様子だ。
 どうしよう。どうしたら。
 混乱しきった頭でそう思ったときだった。
「主」加州が僕を呼ぶ。彼は泣き出しそうな表情でこちらを見ていた。その頬が赤く色づいて、なんだか艶めかしい。「――ごめんね、主……」
「え?」
 いったい何を謝られているのか。わけが分からなくて、加州を見つめる。と、彼の手が伸びてきて僕の肩に触れた。それだけのことで、おかしいほどに熱が上がる。ビクンと不自然なほど肩が揺れたけれど、加州には驚いた様子がなかった。
 ごめん、と熱にうかされたうわ言のように呟きながら、加州がヒョイと僕を抱き上げた。びっくりして、思わず空の湯呑みを取り落とす。加州はそれを拾いもせず、僕を横抱きにして部屋を出た。そのまま少し歩いて、隣にある僕の私室へ向かう。器用に足だけで襖を開けた彼は、部屋に敷いてあった布団に僕を下ろした。
「え? え? これって……?」
 いったい、何がどうなっているのか。混乱しているうちに、襖を閉めて部屋の明かりを点けた加州が、僕の元へ戻ってくる。
「ごめん……主。俺のこと、破壊でも刀解でも、してくれていいから」真っ赤な頬で、泣きそうな目で、加州は言った。
「待って、加州……。何を――」
 言いかけた言葉は、不意に押しつけられた加州の唇でせき止められてしまう。以前、一度だけ触れたことのある柔らかな唇が、焦るように僕の下唇を食んだ。その感触だけで、カッと腹の底の熱が高まる。思わず口を開くと、スルリと加州の舌が滑り込んできた。




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