11.



 連れて行かれた先は、アパートの廃墟だった。私が初めてこの時代で目覚めたあのアパートである。
 シキは私の手を引いて、あのときと同じ部屋へと向かった。金属製の扉を開けて私を室内へと押し込み、シキ自身も続いて入ってくる。何の気遣いもなく押し込まれたものだから、私はみっともなく姿勢を崩して、埃の積もった床の上に転倒した。その拍子に手にしたトランクも床に衝突し、内部でガチャリとひび割れた音が立つ。中身が壊れたのではないかと気になってトランクを開けようとすると、後から来たシキが私を押しのけてトランクを蹴り飛ばした。
 ザザザと床を滑ったトランクは、クローゼットの扉にぶつかって停止する。
 そのあまりに乱暴な扱いに一瞬あ然とした後で、私は身体ごと向き直ってシキを見上げた。
 「あんな扱い方をして、中身は大丈夫なんですか?」
 「お前は知る必要のないことだ」
 冷然と言い放ったシキはそこで唐突に屈み、先程から床に座り込んだままの私の顔をのぞき込んだ。苛烈な光を湛えた赤い瞳が、思いの外近くでこちらを見下ろしている。


 「お前に話があると言った」
 「はい」その言葉は確かに覚えている、と示すようにはっきりと頷いてみせる。
 「あの場に居合わせた紫の瞳の男について、お前は何を知っている?あの男は、お前を“同胞”と呼んだが」
 「分かりません。俺は何も知らない。俺には――“ ”にはこの時代の知人なんてこの数日トシマで会った人間しかいない。あの男について知っていることなんて何もありません」
 「お前が何者であるかなど関係ない。あの男がお前を“同胞”と呼ぶ理由を言え」
 不意にシキは私の肩を掴み、床に押し付けた。そのまま仰向けになった私の上に乗り上げてくるので、私はどうにも身動きが取れなくなる。これでは、まるで脅しだ。
 そんな無茶苦茶な――あっという間に押さえ込まれながら、私は呑気にそんなことを思った。意識だけのタイムスリップを主張するこちらも大概無茶だが、こちらの事情を了解しながらも無いはずの情報を引き出そうとするシキもかなりの無茶である。
 「お前が知らないなら、お前の中にいるモノか?どちらでも構わん、あの男との関係を話せ」
 シキはいつケイジの存在を知ったのだろう?不思議に思いながら、私はケイジに尋ねてみたが返答はなかった。答える気がないのか、現在彼の意識が眠っているのか。私は呼びかけを諦めて、シキを見上げた。
 「本当に、俺は何も知りません。ケイジからも何も聞いてない」
 「お前は勘違いしているようだな。これは質問ではなく尋問だ。お前が知らないのならば、お前の中にいるモノから聞き出せ」
 「俺はあなたと話をしているだけです。自分の知る範囲のことなら、隠さずにあなたに話す。それは自分自身の意思でそうしたいと思うからで、ケイジに強制することはできない」
 知りたいことがあるなら、シキは直接ケイジを説得しなければならない。たとえ同じ身体の中に在ったとしても、私とケイジは別の意思を持つ別の人間だ。決してそれをこちらの都合で蔑ろにするわけにはいかないのだ、と私はシキに告げながら真上にある瞳をしっかりと見つめた。
 相変わらず、苛烈な光を湛えるシキの目。以前部屋で目覚めたとき、この目を見つめることにひどく躊躇いを覚えたことはまだ記憶に新しい。あのときは早く逸らしてしまいたいと思ったはずなのに、今はそんな風には思わなかった。

 トシマのレアモンスター、通り魔、殺人鬼…或いは、無敗の<王>。
 皆が彼を人間ではなく化け物のように言う。
 けれど、私はそうではなくて彼も人なのだと思うから、目を見て話す。受け入れられないことはできないと告げる。――否、同じ人だと思うからではなくて、同じ人だと確かめたいからそうしている。
 目を逸らすよりも、見つめて確証を見つけ出したいと、必死なほどに願っている。

