Gangster3





4.


 事務所にいたシキの部下に後のことを任せ、シキとアキラは車で屋敷へと戻った。一日中降り続いた雨のせいで、午後六時前とはいえ、辺りは既に夜のように暗い。
 アキラは車から降りるシキに傘を差し掛けながら、雨ににじむリトル・トシマの景色を見つめていた。
 街には早くも派手やかなネオンが点り、夜の街の貌を見せ始めている。
 リトル・トシマは、移民の街だ。夜の貌は一見華やかだが、その美しい装いの陰には、無くし難い貧しさが隠されている。歓楽街を通り一本外れて見れば、よく分かるだろう。同じ移民の中にも貧富の差はあり、スラム化した地区で、身を寄せ合いながら生きている人々もいる。
 合法的な仕事で稼げない者は、盗み、集り、或いは身売りなどをして、何とか生きている。非合法の仕事を生業とする彼らからも、ヴィスキオはわずかばかりの上納金を受け取って、代わりに彼らの身の上を保証する。警察やお役所がそうしない代わりに。
 もちろん、それはヴィスキオにとっては、大した儲けにもならない。他に儲けの出るシノギもあるが、非合法の仕事に就く者に『保護』を与えることはこの街の秩序にも必要で、欠くことのできないシノギの一つだった。
 ヤクザなのを誇るつもりはないが、ヴィスキオの『保護』によってやっと身を保てている人間だっている。そう思ってから、アキラはふと地下室の麻薬の売人のことを、思い出した。
 リトル・トシマで麻薬を許さないというシキの態度を、アキラはいつも好ましく思っている。麻薬を扱えばヴィスキオは儲かるが、その分あのネオンの陰に泣く人々が増えるだろう。
 この街で生まれ育った人間として、これ以上街が悪くなるのは、見ていて楽しいことではない。
 車を降りると、シキは急いた足取りで屋敷に入っていった。アキラは慌ててその後を追う。シキは出迎えた使用人にしばらく休むと告げ、アキラを促して二階の寝室へ向かった。
 寝室へ入ると、アキラはシキの顔を盗み見た。どうも普段と違う様子が気になったのだ。途端、肩を掴まれ、ドアの脇の壁に押しつけられた。
「っ……ボス……!」
「今は『シキ』だろう?」脅すような低い声音で、訂正される。
「……シキっ、どうした――」
 どうしたんだ、と言い切る間もなく、唇を奪われる。唇の合間から滑り込んで来たシキの舌が、口内を蹂躙する。息苦しさにアキラがもがくと、シキはその動きを封じるように更に強くアキラを壁に押しつけた。
「んっ、ぅ……ふ……ぅ……」
 まともに息をつく暇も与えないような激しい口づけをしながら、シキは手遊びでもするようにアキラの衣服を乱していく。スーツの上着のボタンを外し、ネクタイを解き、シャツのボタンを外す。そこから更にベルトを抜き取ってジッパーを下げ、ズボンを下着ごと引き下ろしたところで、ようやくシキの手は止まった。
 同時にシキの唇が離れていき、アキラはほっと息を吐く。酸欠と口づけの余韻で動けずぼんやりしていると、シキは自分のベルトを外してジッパーを下げた。
 その意味は分かったが、身体は動かせなかった。
 シキはやがてアキラの背を壁に押しつけたまま、片足を抱え上げた。後孔の表面にいきなり押し当てられたシキの熱に、アキラははっと息を呑む。
 まさかとは思ったが、シキはすぐに挿入する気なのだろう。まだ馴らされてもいない箇所にシキのものを受け入れる苦痛を思うと、身体が勝手に強ばってしまう。
「っ……シキ……やめ、」
 やめてくれ、と叫ぼうとしたアキラだが、その瞬間自分を見下ろすシキと視線がかち合った。シキの双眸には、地下室で見た激しい怒りが渦巻いている。
