ジョーカー2
女性絡みの性描写注意。
*シキ×アキラで口淫描写、アキラ×女性で前戯・挿入描写あり。






 シキについて部屋に入っていくと、窓際の椅子に一人の女が座っていた。女はこちらに気づくと立ち上がり、すっと深く一礼する。アキラはその姿に思わず見入っていた。
 女はおそらく高級娼婦なのだろが、アキラの娼婦のイメージとはかなり違っていた。女は品のいい大人しげな衣装を着、化粧もさほど派手ではない。決して醜いわけではないが、絶世の美女というわけでもない大人しげな顔立ちをしている。
 こういう女がシキの好みなのだろうか。アキラには想像もつかない。しかし、女の大人しげな態度や聡明そうな眼差しを見るに、ある点では彼女はシキの好みそうなタイプだという気がした。姿顔立ちはどうであれ、少なくともシキは煩い人間や愚かな人間は好まない。
 女は顔を上げると、アキラの方へ不思議そうな眼差しを向けた。それに気づいたシキが、アキラのことを部下だと女に紹介する。すると、女は情事の場に現れたアキラに動揺する様子もなく、改めてアキラに一礼した。
「初めまして。いつも中佐にはご贔屓にしていただいております」
「あ、いえ……ええと……こちらこそ、うちの中佐がお世話になっています」
 アキラはしどろもどろに挨拶を返す。シキが贔屓にしている娼婦に挨拶されても、アキラにはどう返していいか分からないのだ。すると、その返事が可笑しかったのか、女は眼に面白そうな色を浮かべた。しかし、声を出して笑うことはせず、シキへ顔を向けて尋ねる。
「今日は、このお方もご一緒なさいますか?」
「あぁ。今回は、俺はいい。アキラを頼む」
「畏まりました」
 目的語のない二人の会話に、アキラは俄かに混乱する。二人はアキラに関係することを話しているはずなのだが、何がどうなるのか一向に分からない。そのことが妙に不安を掻き立てる。
「中佐……いったいどういうことなんです? 俺には何の話だかさっぱり……」
「今日はお前が彼女を抱く。そういうことだ」
「そういうことって……!」
 自分が娼婦を抱く。
 てっきりシキと娼婦の行為を見せつけられるものとばかり思っていたアキラは、予想外の展開にいっそう混乱する。どう反応していいのか分からない。
 アキラは、今、娼婦を目の前にしても抱きたいという気は起こらない。しかし、(たとえ初めてだとしても)女を抱くことについて嫌だなどと大袈裟に騒ぎ立てるのは、男として恥ずかしいことだ。
 おそらく抱こうと思えば、初めてだがちゃんと抱くことはできるだろう。何食わぬ顔で据え膳を食ってしまえば、アキラの体面は守られる。だが、愛していない女を金で買っていいようにする、という行為はアキラには受け入れられるものではない。
 そんなことは、女性に失礼だ。
「中佐、冗談はお止め下さい」
「冗談など言うものか。……それとも、女が怖いか?」
「からかわないで下さい。俺は、女を金でいいようにするのは好かないだけです」
「青いな」
 シキは薄く笑った。その笑みの艶やかさに、束の間目を奪われる。
 と、次の瞬間アキラはシキに手を掴まれ、ベッドへと引き倒されていた。あっと思う間すらなく、シキが身体の上に乗り上げてくる。すぐにアキラは動けなくなってしまった。
「中佐!」
 アキラが抗議の声を上げるのも笑って受け流し、シキは顔を近づけてくる。二人の距離は見る間に縮まり――やがて、唇が触れ合う。
 トシマ以来初めての、シキとは二度目の口づけだ。そう思った途端、腹の底から興奮がこみ上げて身体がかっと熱くなる。そうするうちにもシキの舌が口内に侵入してきて、舌先を絡め取られる。吐息までも奪うほど貪られる。その感覚だけで、頭が痺れるような快楽を感じた。
 抵抗したのは初めのうちだけで、いつしかアキラは自分から舌を絡め、シキの口づけに応じ始めていた。同じ部屋にいる女のことなど、束の間意識から消え去っていた。やがて、シキが顔を離しても、アキラはしばらくベッドの上に寝転がって息を弾ませていた。口づけの余韻の甘さに酔ってしまって、動くことができなかったのだ。
 アキラは口づけの後に続く行為を予想して、無意識に身体を緊張させた。
 しかし、シキはそれ以上アキラに触れようとはせず、唐突にベッドを下りてしまう。驚いてアキラはベッドの上で起きあがった。すると。
「後は頼む」と、シキは女に向かって言った。
「分かりました」
 女は戸惑う素振りなど全く見せずに頷き、その場で着ていた衣装を身体から滑り落とした。更に身につけていた下着も脱いで全裸になり、ベッドへ上がってくる。
