サマー・タイム7
・ラストで更に苦めの展開になります。 ・もうこれ以上は……という方には、閲覧をあまりお勧めできません。 やがて、シキが身体を少し離して、顔をのぞきこんできた。アキラはその目を、真っ直ぐに見つめ返す。言葉もないのに、どうしたいのか、どうすべきなのか、互いの間で通じ合うような不思議な感覚があった。 アキラはシキのシャツに手を掛け、ボタンを外し始めた。シキもアキラへ手を伸ばし、Tシャツを脱がせようとする。互いに互いの濡れた衣服を脱がせ合いながら、その合間に口づけをした。最初は唇を触れ合わせるだけだったのが、次第に大胆になり、舌を絡めて深く貪り合うものになっていく。 衣服が全て取り払われてしまうと、妙に頼りなく肌寒い気がして、アキラは微かに身を震わせた。雨に濡れた衣服は、思ったよりも体温を奪っていったのだろう。 「……寒いか、アキラ?」シキが尋ねた。 「少し……でも、大丈夫だ」 アキラは囁いて、シキの身体にぴたりと身を寄せる。そうすると、シキの温もりが伝わってきて、心地いのだ。その様子を見て、まるで猫だな、とシキは囁くような密やかな声で笑った。 二人は、昨夜、一緒に眠ったリビングのソファを組立直したベッドに横たわり、身体を重ねた。ごく自然にシキが上になり、手や唇でアキラの身体のラインを辿っていく。アキラは、シキの触れた部分からふわふわした快い感覚が生まれ、身体が暖かくなっていくのを感じた。 それは、覚えのある感覚だった。初めてシキとこの行為に及んだときも、同じ感覚を覚え――幸せだと感じていた。そのときのことを思い出し、アキラは、シキと今またこうして抱き合っていることをとても嬉しく思った。 やがて、シキの指先が胸の突起や内股などを意図を持った様子で掠め始めると、そこから細波のような甘さが生まれた。細波は次第に集まって、アキラを快楽のうねりへと押し上げ始める。気がつけば、アキラの性器はすっかり反応して、勃ち上がっていた。 そこへ、シキが指を絡め、巧みな手つきで愛撫を施す。直載な快感がこみ上げてきて、アキラは大きく息を乱した。そうしながら、剥き出しの太腿に触れる熱く硬い感触で、シキもまた興奮しているのを悟った。 「シ、キ……待って、くれ……」 アキラは、シキがアキラの熱を解放へ導こうとする手をそっと掴んで押しとどめた。シキが怪訝そうな顔をするのにも構わず、彼の身体の下から抜け出す。シキも身を起こして、二人で向かい合って座る格好になった。 「どうした、アキラ?」 「俺ばかりイイのは、嫌だ……。……俺も、あんたに触れて、感じさせたい。だから……、」 身を屈めて、アキラはシキの股間に顔を寄せた。シキが驚いて身を引こうとするのを、太腿を手で押さえることで制し、半ば勃ち上がりかけている性器に唇を寄せる。 先端に唇が触れた瞬間、シキの身体が微かに震えた。 「アキ、ラ……」 なおも制止しようとするシキの声が掠れている。 アキラは口を開き、シキの性器を口に含んだ。口淫は、以前事後処理のときシキにされたが、する側は初めての経験だ。しかし、思ったよりも――というより、全く同性の性器を口にすることに抵抗はなかった。 そんなことより、シキに優しくしたい、少しでもシキの落胆を慰めてやりたい、と思っていた。シキに触れていることが嬉しかった。 拙いながらも表面を舌で辿り、或いは口に含んで口内で愛撫すると、シキの熱が反応する。そのことに、ひどく満足感を覚える。 「……お前は、しなくていい……」シキがまだアキラを止めようとするので、 「……っはぁ……俺は、したいからしてるんだ……」 アキラは一旦唇を離し、反論してから再びシキの性器に口に含んだ。(――そうだ、そもそもあんたが先に、俺にこうしたんじゃないか)そのときの感覚ややり方を思いだしながら、頭を上下させて口全体でシキの熱を愛撫する。 シキはあきらめたように身体の力を抜き、アキラの頭に手を置いた。