 あの地下室から今までずっと、シキはこの怒りを抑えていたのだろう。特定の誰かを憎んでいるわけではない、麻薬そのものへ向けられるそれは、誰にもぶつけようのない怒りだった。アキラは束の間、シキの目の中で渦巻く苛烈な感情に、目を奪われていた。
 恐ろしい――けれど、純粋で綺麗だと思った。
 次の瞬間、シキの熱がアキラの体内に侵入してきた。想像を超える圧迫感と痛み。アキラは堪えきれず、声を上げた。片足を抱え上げられた不安定な体勢のまま、シキにしがみつき、必死で苦痛をやり過ごそうとした。
 シキは容赦なく、アキラの奥へと進んでくる。けれど、慣らされていないその箇所は硬く、アキラ自身も身を強ばらせているため、挿入は簡単には進まない。
 やがて、まだ半ばまでしか熱を収めていないのに、シキはそれ以上腰を進められなくなった。そこで初めて、シキは我に返ったように動揺を見せた。苦痛に息も絶え絶えなアキラを目にして驚いたように目を見張り、ひどく困惑した顔をする。
「っ……悪かった」
 掠れた声で呟いて、シキはアキラの中から出ていこうとした。その腕を、アキラはとっさに掴んだ。
「シ、キ……っ……大丈夫だから……一度抜いて、ゆっくりなら、できるから…………だから、しよう」
 こんなことは正気の沙汰じゃない。それはアキラも承知している。慣らしもしないで挿入するなんて、しばらくただでは済まないだろう。もしかすると、明日は下肢の痛みで起きあがれないかもしれない。
 それでも。
 どうしても、シキの中で渦巻く感情を、受け止めたいと思った。他に誰もぶつけられる相手がないというなら、シキのこの苛烈で純粋な感情が欲しい。ベッドへ行って、時間をかけて身体を慣らして、それからでは遅すぎる。今、シキのありのままの感情が欲しい――それを受け止めてやりたいと思った。
 シキが体内から出ていくと、アキラは抱え上げられていた片足を卸してもらって、シキと向き合った。そっと手を伸ばし、さっきまで自分の体内にあったシキのものに触れる。既に勃ち上がっているそれを、そろそろと手で擦って煽った。
 すると、シキもアキラのまだ柔らかい雄に触れながら、顔を近づけてくる。口づけられると思ったが、シキはそうせず、唇の触れ合う寸前の距離で止めた。そのままシキは、何か言いたそうな表情で黙っている。途方に暮れているようでもあった。
 もしかして、強引に抱こうとしたことを気にしているのだろうか。ふとそう思いついて、アキラは許しの言葉の代わりに、自分から残りの距離を詰めて唇を重ねた。誘うように唇を開けば、すぐにシキが舌を差し入れてくる。そうして、ゆっくりと深く口づけながら、互いに手で熱を煽り合った。
 やがて、シキの手に愛撫されてアキラの雄が完全に勃ち上がる頃、二人はどちらからともなく口づけを止めた。
「ちょっと、待ってくれ……」
 アキラはシキから身体を離し、壁の方を向いた。その動きで一度無理に開かれた体内が痛むが、敢えて無視する。思い切って、アキラは壁に手を突きながら、後ろへ腰をつき出す格好になった。あられもない姿勢だが、こちらの方がシキを受け入れやすそうに思えたのだ。
 シキの手がするりと臀部に触れ、するりと撫で下ろす。温度の低い指先が後孔の表面に辿り着き、入り口を解すように緩く押した。しばらくシキの指はそうしていたが、やがて体内に潜り込んで来ようとする。
 途端、痛みが身体を駆け抜けるのを、アキラは感じた。慣らそうとしただけでこの痛みだ。挿入するとなると、一体どれほどの痛みがあるのか。――だめだ、これではシキを受け入れるより、自分が痛みに怯んでしまう。
「シキ……もう、いいから早く……!」
