アンノウン14






「――キ……ラ……。アキラ……。アキラ!」
 低く響きのいい声が呼ぶ。同時に肩を揺さぶられ、ようやく意識が浮上した。目を開ければ、完璧なほどに整った顔が間近にあった。
「……シキ……?」
 アキラはぼんやりと、目の前の男の名を呼んだ。彼――シキがなぜ自分の傍にいるのかが分からない。シキは先ほど、留学先へ旅立って行ったはずだ。自分は確かに彼の出発を見送った。となると、目の前にいるシキは夢なのか――?
「アキラ。いい加減に、目を覚ませ」
 シキはアキラの頬を抓った。言葉こそ咎めるものだが、シキの白い面には柔らかな苦笑が浮かんでいる。頬を摘む指の力も、戯れめいて弱い。
 苦笑するシキの雰囲気も表情も、学生の頃とは見違えるほど、穏やかだった。“丸くなった”という形容は、しかし、ふさわしくない気もする。シキは以前の意思の強さを、失ったわけではないだろう。そうではなく、彼は自身の激しさを包み込めるほどの“深さ”のようなものを得たようだった。“大人びて余裕が出てきた”という表現が、今のシキに近いのかもしれない。
 大人びた――。そういえば、目の前のシキは、面差しも以前より幼さが抜けたようだ……。と、そこまで考えたところで、アキラは我に返った。
「シキ!」確かめるように、大人びたシキの頬に手を触れる。「あんた、夢じゃない……」
 夢は、シキが海外へ旅立った場面の方だったのだ。
 実際には、空港での別れからは、既に九年が過ぎている。その間にシキは留学先で学問を修め、職を得た。アキラもまた、学園の高等部からシキがかつて目指していたT大へ進み、無事に卒業した。ニホンの企業へ就職して、三年目になる。お互い、もう立派な社会人だった。
「寝ぼけているのか? 仕方のない奴だ」
 シキは僅かに笑みを深くした。苦笑の形が変化して、表情に愛おしむような優しい色合いが混じる。シキの笑みに、アキラは胸を衝かれるような気分になった。
 頬に触れていたアキラの手をそっと除けて、シキは顔を近づけてきた。唇が触れ合う。シキはそれ以上、口づけを深めはしなかった。戯れのように軽くやんわりとアキラの唇をついばんで、すぐに離れる。
 おはようのキスだと分かった。
 九年――いや、シキが在学中から数えれば、実に十年の時が経っているが、アキラはいまだにシキと恋愛関係にある。時間も距離も、二人の間を裂く要素とはならなかった。シキとアキラの関係を知る少数の人間は、あまりの絆の深さに驚いたものだ。
『――遠距離恋愛なのに、心変わりが心配じゃないのか?』
 そう尋ねられたことも、一度や二度ではない。おそらく、アキラだけでなく、シキも同じ質問をされたことはあるだろう。確認してはいないが。
 そういうとき、シキがどんな風に答えるのか、アキラは知らない。アキラ自身はといえば、曖昧に笑って誤魔化すことにしている。他人に説明できることではないからだ。また、説明するための言葉が見つかったとしても、のろけの類にしかならないことは明らかなのだし。
 シキを想い続けていられるのは、自分にとって彼が唯一無二の相手だと分かっているからだ。理屈ではない。ただ、男でも女でもシキ以外の相手を選ぶことはできないし、選びたくもないと思う。もしも不幸にしてシキと別れることがあれば、その後、シキの代わりに他の誰かを愛することはないだろう。そういう風に、アキラの心の形が出来上がってしまっている。
 おそらく、シキも“そう”なのだろうという確信のようなものが、アキラにはあった。そうでなければ、彼が生命がけで自分を庇うことはなかっただろうから。
 高校生の頃、些細な勘違いと相手への遠慮から別れに至りかけた一件は、その後、かえって二人の絆を強くしていた。あの頃から、シキがアキラへ向ける愛情は変わらない。変化といえば、海外の生活を経験したために、シキの愛情表現のスキンシップが若干、多くなったくらいのものだ。問題があるとすれば、ニホンで暮らし続けているアキラにはシキのスキンシップが無性に気恥ずかしくて仕方がないときがあるくらいで――所詮は“犬も食わない”なんとやらの部類でしかなかった。