 あまりの急展開に、アキラは慌ててベッドの上で後ずさそうとした。が、それではあまりに男として情けない。そう考えてやっとのことで思いとどまった。
 そんなアキラの様子を見てどう思ったのか、女はアキラの傍に座ると改まった調子で「よろしくお願いします」と言った。それで思わずアキラも「こちらこそ、よろしくお願いします」と、緊張した声音で返す。
「そう緊張なさらないで下さい」女は無表情のままそう言い、アキラの手を取った。そして、自分の乳房へと導く。「あなたの思うようになさればいいのです」
 初めて触れる暖かさと弾力性、男のものとはちがうその感覚にかっと顔に血が集まる。どうしていいのか分からず、アキラは辺りを見回してシキを探した。シキは先ほど女が座っていた窓際の椅子に腰を下ろし、ベッドの上のアキラと女を見つめている。その面白がるような表情を見た瞬間、アキラは俄かに反発心のようなものを感じた。
 ここでもし怯んでしまって女を抱けなければ、アキラの男としてのプライドが立たないだけではない。ことの成り行きを面白がっているシキを楽しませることになる。トシマではあれほど自分に執着した癖に、今は簡単に女を与えようとしているシキの身勝手を、アキラは許すことができなかった。何としても、こんな身勝手なシキを楽しませてやるものか――。
 アキラはシキを視界から閉め出し、女へと向き直った。上着とシャツを脱ぎ、女へと身を寄せる。おずおずと女をベッドに押し倒して肌の滑らかな首筋に顔を埋めると、香水とは違う女らしい肌の甘い匂いが嗅覚に触れる。途端に、決して女を欲していたわけではないのに、理性に反して貪りたいという衝動がこみ上げてくるのが分かった。
 衝動に衝き動かされるままに、アキラは女の肌の上に唇を押しつけた。夢中になって指先や舌で皮膚の上を辿る。といってもどうしていいのか勝手が分からず、アキラの愛撫の手はいつしか自分がシキにされた行為を真似るような手つきになっていた。
 愛撫の手は女の肌の上を滑り降り、熱く潤んだ箇所へ辿り着いた。おずずとそこをまさぐれば、女は表情を変えないまま、それでも熱を帯びた吐息を漏らす。女は愛撫に応じながら差し伸べた手でアキラに触れ、アキラの中に息づく熱を煽ろうとする。急速に熱が高まり、それを解放したい欲求がこみ上げる。しかし、受け入れる側の苦痛を知るアキラは念入りに、慎重すぎるほど慎重に愛撫した。
 しばらくすると女はアキラの肩をそっと押し、愛撫の手を止めさせた。
「……もう、大丈夫です……あなたももう欲しがっているんですもの……これ以上念入りにする必要は、ありません」
「だけど……」
「大丈夫……女の身体は、受け入れるようにできていますから」
 その女の言葉からは、アキラが男同士の行為を経験していることを察している様子が伝わってきた。それもそうだろう。先ほどのシキと自分の口づけの様子を見られたのだ、彼女が気づいてもおかしくない。
 アキラは恥ずかしくなって、俯きながら頷く。すると、女はアキラの下からするりと抜け出した。「少し待っていて下さい」そう言ってベッドを降りようとする。そのとき、シキが女に向かって何かを投げた。
「これを使え」
「……ありがとうございます」
 女はシキが投げた小さなパッケージを受け取り、礼を言った。アキラが興味を引かれてのぞき込むと、パッケージの正体はコンドームだった思わず。アキラは気まずさと恥ずかしさで身を強ばらせたが、女は平然としてアキラへ顔を向けた。
「私が準備いたします……どうぞ、楽にしていらして」
 言うなり女はアキラのスラックスに手を掛け、ジッパーを下ろして前を寛げた。そうしてためらいのない手つきでアキラの性器を取り出す。既に反応して芯を持ったそこに、女は身を屈めて顔を埋めた。
 アキラが驚きぎょっとする間にも、女はそこを口に含んで舌と咽喉で刺激する。初めてのその感覚に、アキラの性器はじきに硬度を増して勃ち上がった。
 もう十分だと女は判断したのか身体を起こし、馴れた手つきでそこにコンドームを装着した。そうしてそっとアキラの肩を押してベッドに横たえると、アキラの上に身を乗り上げてくる。
 女に全てを見下ろされる姿勢に、アキラは改めて羞恥を感じた。先ほどの愛撫でアキラの性器は、自分でも恥ずかしくなるほどに張りつめている。女はそこを受け入れる箇所にあてがって、ゆっくりと腰を落としていく。温かく柔らかで潤んだ箇所に飲み込まれていく感覚に、アキラは思わず喘ぐような吐息を零した。女がアキラの上で腰を揺らめかせれば、シキに抱かれて知ったのとはまた違う快楽が腰に広がっていく。情けないことに、油断すれば抱かれているような喘ぎ声が零れそうだった。