 「あくまでも我を張る気か。話す気がないというのなら、口を割らせるまでだ」
 しばらく視線を合わせていたシキは、不意にそう言って左手は肩を押さえつけたままに、右手を私の咽喉にかけた。あてがわれた指にゆっくりと力が加わり始める。まだ呼吸は十分にできるけれど、その圧迫感がどうにも私の中の恐怖を煽った。
 殺されるかもしれない、と思う。
 けれど、殺されることはない、と自分の中の願いを掻き集める。
 「どうした?早くしないと答えられなくなるぞ」
 「知らない…ものは、言えなっ…」
 じりじりと咽喉を締め上げる力が増していく。同時に自分の中で恐怖が嵩を増していくのが分かる。それでも、私は身体を強張らせたものの抵抗はしなかった。そうすることで、あなたを恐れてはいないのだと伝えたい。
 なるほど、自分勝手な要求はお互い様か、と私は苦痛と息苦しさで白く霞み始めた思考の中で思ってふと笑う――笑おうとしたような気がする。

 と、不意に咽喉から圧迫感が消えた。
 堰き止められていた空気がどっと流れ込んできて、堪え切れずに激しく咳き込む。苦しくて、咳き込みながらのたうち回った。そして、ようやく呼吸が落ち着いたところで、いつの間にかシキが私の上から退いていたことに気付く。
 恐る恐る顔を上げると、シキは私の前に立ってこちらを見下ろしていた。
 「コレが、俺を殺すだと?殺されかけても碌な抵抗もできないコレが?――あの男…一体どういうつもりだ」独り言のように呟いてから、シキは声と眼差しに威圧を加えてこちらへ投げて寄越す。「しばらく時間をやろう。その間にお前の中にいるモノから聞き出せ」
 「俺は俺の意思で、ケイジはケイジの意思で動きます。俺は無理強いはしない」緩く首を横に振りながら答える。
 「…そう思うのなら、好きにするがいい」
 あっさりと応じると、シキはそのまま踵を返して別室へ行ってしまう。そんな風にあっさりと放り出されるとどう反応していいのか分からず、私は座り込んだままシキの入っていった部屋の戸口を見ることしかできなかった。この後暴力で口を割らされるのなら今逃げ出すべきなのかもしれない。けれど、シキ相手に逃げ切れるとは思えないし、逃げる気もなかった。…実は、私は少し意地になっている。


 5分と経たないうちに戻ってきたシキは、いきなり私の左腕を掴むとベッドの方へ引き摺って行った。「うわっ…5分も経ってないのにこれは反則…!」そう抗議するのにも構わず、シキは私をベッドに投げ出す。その直後にガチャンと金属音がして、見れば私の左手首にはドラマで見るような手錠が掛けられていた。手錠のもう一方の端は、簡素なパイプベッドのフレームに繋がれている。
 「これは…」一体どこで入手したものか…って、そうではなくて。「どうしてこんなことを?」
 「理由が知りたいか?己を脅かす者が目を離せば人は逃げるものだ、普通の感覚ではな」
 「?目を離すって?」今から尋問(というより拷問かもしれないが)を再開するのではないのか。
 「俺が出掛けている間に、お前の中のモノからあの男のことを聞き出しておけ」
 どうやら今から痛めつけれられるわけではないらしい。思わずほっと身体の力を抜くと、シキはここに来て初めて面白そうに笑った。「勘違いするな。いくら何でも時間を与えると言って5分で終わりな筈はないだろう」
 こんな風に恐ろしいだけではない何かをシキは時折見せるから、その何かを見定めたくなる。離れていれば姿を見たいと思うし、顔を見れば嬉しくなる。傍にいると、恐れながらも安堵してしまう。殺されかけたとしても、私がこの時代で最初に助けられた相手はシキであるから、どうしたって憎もうとは思えないのだ。
 もしも、シキが時折見せる何かを見定めたとして、それが私にとって一体何になるというのか――複雑な気分でそう思っているうちに、シキは一瞬の笑みを消してまた無表情に戻っていた。
 「無理に聞き出すのは嫌だと言ったな。あくまでその意思を貫くのはお前の勝手だ…だが、そうすると、お前は力を持たない者が我を張るための高い代償を支払うことになる」
 脅しというには単調な声音で言って、シキはベッドの傍を離れた。クローゼットの前に転がっているトランクを拾い上げてそのまま出て行こうとする。