その手が優しく、けれども熱に浮かされたようにアキラの髪に指を差し入れて梳き始める。 そうするうちにも、いよいよシキのものは硬く張りつめ、先端からにじみ出る先走りの味が口内に苦く広がる。張りつめたシキのもので口内を圧迫される苦しさと、髪を梳く手の優しさの相反する感覚に興奮を煽られる。 「ふ……んぅ……ぅ……」 「っ………………アキラ……」 吐息混じりの声でシキが名を呼ぶ。顔を離せ、と言いたかったらしいが、アキラはそのままシキのものを強く吸い上げた。途端、張りつめきったシキのものが、口内でどくりと精を吐き出す。その苦さにむせながらも、アキラは全てを飲み下した。 アキラが顔を上げると、シキはひどく渋い顔をしていた。 「……無理に飲まなくともよかったんだ」 「無理してない」アキラはそう言ってちょっとシキを睨む。 「お前は……俺を煽っているのか」 渋面を崩さないまま、シキはアキラをベッドに押し倒そうとした。そこでアキラはふと気づいた。シキは不機嫌から渋い顔をしているのではない、おそらく強い衝動を堪えている。そう、シキは自分を欲しているのだ――そうと分かった瞬間、アキラは腹の底から熱が湧き上がってくるのを感じた。 ――今日は、俺が上に。 そう囁くと、驚いたようにシキが動きを止める。その肩を押し、アキラは素早くシキの身体をまたいで膝立ちになった。とにかくシキに奉仕してやりたくて、アキラは早くシキを受け入れようと自分で後ろに手を伸ばす。 指先が後孔に触れようとしたとき、驚きから立ち直ったらしいシキがアキラの手を掴んだ。 「アキラ……俺がお前に触れる楽しみを奪うつもりか?」 「そうじゃなくて……あっ……」 シキの手がするりとアキラの臀部を撫で、後孔へたどり着く。シキは指先で数度後孔の表面を押し、ゆっくりと指を体内に挿入して馴らし始めた。 アキラは最初は苦痛に息を殺していたが、シキの指がある一点を掠めた瞬間、あっと声を上げた。強い快感が背筋を駆け抜けて、堪えきれずアキラは目の前にいるシキに縋り付く。すると、シキは待っていたかのようにアキラの左胸の突起に唇を触れさせた。 「ぁ、んっ……!」 カリリと軽く歯を立てられ、アキラは声を上げる。男でもソコでも感じるのだということは、この前のシキとの行為で知ったばかりだ。それなのに、この身体はもうそれを覚えてしまった。そのことが、アキラは少し恥ずかしかった。 それでもとっさに、アキラはシキに向かって胸を突きだしていた。理性とは裏腹に、もっとして欲しいとでも言うように。それに応えるように、シキはアキラの胸の突起を順に舐め、唇で啄み、歯を立てる。 上体と下肢を同時に愛撫され、そこから感じる快楽に翻弄される。アキラは夢中で喘ぎながら、手を下に伸ばして足下にあるシキのものに触れた。一度吐精した性器は、また緩く反応し始めている。それに指を絡めて、煽るように上下に扱いて刺激した。 もちろん、やや苦しい姿勢なので、愛撫の手つきは拙いものになる。それでも、シキは情欲を押し殺した吐息を幾つも零した。その吐息が皮膚に触れる微妙な感触に、アキラは思わずぞくぞくと身を震わせる。そして、自分の身体全体が――それこそ皮膚感覚に至るまで――ひどく敏感になっているのを悟った。 今なら、身体感覚の全てで以て、シキという存在を感じることもできそうだ。それを、ひどく幸せだとアキラは感じた。幸福感は急速に胸に満ちて、ある思いに結実した――全身でシキを感じて、その存在を自分の中に刻みつけたい、と。 「――シキ……もう、欲しい……」 「あぁ……」 アキラが訴えると、シキは体内から指を抜き取った。そうして、アキラの腰を両手で支えて、アキラの身体の位置を調整する。シキの手に支えられながら、アキラは自ら勃ち上がったシキの性器の上に腰を落としていった。 「っ……く、ぅ……」 指とは比べものにならない質量を体内に受け入れながら、アキラは低く苦痛の呻きを漏らす。一度シキとしたことのある行為とはいえ、身体はまだ行為に馴染んではいない。