「おはよう、シキ」
 アキラは気恥ずかしさを隠して、挨拶をした。
「目が覚めたようだな。今日は平日だ。ぼんやりしていると、遅刻するぞ」
「なっ……! そうだ! それを先に言ってくれよ!」
 アキラは布団を跳ね除けた。途端、一糸まとわぬ自分の裸体が目に飛び込んでくる。「うわっ!」思わず叫んだアキラは、再び布団を引き寄せた。そういえば、昨日、シキが急に帰国してアキラが一人暮らしをしているアパートを訪ねて来たため、再会に盛り上がってそのまま行為に及んでしまったのだった。
 幸い、体内に残っているものはなさそうだった。昨夜、辛うじて残る理性で、翌日の仕事のことを考えて自分もシキもコンドームを付けていたおかげだ。とはいえ、朝の明るい日差しの下で愛撫の痕跡の残る肌をシキに見られるのは、恥ずかしかった。男同士のこと、恥ずかしがる方がかえって恥ずかしいのかもしれない。だが、それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
 シキは、長年の付き合いから、行為の翌朝には決まってアキラが肌を晒すのを嫌がることを、承知していた。「俺はダイニングにいる」そう言って彼はベッドから腰を上げ、部屋を出ていこうとする。「朝食の用意をしてある。慌てずに着替えて出て来い。身支度に時間が必要だろうと思って、少し余裕を持って起こした」
「あ、ホントだ」アキラは時計を見て、我に返った。「ありがとう、シキ」
「礼には及ばん」
 シキが寝室から出ていくと、アキラは衣類を身に着け始めた。初めは動くと腰の辺りに違和感があった。本来は受け入れるべき場所ではない部分で、他者と交わったのだ。まして、アキラがシキと抱き合える機会は、年に数えるほどしかない。前回の行為から間の空いた身体が馴れぬ負荷に訴えを寄越すのは、仕方のないことだ。
 それでも、昨夜、シキは余程アキラを気遣ってくれたようだった。身体を動かして着替えをするうちに、違和感はほどんど気にならなくなっていた。
 アキラはスラックスとワイシャツを身に着け、上着を脇に抱えて、ダイニングへ入って行った。すると、テーブルの上には朝食が並び、用意を済ませて手が空いた様子のシキが新聞を読んでいた。その光景に、アキラは安堵を覚えた。
 朝、目が覚めたときに「おはよう」と言い合える誰かがいるのは、贅沢で、幸せなことだと思う。親元を離れ、一人暮らしをしてみて初めて分かったことだ。しかし、その幸せを継続的なものにすることは――すなわち、シキと一緒に暮らすことは、望めない。少なくとも、今はまだ。
 シキはニホン国外で為すべき仕事があり、アキラはニホンに守るべき生活の糧がある。もちろん、アキラはいずれは国外のシキの傍に行くつもりだ。独身者ゆえ、その辺は身軽な身の上だった。とはいえ、今はまだ、その時期ではない。社会人としてはヒヨっ子の自分がシキの傍に行ったところで、何もできることはないからだ。
 寄り掛かりに行くのではない。シキを支え、共に歩みに行く。その術を身に着けるために、アキラはニホンの会社で働いているのだった。ニホンで就職したことは、妥協ではない。今この瞬間は、立ち止まっているのではない。シキのいる場所へ続くプロセスの途上なのだ――分かってはいても、時折、自分に言い聞かせなければ焦りに押しつぶされそうになる。
(――ホントは、毎朝、こうやってあんたの顔が見たい)
 思わず零れかけた本音を押さえ込み、アキラはダイニングテーブルに着いた。テーブルの上に並んでいるのは、トーストとサラダ、おまけにスクランブルエッグ。豪華な朝食に、思わず感嘆のため息が漏れる。もともと食に関心の薄いアキラは、普段の朝食も蔑ろにしがちだった。とても、こんな風にきちっとした朝食を毎朝用意することはできない。