 “なぁ、あんたもラインを使ってるから強いんだろ?”

 猛の言葉が頭の中で浮かび上がってきて、私は思わずシキの背に声を投げる。「待ってくださいっ」繋がれたことを忘れて思わず駆け寄ろうとしたが、ベッドを降りたところで手首の手錠が邪魔をして、それ以上は進むことができなかった。
 「俺もあなたに聞くことがある。その中身はラインなのでしょう?それをどうするつもりですか?…まさか、自分に使ったりは」
 「俺はこんなものは使わない。所詮は偽りの力にすぎないこんなものを欲するのは、弱者だけだ」
 振り返り、ひどく忌まわしそうにシキは吐き捨てる。その言葉と表情を、どこかで見たことがあるような気がした。あれは、確かトシマに行った当初に“Meal Of Duty”で、ラインの話を聞いたときで――「リン…」そう、そのときリンが同じような表情で、同じような言い方をしたのだった。「リンと同じことを言う…」思わず呟くと、
 「お前はアレと知り合いなのか…」シキが眉をひそめる。
 「え?あなたはリンを知っているんですか?」
 驚いて尋ねるが、シキは何も答えずにこちらへ背を向けた。もう答える気がないということなのだろう。代わりのように、彼は背中越しに言葉を投げて寄越した。

 「――今、お前の生命は俺の手の中にある。俺が留守の間によく考えておくことだな…大人しく従うか、己を貫いてその代償を支払うかを」


 真っ直ぐに伸びた背中と規則正しい足音が、私が更に何か言おうとするのを拒んでいる。
 部屋の金属製の扉の閉じる音と共にその場に残された私は、溜め息と共に埃っぽいベッドに乱暴に腰を下ろした。手錠の嵌められた手首を持ち上げて、ガチャガチャと鎖を引っぱってみるが、当然外れる様子もない。

 こんなものなんか、なくとも。

 繋がれなくても、待てと言うなら待つのに、何故繋がれなくてはならないのか。
 信用されていないようなのが何だか妙に悔しくなって、私はシキが出て行った戸口を睨んだ。


***


 ――もう10年以上も前の夢を見た。
 季節は夏で、両親と妹と共にプールへ遊びに行く。私は小学生で、妹はまだ幼稚園に通っている頃だ。子ども用の浅いプールで遊ぶ私たちを置いて、父母は大人用のプールへ泳ぎに行く。
 しばらくして、遊び飽きた私たちは2人で両親を探し始めた。
 大人用のプールは混んでいて、私たちはプールサイドを歩いて探すものの中々見つけることができない。そうするうちに、元々大人用のプールに入りたがる傾向のあった妹は勝手にプールに入っていってしまった。それは目を離した一瞬の出来事で、水に入った妹は既に数メートルの距離を泳いでいる。
 泳いでいられるうちはまだいい。けれど、止まれば足がつかずに溺れてしまう――。
 咄嗟に自分も足がつかないそのプールへ入って、私は妹の後を追った。この頃の私は実は泳ぎが全く駄目だったので、当然足のつかない水中を歩くことになる。追いかけ、追いつき、妹を抱きかかえて溺れるように歩く。そうして、プールサイドが目の前に迫り、
 (良かった…)
 安堵したところで目が覚めた。