 驚くシキを急き立てて、アキラは挿入を強請った。長く考える時間があれば、その分挿入が怖くなるだろう。そのうち自分は怖じ気付いて、シキに行為を止めてくれと言い出すかもしれない。それは嫌だった。
 しきりにアキラが懇願すると、驚いていたシキは黙ってアキラに従った。背に覆い被さり、アキラの後孔に熱を宛がう。
「いいのか?」耳元でシキが囁く。
 その声の響きに、体内の奥深くが痛みとは別の疼きを発する。アキラはきっぱりと頷いた。
 途端、熱が体内に侵入してくる。
 こみ上げる強い異物感と痛みに、アキラは咽喉の奥で悲鳴を押し殺した。前戯で煽られた情欲も、苦痛にかき消されてしまいそうになる。
 一度半ばまでシキのものを受け入れたとはいっても、ろくに慣らしていないその箇所はまだ硬い。力を抜かなければならない。これまでの経験から分かっているのに、身体が思うようにならない。
 これでは、挿入する側のシキも苦しいだろう。
 アキラは壁に縋りついていた左手を、そろりと下へ持っていった。半ば萎えかけた自分の雄に指を絡め、擦り上げる。初めはシキを受け入れる苦痛の方が大きくて、何も感じなかった。それでも何度か繰り返すうちに、次第に快楽を感じ始めた。
 と、そのときシキの手が伸びてきて、アキラの左腕の肘の辺りを掴んだ。咎められたかとアキラはぎくりとしたが、そうではなかった。シキはアキラの雄に直接触れるのではなく、腕を掴んで上下に動かしてアキラ自身の手で雄を刺激させる。
 まるで自慰の手伝いをされているようで、アキラは腹の底がかっと羞恥で熱くなるのを感じた。
 自分のものを刺激しながら、アキラは奇妙な感覚に溺れた。雄を刺激する快楽と、シキを受け入れる痛みと。同時に感じる二つの感覚が、次第に入り交じって分からなくなる。
 一体、どの感覚が苦痛なのか。どれも皆快楽ではないのか。
 そう感じた途端、ふっと身体から無駄な力が抜けた。その拍子にシキの熱が一気に体内の奥深くまで入ってきて、アキラは声を上げた。
「っ……あ! あぁ……!」
 その声に、はっきりと快楽が滲んでいるのが、自分でも分かる。
 ふとシキが背中に覆い被さるようにして、アキラの耳元に囁いた。「自分でできるな?」と念を押す言葉と共にシキの手が左腕から離れ、アキラの腰を掴む。
 唐突に、激しい抽送が始まった。
 アキラは言われた通り自らの熱を慰めながら、ただそれを受け入れた。行為の激しさは、まるでシキが内に滾る感情をぶつけているかのようだった。痛みと快楽に喘ぎながら、アキラは自分がシキの感情に押し流されていくような気がした。けれど、それで良かった。それがアキラの望んだことだった。
 さっきシキの目の中に見いだした、激しい――けれども綺麗な感情を受けているのだと思うと、行為がもたらすのとはまた別の快楽を感じた。脳髄が痺れるようなそれは、もしかしたら、麻薬などより余程性質が悪いのかもしれない。
 やがて、腰の奥から射精感がこみ上げてくる。うっかり達しそうになって、アキラは思わず――時々シキが焦らすときそうするように――自分の雄の根本をきつく握った。先に達してはいけないと、禁じられたわけではない。それでも、自分だけ達してしまうのは嫌だった。
 アキラは快楽に震えながら、肩越しにシキを振り返った。
「シキ……っ……もう……」
 限界を訴えようとすると、シキが顔を寄せて唇を重ねてくる。全てを言い切っていないのに、あっという間に口内へ滑り込んで来たシキの舌が舌を絡め取り、言葉を奪う。同時に、シキは自身の雄を戒めるアキラの左手に手を重ねて動かした。
「んん……う……ん……んん!」
 シキの手に導かれ、勃ち上がりきった自分の熱を刺激する。いくらもしないうちにすぐに熱が弾け、アキラは快楽に身を強ばらせながら、自分の手の中に射精した。同時に、達したせいで収縮した後孔の動きに促され、シキが達する。体内に吐き出される熱の感覚を、アキラはぼんやりと感じた。