 アキラは新聞をたたんで顔を上げたシキに、にやっと笑いかけた。
「美味そうだな。ありがとう、シキ。あんた、いい嫁になるよ」
「嫁はお前の方だろうに」シキが軽口に軽口で応じる。
「じゃ、あんたは旦那になるわけだ。……俺はあんたにとって、いい嫁か?」
「あぁ、この上なく」
 今度はシキが、意味有りげににやっと笑ってみせた。その表情に、シキがあえて省略したのであろう言葉を想像して、アキラは我知らず頬に血を上らせた。しかし、ここで軽口のたたき合いを降りるのは癪にも思えたので、澄ました風を装って続ける。
「そうか。なら良かった」
 すると、シキはいつも恥ずかしがり屋のアキラが取り澄ました態度を取るがおかしくなったらしかった。くくと押し殺した声を立てて笑い始める。平和な朝の光景だった。


***


 シキはひとりで朝食の後片付けをしていた。アキラは出勤時刻になったため、既に家を後にしていた。慌ただしく玄関を出て行こうとする彼から掠めるように口づけを奪ったのは、ほんの五分ほど前のことだ。
 不意打ちに耳まで赤くしながらドアを開けたアキラの後ろ姿を思い出し、シキは堪えきれずに笑みを漏らす。と、そのときだった。ジーンズのポケットで、携帯が小さく振動を始めた。シキは皿洗いの手を止め、タオルで拭って携帯を取り出した。点滅する液晶画面を見れば、直属の部下の名が表示されている。
 Helloと、シキは迷わず英語を使った。
『Hello.――“おはようございます、シキ”』
 部下も自然に英語で応じる。シキの会社は北米大陸に在るため、社内での会話は英語と決まっているのだった。
「“買収先との調整はついたのか?”」
「“はい。人事に関するこちらの要望も呑むとのことです。あなたには、本日午後に買収先のA社の本社ビルへお越しいただくことに決まりました”」
「“あぁ。最初の予定通りだな。ご苦労だった”」
「“もったいないお言葉です。……――それでは、私は本日もあなたより一足先に先方へ足を運び、調整を続けておきます”」
「“あぁ、頼む。それでは、午後に”」
「“お待ちしております”」
 部下の恭しい言葉の後に、通話は切れた。
 シキは使い終えた携帯をちょっと眺め、すぐに仕舞いはせずにボタンを操作した。画像フォルダを開き、中の画像を表示する。画面に現れたのは、アキラの写真だった。シキもアキラもさほど写真を撮りたがる性質ではないが、それでもお互いの画像だけは数点、いつも携帯に保存してある。シキが表示したのは、ごく最近の一枚だった。出会った頃よりも大人びたアキラが、穏やかな笑みを浮かべて写っている。そこから携帯を操作して、シキは次々に保存されている画像を遡って行った。画面の中で、アキラの面差しが少しずつ幼くなっていく。
 最後にたどり着いたのは、あどけない表情で眠るアキラの画像だった。初めて肌を合わせた晩に、本人には内緒で撮ったものだ。後になって思えば、無許可で撮影したのはマナーに反する行為に違いない。そんなことも思いつかなかったのは、本気で好きになった相手と初めて抱き合った後で、舞い上がっていたのだろう。今なら当時の己の心境が分かる。
 シキは画像を閉じ、携帯を握りしめた。九年――離れていた間のアキラとの記憶が、携帯の中に収まっているのだ。己たちには、それは必要な時間だった。けれど――長すぎる別離の期間でもあったと思う。
 たとえば、そろそろ一緒にいたいと願っても、悪いことはあるまい。
「……アキラ。俺が今からすることを、お前は怒るだろうか? それとも――」
 喜んで、くれるか。


***


 アキラが出社したとき、まだ就業時刻前だというのに、オフィスにはどこか落ち着かない雰囲気が漂っていた。
「おはようございます。……何かあったんですか?」