 『――あんた実は馬鹿だろ』眠りから覚めて目を開けるよりも先に、そんな声が聞こえる。『自分で助けずに周りの大人に言えよ。妹どころか2人とも危ないだろ』
 「んん…そんなこと言ってもあのときはそうしたんだから…――!?」
 今更どうしようもない、と言いかけて飛び起きる。その動きで左腕の手錠を引っ張ってしまい、思い切り手首の皮膚を擦ることになって私は声もなく苦痛に顔をしかめた。それから、恐る恐る手錠を嵌めた方の手を下ろし、右手で赤く腫れたその部分をそっと撫でる。
 (どうして私の見た夢が分かるの)
 まさか、私とケイジの意識が融合しかけているのでは。昨日ケイジの感情が流れ込んできた出来事もあったので、現実には在りえないことだと思いつつも不安になる。
 『あんたの意識がないときは、身体の支配権が曖昧になる。上手くすれば表に出て逃げ出すことができるかと思ってあんたと入れ替わりかけたが、失敗したみたいだ。代わりにあんたの夢がこっちにまで見えた。…それにしても、あんた呑気だな。監禁されて眠ってるなんて』
 (出来ることはしたもの。それでも動けないし、外は雨で薄暗いし、ちょうどここはベッドだし、もう昼寝するしかないでしょう)
 私は手首に触れながら言った。手錠に擦れた手首の腫れは、2度3度うっかり手錠を引っ張ったからそうなったわけではない。ひとり取り残されてから手錠を外そうと試みた(そして無理だった)結果なのだ。

 それにしても、シキはいつ戻ってくるのだろう。
 私にはあとどれだけ時間が与えられているのだろう。

 助かるために、ケイジから聞き出すなり出鱈目を言うなりすべきなのかもしれない。けれど、そんなことはしたくない。――意地を張っていたのが冷静になると、次第に迷いが生まれてくる。そんな自分を情けなく思いながら、私はベッドの脇にある窓から厚い雲に覆われた空を見上げる。太陽がないので時間は分からないが、少しずつ薄暗くなり始めているから夜が近いのかもしれない。
 『することならあるだろう。逃げるのが無理でも、俺とあの男――nとのことを聞き出すとか』
 (ケイジが言いたくないなら聞かない)内心迷っていたけれど、私はそう返事をした。自分の意思を貫くことができたらいいのに、と思いながら。(シキにも言ったけど、私がシキに従ってここまで来たのは、私がそうしたいと思ったから。ついてきた責任は私にあるんだから、ケイジは話したくないなら黙っていればいい。シキは、私に命じるんじゃなくて、あなたが話したくなるように説得するべきだよ)
 『それは道理かもしれないけど、シキに通じるわけがないだろ』
 (それでも、シキは話して通じる人だと思いたい)
 『思いたいのは勝手だけど、現実はそうじゃない。とにかく、このまま俺が黙っていたとして、痛めつけられて痛みを感じるのはあんただぞ?――どうして、何の関係もない俺を庇おうとする』
 (関係がない?そんなことない。ケイジは身体を貸してくれてる恩人で…友達くらいには親しいと私は思ってる。もし代わりに痛い目に遭うことになっても、それで理由は十分だよ)
 正義感ではない。義務感、もしくは責任感。
 私だって痛い目に遭うのは嫌だ。けれど、シキの容赦はあまり期待できなくて、どうなるのか恐ろしかったとしても、ケイジの意思を蔑ろにするわけにはいかない。シキに嘘をつきたくもない。そんな自分の気持ちを一旦曲げたら、もう前を向いていることができなくなりそうだから、敢えて怖くないと意地を張る。