 目が覚めると寝室は暗かった。アキラはベッドの上で目を開け、ぼんやりと天井を見上げた。ベッドのシーツや掛け布団から僅かにシキの匂いが漂っているが、シキ本人は同じベッドにはいなかった。
 寝室の入り口で無茶な行為に及んだ後、案の定、アキラは腰の痛みと疲労で動けなくなってしまった。シキはアキラをベッドに運び、身体を拭き清めて寝かしつけた。それから、夕食も摂らないままうとうとして、どのくらい経っただろうか。
 カタンと微かな物音が聞こえて、アキラは顔だけをそちらへ向けた。身体――特に下半身は、あまり動かせそうになかった。
 見れば、窓際にシキがいて、小さなルームライトの下で刀の手入れをしていた。アキラは、シキの手元で橙色の灯りを受けて輝く刀に、束の間見惚れた。
 大昔、祖国で使われていたという刀。今ではほとんど使われないらしいが、とても美しい形をしているとアキラは思う。刀の鋭さや冷たい美しさは、どこかシキに似ている。
 シキは、かって兵士として戦場を駆けたとき、あの刀を遣っていたらしい。今ではほとんど鞘に収まったままの刀だが、シキは時折庭で鍛錬をすることがあった。おそらく、シキは相当な遣い手なのだろうということは、鍛錬を見ているだけのアキラにも分かった。
「――何を見ている」視線に気づいていたのか、シキが顔を上げて言った。「刀の手入れを見て、面白いか」
「面白い」アキラは素直に頷いた。
「ならば構わんが、今日は大人しく眠っていろ。先ほど無茶をしすぎたからな」
「あんたのせいだろ。誘ったのは俺だけど」
「確かにな。ついこの間まで子どもだったのが、急に色気づいて性質が悪い。――無茶はさせたが、お前はあまり無茶を許すな。あまり無茶を許すと、俺はいずれお前を……」
 言いかけて、シキは畏れるように口を噤んだ。その先の言葉をアキラは尋ねたが、シキは言う気がないようだった。結局はぐらかされてしまう。
 シキが何を畏れているにせよ話して欲しかったが、それには自分は役者不足なのだとアキラは痛感した。年齢差もある以上、それは仕方のないことかもしれなかった。
 やがて、シキは刀の手入れを終えると、刀を鞘に戻して刀架に置いた。それからアキラの元へ歩いてきて、ベッドの端に腰を下ろす。シキはアキラの頭を撫でながら、夕食を摂るかと尋ねた。アキラはそれに首を振った。
「腹は減ってない」
「そうか。ならば眠れ……明日は、お前は休みにしておいてやる」
「あんた、俺を甘やかしすぎだ。って言っても、俺も明日は動けそうにないけど」
「そうだろう。無理をするな。お前を甘やかすのは――そうだな、俺の道楽のようなものだ。気にするな」
「道楽って何だ、道楽って。だいたい俺は、あんたの役に立つ秘書を目指してるんだから、甘やかすなよ。俺はあんたに頼られたいくらいなのに」
「そうやって背伸びするのが、まだ子どもなんだ」
 シキは微かに声を立てて笑い、掌でアキラの目を塞いだ。
 眠れ、といつになく柔らかな声が降って来る。アキラは言われるままに、目を閉じた。
 今日も一日が終わっていく。今のように、穏やかとはいえないがそれなりに平和な日々が、ずっと続けばいい。けれど、一方ではいつかシキがあの刀を振るって闘う姿が見てみたいとも、アキラは思うのだった。






初出 コピー本
2009/08/23SUPER COMIC CITY 関西15

再録2009/11/13

前項
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