受け入れることには、それなりの苦痛が伴った。 それでも、自重で腰が沈み、シキのものはどんどん体内に侵入してくる。やがて、全てを受け入れてしまってから、アキラはほっと大きく息を吐いた。挿入の間、自分で上手く受け入れられなかったらどうしようかと、不安でいたのだ。 そんなアキラの様子に気づいていたのか、シキは「よくやったな」と囁いて、アキラの背を撫でてくれた。その優しい感触に、アキラは緊張が緩んで、くたりとシキにもたれかかる。 二人は身体をつなげたまま、しばらくじっと互いの呼吸を感じていた。行為の最中の、熱に浮かされて互いが溶け合う感覚とはまた違う、ゆっくりと穏やかに混じり合っていくような感覚がある。だが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。 少しばかり名残惜しさを感じながら、アキラは身を起こした。「動くから」と呟いて、膝で身体を支えて腰を揺らす。それに合わせるように、シキが下から突き上げ始めた。 「んっ……く、ぅ……ぁ……シキ……」 「……アキラ……っ……」 互いの腹の間で擦られたアキラのものが、とろとろと先走りを垂らす。その滴が結合部まで伝い落ちていって、抽送の度に水音を弾けさせる。アキラは最初、女のようにシキの上で腰を揺らしていることや派手な水音に羞恥を覚えた。が、すぐに行為に没頭してそれも感じなくなる。 「ぅあ、……はぁ……ぅ……」唇から堪えきれない喘ぎ声が漏れ始め、慌てて唇を噛んで押し殺した。 「唇が、切れるぞ」 すぐにシキが気づき、アキラの唇に自分のそれを重ねてくる。シキは舌でなぞってアキラの唇を開かせ、深く口内を貪った。途切れがちにアキラから零れる嬌声は、シキの口内に吸い込まれてくぐもった音になった。 体内の感じる部分を攻められ、口内を貪られ、快楽の波が一気に押し寄せる。アキラがシキの口づけに応じようと姿勢を変えたとき、勃ち上がりきった性器が互いの腹に擦れ――感覚が弾けた。 「っ……、っんんんうぅぅ……」 快感が背筋を駆け抜け、その感覚の強さに身を強ばらせながら、アキラは吐精する。後孔がぎゅっと収縮し、その刺激に促されるようにシキもアキラの体内に熱を吐き出した。 *** 翌朝、アキラは腰の痛みで目を覚ました。瞼を上げればすぐ側に、目を閉じたシキの顔がある。シキはまだ眠っているようだった。 アキラはシキを起こさないように、痛む腰を庇いながらそっと起きあがった。 ふと見ればシキも自分も何も身につけておらず、アキラは羞恥に頬が熱くなるのを感じる。裸といっても、昨夜の行為からそのままというわけではなく、身体は綺麗に拭われていた。おそらく、昨夜アキラが行為の果てに気を失ってしまった後で、シキが清めてくれたのだろう。そのことを考えると、それはそれで更にいたたまれない気がした。 アキラはベッドから起きあがった。リビングを見回してみれば、昨夜脱ぎ捨てた濡れた衣服は片づけられている。代わりに、ローテーブルの上に、前日洗濯したアキラとシキの衣服が置かれていた。 昨夜のうちに、シキが用意してくれたらしい。 衣服の中から自分の分を探して、アキラは衣服を身につけていった。腰痛を堪えながら、苦労して着替えを終える。それからアキラは、シキを起こさずにリビングを出た。と、いうのも、疲れているだろうシキをゆっくり寝かせてやりたかったのだ。 昨夜身体を清めたり濡れた衣服を片づけてくれたお返しに、朝食の用意でもしよう。だが、その前に顔を洗ってさっぱりしてこよう。 アキラが洗面所に向かおうと、玄関の前の廊下を通りかかったときだった。ピンポーンと玄関ベルの鳴る音がする。アキラはぎくりと足を止め、玄関の扉を凝視した。 まさか、別荘に来客があるとは思わなかった。しかし、よく考えてみれば、誰も来ないとは言い切れない。別荘が立ち並ぶこの界隈のこと、普通の家同士のような近所付き合いがあるとは思えないが、行き来する機会はあるのかもしれない。