 尋ねると、隣の席の先輩社員は目を丸くした。
「誰からも噂を聞かなかったのか?」
「はぁ……。土日は旧友が来ていて、少々取り込んでいたもので。今日、ここへ入って来るまでにも、特に何も……」アキラは正直に答えた。
「大事件だぞ。ほら、この間ウチを買収した北米大陸の企業があっただろ? あそこの代表取締役が、今日の午後、ウチに来るんだそうだ」
「そうなんですか」
 アキラの勤める会社は、ニホン国内でも比較的古くからあるA社という商社だった。伝統はあるが、同時に、社の体質も保守的である。もちろん、歴史ある企業が、必ずしも前時代的とは言えないだろう。しかし、残念なことにA会社に関しては、両者はイコールだった。
 後進的な企業体質のために、A社は現代の市場の在り方とのずれを是正することができていない。そのままずるずると経営改革を行わずに来て、業績も徐々に悪化の道を辿っていた。そんな最中のことだ。海外の企業から買収を吹っ掛けられた。しかし、A社の経営状況では、買収に抗うことはできなさそうだった。
 先方が提示した条件は、 1.買収後も企業名は変更しない2.経営陣も現在のまま3.ただし、人事交流として管理職以下の従業員を若干名交換する というものだった。一見、買収側には何のメリットもなさそうな――むしろ、買収されるA社に有利な条件だといえる。
 この奇妙な条件は、しかし、ある意味では理に適うものだった。買収側企業は、北米大陸で設立されてまだ日が浅く、海外進出の実績もなかった。彼らはニホンの伝統あるA社を買収して、ニホン進出の足掛かりにしようとしているのだろう――というのが、A社の経営陣以下の見解だった。
 買収を受けたところで、実害はあるまい。A社の経営陣はそう結論して、最終的に、買収を受けいれた。
 この買収騒動の経緯は、一応、管理職以下の従業員には知らされていない。一介の平社員に過ぎないアキラがそれを知っているのは、秘書室のような役割を果たす社長直属の『企画調整課』という部署に属しているからだった。『企画調整課』にいれば、経営陣の動向など嫌でも伝わってくるものだ。
「先方の代表取締役が来るのは、昼過ぎらしい」
「へぇ……」
「おい、お前、気のない返事だな。あそこの代表取締役といえば、謎の東洋系だって噂じゃないか。マスコミなんかの前には、まだ姿を見せたことない正体不明の人物。実はすごい美人だって話もあるんだぜ。気にならないか?」
 先輩社員に力説されて、アキラは首を傾げた。美人だから気になるかと言われれば、実は全く気にならなかった。特に、一晩シキの顔を間近で見続けた後なのだ。美しい容貌に対する耐性が出来上がってしまっている。けれど、まぁ――。
「先方の代表取締役が来るということは、我が社の経営について何か指示を出すつもりなのでしょう。我が社に影響を与える人物として、気になるといえば気になりますが……」
「かーっ。お前は真面目だねぇ」
 先輩社員は嘆くように言い、前を向いてしまった。アキラも椅子に座り直し、自分のPCの電源を入れようとする。と、そのときだった。『企画調整課』の課長がアキラを呼んだ。
「ちょっと来てくれ」と招かれて、廊下の十メートルほど先にある小さな会議室に連れて行かれる。
「始業時間前に悪いな」課長が謝る。
「いえ。急いですることはありませんでしたから。それで、ご用というのは?」アキラは尋ねた。
「お前、今日、ウチを買収した企業の代表取締役が来るっているのは、もう聞いてるか? 実は、買収条件にあった人事交流でな、うちの『企画調整課』からも一人出すことになった。秘書的業務が可能な若手社員を一名、というのが先方の細かい条件の中に入ってたんだ。そこで、お前に行ってもらうことに決まった。――他の課から出向する人間は、あくまで数年単位の研修で海外企業の業務を学び、ウチの業務に生かすために送り出される。だが、お前は、おそらく先方の代表取締役のニホンでの秘書として扱われ、我が社には戻れんかもしれん。……脅しておいて申し訳ないが……それでも、行ってくれるか?」