 『あんた、昔からそうなんだな。夢の中の子どものときと変わってない』

 ふとケイジは溜め息みたいな笑い声を上げた。
 『あんた変なところ生真面目で、説教臭くて、いかにも兄弟の一番上って感じだと思ってたら、本当に妹がいるとはな。――トシマに馴染んだ今でも家に帰りたいだろ?』
 (え?えぇ、それは勿論。生活するのはどこでもいいけど、家族に会えないのは嫌だもの)
 『いい年齢して親離れも済んでない上に、シスコンか。最悪だな』
 (私はそこまでは病んでないよ。ちょっと身内大好きなだけ)
 『一般的にあんたの年齢でそれは変だ』
 ケイジは中々酷いことを言ってくれるが、その声は悪意なく笑っている。
 いつの間にかじゃれあうような言い合いを続けていると、遠くで微かに靴音が聞こえて私たちは黙った。カツカツカツと規則正しい音が近付いてきて、不意に止まる。そして、金属の扉が軋みながら開く音がした。


***


 帰ってきた。

 私はベッドに腰掛けたまま姿勢を正し、顔を上げた。恐ろしいような、けれど待っていたような奇妙な緊張感がある。子どもの頃、親に知られると予想しながらに悪戯をして、その叱責を待っているときのようだと思った。
 見守っていた薄暗い戸口に、影よりも更に黒いシルエットが現れる。
 「おかえりなさい」
 自分を落ち着かせようとごく当たり前の言葉を掛けると、部屋へ入ってきたシキは一旦足を止めて眉をひそめた。この場に不似合いなほど日常的な挨拶に違和感を覚えたのかもしれないが、何も言わずに刀を入り口付近の壁に立てかけてこちらへ歩いてくる。その際にあの黒いとランクを持っていないこと、更にシキにラインを服用したような兆候がないことを見て取って、私は密かにほっとした。
 ベッドの傍まで来たシキは、私の左手首の手錠とその上にあって擦り傷を庇い手錠を押さえている右手を見下ろした。「一人遊びは楽しかったか?退屈はしなかったようだな」冷笑を刻んだ唇が嘲笑するのは、きっと手錠を外そうとした私の足掻きなのだろう。
 違う、と言いたかった。逃げようとしたわけじゃない。逃げるつもりもないのに繋がれるのは、信じてもらえないみたいで嫌だっただけで。
 けれど、私とシキはただ顔を知るだけの知人で、シキには私を信じる根拠も必要もどこにもない。私が信じてもらえないこと嫌だと思う不満に正当性はない。そう気付いてしまったら、何も言えなくなった。


 「時間は与えた。一人遊びする余裕があったのだから、当然俺が命じたことは済んでいるはずだな?nのことを話せ」
 「俺は、何一つ知らない」
 「あくまで我を通すか」シキはすっと右手を伸ばして、優しげともいえる仕草で私の頬に触れる。身を屈めて顔を近づけてくると、僅かに彼に纏わりつく雨の匂いが漂ってくる。「…ならば、我を通す代償を払うがいい」
 それは、音程と温度を下げた声が耳に届いた一瞬のことだった。驚き、抵抗する間すらない。
 あっという間にシキは私の肩を掴んでベッドに押し付け、腰の上に乗り上げる。身動きの取れなくなった状態で皮手袋を嵌めたままの手が今朝と同じように咽喉にあてがわれ、私はギクリと身体を強張らせた。
 もう一度あの苦しさを――もしかすると、あの更に上を行く苦しみを経験するのかと思うと、一気に恐怖が膨れ上がる。意地を通すのだという決意を翻して逃げ出したくてしかたがないのを、唇を噛んで抑えた。
 「待てるのは、今だけだ。――口を利けなくなってから話したいと思っても知らんぞ」
 「ケイジが、話さないなら…俺は何も…っ」
 ぐっと一気に咽喉に掛けられた手に力が加わった。息苦しさと苦痛で自由に動かせる手が勝手に宙を掻く。左手の動きにつれて手錠がガチャガチャと音を立てて引っ張られて、手首の皮膚に擦り傷を作るが、その程度の痛みは最早感じられなかった。
 苦しさと恐怖で涙が溢れてくる。
 意識が霞む――。








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