 行為から意識を逸らそうとして、アキラは部屋のあちこちに視線を投げた。そのとき視界の端にシキが見えて、思わず、
「はっ……中、佐……っ……」
 助けを求めるかのように名を呼んでしまう。すると、椅子に座ってベッドの上の行為を観賞しているばかりだったシキが、立ち上がって歩いてきた。
「どうだ? 初めて味わう快楽は」
 顔をのぞき込んで愉しげに問うシキに、アキラは頭の片隅がすっと冷えていくのを感じた。再びシキに対する怒りと苛立ちがこみ上げてくる。自分だけただ情けなく喘がされてたまるものかと思い、アキラはシキへと手を伸ばした。
「っ……中佐……」
「どうした」
 シキは面白がる笑みを浮かべたまま、アキラの求めに応じてベッドの上に乗り上げてくる。アキラはシキのベルトを外そうと試みたが、仰向けになっている状態で上手く金具を外せない。すると、シキは自らベルトの金具を外した。
「どうするつもりだ、アキラ?」
「もっと、こっちへ……」
 アキラは顔の真横まで来たシキのスラックスの前を寛げ、性器を取り出した。まだ反応していないそこに、唇を寄せる。もたもたしていては自分が先に女にイかされてしまう恐れがあって、アキラは恥じらいもためらいもかなぐり捨ててシキのものを咥えた。口でするのはまだ二度目で碌にやり方も分からないまま、夢中で口内のものを舐めしゃぶる。シキもそれを咎めず、熱っぽい吐息を吐きながらアキラの髪をなでた。そのため、アキラは今にも達してしまいそうな自分の状態から少し気を逸らすことができた。
 口内で、シキのものは急速に張りつめていく。それでもアキラは口を離さず、シキの性器の先端を執拗に吸った。アキラは自分のことながら、はしたない行為をしていると思った。しかし、しばらくシキとの性的な接触が無かった身体は自分でも予想外に飢えていて、貪欲にシキを求めてしまう。(もうやめないと……)そう思うのだが、腰からくる快楽に理性が飛び掛けていて、自分を止めることができない。
 そうするうちに頭上でシキが微かな呻きを上げ、口内に熱が吐き出される。苦い味にむせそうになりながらも飲み下し、更にアキラは尿道に残る残滓まで求めるように先端を啜った。
「っ……アキラ、もういい……」
 シキがそっとアキラの額を押した。
 そこで、アキラははっとして萎えたシキのものから口を離す。すると、シキは身仕舞いをしてさっとベッドを離れて行った。
 その素っ気なさにアキラが不安を感じたとき。ぐっと腰から快楽がせり上がってきた。女が腰を揺らし、体内のアキラのものを刺激したのだ。
 アキラは腰の快楽に意識を引き戻され、女を見上げた。彼女は喘ぎ声を上げるでもなく無表情にアキラの上にまたがっていた。けれども、その目にはつい先ほどまでは見られなかった熱っぽさが込もっている。アキラとシキの行為に興奮したかのようだった。
 女は膝立ちになって腰を浮かせ、また腰を落として体内のアキラのものを刺激する。その動作の合間に結合部からぐちゃりと濡れた音が聞こえてきて、アキラは羞恥と興奮を煽られた。腰から伝わる快楽に、抱く側の性としての衝動がこみ上げてくる。
 気がつけば、アキラは手を女の腰にあてがい、下から衝き上げていた。
「あっ……」女は相変わらず無表情のまま、快楽のにじむ声で喘いだ。そんな自身の声に煽られるかのように、彼女は更に激しく腰を揺らす。
 やがて、女は身を強ばらせ、微かな声を上げながら達した。女の体内が収縮し、張りつめきったアキラの性器を締め上げる。その刺激に堪えきれずアキラも達し、性器を包む薄い皮膜の中に熱を吐き出す。
「……っく……あぁ……ぁ……」
 自慰では得られない性行為での絶頂はトシマ以来だった。あまりの快楽に呆然としてしまい、喘ぐ声が零れるのを堪えきれない。


 やがて、女が我に返り、のろのろとアキラから離れた。彼女はまだぼんやりしているアキラの傍に座り、コンドームを外して手際よく後始末する。それから、シキを振り返った。
「中佐、お相手いたしますか?」
 女のシキへの問いかけを聞き、アキラはぎくりとした。
 久しぶりのシキとの性的接触や女との交わりで、シキの女遊びを男として普通のことと見なしていたアキラの理性は、すっかりかき乱されていた。男として女を抱くのを非難する気はないが、目の前でシキが女を抱くのを見ていられるほどの強さは自分にはない。
 アキラは固唾を飲んでシキの返答を待った。すると。
「――いや、俺はいい。今日はもう帰っていい」シキは言った。
「分かりました。それでは、身支度を済ませましたら、すぐにお暇いたします。シャワーをお借りします」