「――……はい」アキラは少し考えただけで、頭を縦に振った。
 課長は「行ってくれるか?」と尋ねてくれているが、結局のところ、アキラの出向は社命なのだ。断ることはできない。それに、とアキラは思う。もし美形だとかいう代表取締役に従いて企業の本籍地である北米大陸に渡ることができれば、シキともっと頻繁に遭うこともできるだろう。――突然の異動が衝撃的で、そんな風に『よかったこと』を探さなくては、落ち着いていられなさそうだった。
 やがて始業のベルが鳴り、アキラはオフィスの自分の机に戻った。夢中で仕事を片付けているうちに時間は過ぎていった。やがて夕方になり、アキラは再び課長に呼ばれた。「お前の異動の辞令交付は明日だが、その前に代表取締役がお前と顔を合わせて置きたいとおっしゃっているそうだ」耳打ちされ、オフィスから送り出される。
 アキラはエレベーターを使って、役員室のあるフロアへ向かった。オフィスフロアより高そうな絨毯の敷き詰められた廊下を進み、役員室へ向かう。部屋の前には金髪碧眼の若い男が立っていた。明らかに、A社を買収した側の企業の社員だろう。男はアキラを見ると、所属と氏名を確認してから役員室の扉を開けた。
 中に声を掛けてから――おそらく英語だった――アキラを部屋の中へ招き入れる。男自身は中に入らないまま、扉は閉ざされてしまった。
 アキラはぎこちない動きで、部屋の中へ向き直った。目の前には、美形だとか噂の代表取締役がいるはずだった。これから上司になる相手なのだから、何か話さなければと思うが、緊張して何も思いつかない。そもそも、話好きの性格ではないのだから、これは仕方のないことだった。
 件の代表取締役は、何も声を掛けて来ない。だんまりなアキラに気を悪くしたのだろうか? おそるおそる、アキラは俯かせていた顔を上げた。途端、目に入ってきたのは、見覚えのある顔だった。
「シキ……」アキラは呆然と呟いた。
 役員室のソファに身を沈めているのは、今朝、自宅の玄関で別れたばかりのシキだった。白い秀麗な面、強い意思の光を宿す紅い目――間違いない。シキは面白そうな笑みを浮かべながら、黙ってアキラを見つめていた。こちらの驚きを楽しんでいるかのような態度だった。
「シキ……どうして……。まさか、ウチを買収した企業の代表取締役って……」
「あぁ。俺だ。お前の会社を買収したのは、俺が設立した企業だからな。企業戦略上、ニホンの商社を買収して、この国に進出する必要があった。だが、この会社を選んだ理由の一つは、お前が属していたからだというのも、否定はしない」そこで、シキはふっと笑みを柔らかくした。「俺たちは、長い間、離れて耐えて過ごした。もうそろそろ、共にいたいと願っても、罰は当たらんだろう?」
「いや……。そりゃ、俺だってあんたの傍にいたいけど……でも、だからって企業買収とか……スケールが違いすぎるだろ。……っていうか、何で今朝、教えてくれなかったんだよ」アキラは呆然と言った。
「お前を驚かせたかったのでな」シキはしれっと答える。次いで、アキラに楽しげな色を宿した紅い目を向けた。「……お前を我が社に出向させる話だが。恋人だからと言って手加減はせん。俺はまだ上を目指している。お前にも秘書として、どんどん働いてもらうから、そのつもりでいろ」
「俺は、恋人だからなんて、庇われたくない。望むところだ」
 アキラの答えを聞いて、シキは嬉しそうに笑った。高校時代、アキラが難解な問題を解く度に見せたのと変わらぬ笑み。そのまま、シキは高らかに宣言した。

「アキラ。明日から、お前の上司はこの俺だ」





End.
2011/11/27

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