そうでなければ、リンが戻ってきたのかも。 ぐるぐる思い悩んだ末に、アキラは自分が出てみることにした。シキを起こすべきなのかもしれないが、できるだけ寝かせてやりたかったのだ。アキラで間に合う用事ならばアキラが聞いておけばよし、シキに出てきてもらう必要があれば起こせばいい、と思っていた。 アキラはサンダルを履いて上がり口を降り、チェーンをしたまま玄関のドアを開けた。ドアの細い隙間から見えた訪問者は、予想外の人物だった。驚きのあまり、アキラはとっさに応対の言葉を失う。 「――朝早くに失礼する。シキはおるか?」 先に口を開いたのは訪問者――シキの母方の祖父だという、昨夜のあの老人だった。 アキラは慌ててチェーンを外し、ドアを開ける。老人を玄関に迎え入れながら、しどろもどろに何とか応対した。 「えぇと、その……お待ちください。すぐに呼んで来ます」 そうして、身を翻してサンダルを脱ぎ捨て、上がり口を掛け上がろうとしたときだった。 「アキラ? 来客か?」 リビングのドアを開けて、シキが廊下へ出てくる。玄関ベルを聞いて目覚めてから着替えたらしく、ジーンズに上はシャツを羽織っただけのしどけない姿だ。シャツのボタンは留められておらず、そこからのぞく胸板や腹筋に、アキラは昨夜の光景が脳裏に浮かびそうになるのを、懸命に打ち消した。 「シキ……あの……」 戸惑い切った声でアキラが言うと、シキは足早に玄関まで歩いてきた。すぐに玄関にいる老人に気づき、顔を強ばらせる。 「お祖父様……どうしてここへ」 「貴様にチャンスを与えに来た。貴様は儂に、援助してくれと言ったな? ……儂は、後継者を探している。援助するならば、儂の後継者に出きるような人間でなければならん。貴様はあのヤクザ男の息子だが、儂の後継者になれるほどの才覚は持っていそうだ」 「では、援助は……」 「待て、早まるな。……援助はしてやろう。ただし、海外留学をしてもらう。期間は四年、場合によってはもっと長くなる。――返事はこの場で聞かせてもらおう。儂も忙しい身でな、いつまでも貴様に構っている暇はない」 「っ……」 シキは唇を噛んだ。その視線がふらふらとさまよって、最後にアキラにたどり着く。その目を見た瞬間、アキラは悟った。おそらく、シキは迷っている――留学すれば、自分と離れることになるから。 次にアキラは老人の方へ顔を向けた。老人は冷淡にも見えるほどの厳しい表情で、シキを見つめている。 ――試しているのだ、シキを。 アキラは唇を噛んだ。もっとシキと一緒にいたい、その思いは胸にある。けれど、あと二年アキラと過ごせば、その先の生涯シキは家から自由になる機会がないかもしれない。 それでいいのだろうか。しかし――。 「……答えがないな。ならば、儂はかえ、」 「待ってください!」アキラはとっさに叫んでいた。「シキは留学を希望しています。シキは行きます。だから、援助を」 「アキラ」 はっとしたように、シキがアキラを呼ぶ。振り返れば、シキはどこか傷ついたような目でアキラを見ていた。 分かっている。勝手な真似をしているのは自分だ。しかし、こうしなければ――こちらから手を離さなくては、シキは自分自身のために踏み出せない。 (――あんたは、あんたの力で行けるところまで行かなきゃならない。俺なんかに、足止めされてちゃいけない) その思いを込めて、アキラはシキの目を見つめ返す。しかし、シキは視線を合わせようとはせず、ふっと目を逸らしてしまった。 「いいだろう」老人の声で、アキラははっと我に返った。「そういうことならば、シキ、貴様を援助してやろう。留学の詳細は、また後日指示する」 邪魔をしたな、と老人はドアを開けて帰っていく。バタン、と音を立ててドアが閉まり、玄関口にはアキラとシキだけが取り残された。昨夜の言葉がなくても通じ合うような親密さとは打って変わった、重苦しくよそよそしい沈黙と共に。 2010/10/02 目次 |