 女はバスルームへ入ってシャワーを浴びると、手早く衣装を身につけて部屋を去っていった。その間、シキは部屋に備え付けてあった酒を飲みながら、窓際の椅子から外を眺めていた。アキラには、声を掛けようとしなかった。
 アキラは惨めさを抱えながら、半裸のままベッドで身体を丸めていた。今回は受け入れる側でもなかったから負担はないはずなのに、妙に不快な疲れが身体に淀んでいる。
 強引に女と交わりを持たされたから惨め、というわけではなかった。
 女と交わったことで貞操を汚された、などとも思わない。アキラは性的嗜好の上ではノーマルで、シキとのことは今思えばシキに惹かれているから許容できたことだった。もしも惹かれた女がいたら、性行為にだって至っただろう。だから、シキがこの一年女を抱いていたことも、気に病みはしない。
 アキラが惨めに思うのは、シキの目の前で女と交わったという事実だった。こんな爛れた遊びに関わって自分は汚れてしまった、という意識がのし掛かってくる。女が部屋を出ていく音を聞いた途端、堪えていた何かが決壊しそうになった。アキラは一層身体を丸め、嗚咽が零れそうになる唇を引き結ぶ。そのときだった。
 カタリ。
 グラスをテーブルに置く音、その後にシキの気配が近付いてくる。シキはベッドに手を突くと、アキラの肩を掴んで強引に顔をのぞき込んだ。きっと情けない顔をしている。自覚していたからアキラはあえて不貞腐れた表情を作り、そっぽを向いて視線を合わせなかった。
 唐突にシキはアキラのスラックスを脱がせてから、軽々と抱き上げた。
「なっ……を……下ろしてください……!」
「断る」シキはにべもなく言った。
 暴れてみたところで、ニコル保菌者のシキの力にアキラが敵うはずがない。シキはアキラを抱えたまま、バスルームへと入っていく。裸のまま湯のない冷えた浴槽の中に下ろされ、アキラはきっとシキを見上げた。
「何をなさいますか」
「女を抱かされたのがショックか」
「ちがいます」
「ならば、なぜそんな腑抜けた顔をしている?」
「女を抱いたからどうってことじゃない!」感情が昂ぶってきて、礼儀を取り繕うこともできなくなってくる。アキラはシキを睨みながら叫ぶように言った。「俺は……あんなことは嫌だった。想ってもいない相手と寝るなんて、そんなの……。あんたは女遊びも平気かもしれないが、その爛れた趣味に俺をつき合わせるな」
「俺が遊びで女を抱いているように見えるか? ――今度のことは、お前に女を覚えさせるためにしたことだ。いつまでも無垢のまま『想わない相手とは嫌だ』などと言っているようでは困る。今のまま昇進していけば、いずれお前も接待などで女をあてがわれる機会が来るだろう。俺の目の届かないところで女を知って骨抜きにされては、何のためにお前を育てて来たのか分からんからな」
 そう言うシキは、冷静な表情をしていた。トシマでは『俺のものだ』などと執着を見せたくせに今ではあまりにあっさりした態度に、アキラは怒りを通り越して憎しみさえ感じる。
「何のためだよ」低く脅すような声で尋ねた。「トシマでは散々俺を抱いて、今度は俺に女を抱かせて『無垢では困る』……あんたは一体、俺をどうしたい。俺にどうなってほしいんだ!?」
「……考えろ。俺はお前に何かになって欲しいのではない。今のお前はただ俺に流されて生きているだけだ。お前は選ばなければならない、俺の傍で生きていくのかどうか……どういう形で俺の傍にいるのか」
「選べって、あんた何様だ」
「俺は俺だ。だが、自分でどう生きるかも決められないお前は、何者でもない。永遠に何者でもないまま生きていくつもりか?」
 言葉は厳しかったが、シキの声音は優しかった。
 シキはシャワーの栓を開け、アキラの上に水を降らせた。水はすぐに湯に変わり、冷えたアキラの身体の上を流れて温める。
「あんたの言っている意味が分からない……」
「お前は分かっているはずだ。だから、自分をどうしたいのかと問うのだろう」
「分からない……本当に分からないんだ……」
 混乱したまま、アキラは両手で顔を覆った。
 シキはそれ以上言葉をかけずに上着を脱いで袖を捲くり、アキラの頭に触れた。慈しむように濡れた髪を撫でてから、更に手を下へ滑らせてアキラの身体を洗い始める。一切の性的なニュアンスのないシキの手は優しく、アキラは子どものようにシキに全てを任せていた。
 顔を流れる湯は温かく、頬を伝うのが自分の涙なのか湯なのか分からなかった。







(2010/02/05)

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