Party6 side アキラ くしゅん。しばらくの間、身を寄せ合っていた二人だが、アキラが小さくくしゃみをしたのをきっかけに、シキが先に立ち上がった。さらに、アキラへと手を差し伸べてくる。 アキラはおずおずとシキの手を取り、地面から腰を上げた。そこで、ふと足下を見て、自分もシキも裸足のままなことに気づく。特に、抜けるように色の白いシキの足は、地面の冷たさのせいか青ざめているようにさえ見えた。 「あんた、その足、冷たいだろ……? なんで裸足のまま庭に降りたんだよ」アキラは思わず尋ねた。 「裸足なのは、お前も同じだろう」シキは僅かに拗ねた調子で応えた。が、取り繕っても仕方ないと諦めたのか、バツの悪そうな声で告白を始める。「……履きものを探している余裕がなかったんだ。お前がnと親しげなのを見て……いても立ってもいられなくなった……」 「そ、……そっか……」 相づちを打つふりをして、アキラは俯いた。急激に頬が熱を帯びてくるのが感じられる。 「……アキラ、お前こそ足が冷たいだろう? 足が汚れているからもう遅いかもしれないが、室内まで抱いて行ってやろう。冷たさは少しはましだろうからな」 シキは生真面目に言って、手を伸ばしてくた。アキラは慌てて、その手から逃れた。 「い、いいよ! 俺も歩く! ……それよりさ、室内に入ったら、一緒に風呂に入ろう。あんたも俺も身体が冷えてるから、早く暖めないと」 その言葉を聞いたシキは、短い間の後にため息を吐いた。どうしてそこでため息なんだ? アキラが顔を上げると、彼は呆れたような、困惑したような微妙な表情でこちらを見ていた。 「……どうしたんだ?」 「いや。……三年、経っても、お前はお前のままだと思ってな」 「……?」 アキラは意味が分からず、首を傾げた。が、シキはそれには構わず、アキラの手を引いて歩き始めた。足は冷たかったが、繋いだ手は案外、暖かい。その温もりが、アキラには何よりも嬉しく思えた。 その後、宣言通りにシキと風呂に入ったアキラは、浴槽の中でようやく彼の言葉の意味を悟った。同性とはいえ、幾度か肌を合わせた相手が、裸で同じ浴室内にいるのだ。どうしても、平常心を保つことができない。 もっとも、シキも同じらしく、アキラに石鹸の位置など風呂の使い方を教えながらも、どことなく態度がぎこちなかった。そんな彼の態度も、今のアキラにとっては嫌ではなかった。先ほど、庭でお互いへの気持ちを確かめ合ったことから、シキが固くなっているのも自分と同じ理由だと分かったためだ。むしろ、嬉しいとさえ思ってしまう。 気がつけば、アキラは湯につかりながら、口元を緩めていた。隣にいたシキがそれに気づき、眉をひそめる。 「……楽しそうだな」 「楽しいというか、嬉しいんだ。あんたも俺と同じで、こういうとき、人並みに緊張するんだと分かって」 「さて……。俺がお前と同じことを考えているとは、限らないだろう?」 「分かるさ。俺はあんたに触れてみたいと思ってる。……あんたも、そうなんだろ?」 シキは目を丸くして、アキラを見つめた。信じられないという表情。彼の反応にアキラは苦笑した。 「図星だろ? 俺だって、そのくらい、予想できるんだよ。同じ男だし、もうトシマの頃みたいな子どもじゃないんだから」 「あぁ……」頷いたシキは、不意にアキラの後頭部を押さえて引き寄せた。触れるだけの口づけをして、すぐに顔を離す。吐息が触れるほどの至近距離で、シキはアキラの目をのぞき込んで共犯者に対するかのように含みのある笑みを向けた。「今は、これ以上は無理だな。ここで歯止めが利かなくなると困る」 「……うん」シキの艶やかな笑みに、アキラは急に恥ずかしくなって視線をそらした。 その夜、アキラは用意された客室ではなく、シキの私室に通された。彼の部屋は質素な和室で、驚くほど生活感がなかった。書架に並ぶ雑多なジャンルの本と畳の上に延べられた布団だけが、辛うじて人のいる気配を醸し出している。シキらしいといえば、確かにシキらしい部屋だ。 「ものが少ないんだな」アキラは呟いた。 「どうせ、お前の部屋も似たようなものだろう」まるで見てきたかのように、シキの声は確信に満ちていた。 「なっ……。なんで分かるんだ?」 「トシマでのお前を見ていたのだから、予想は付く。はっきりと、どこがどうとは言えないが……俺とお前には、似たところがあるしな」 「似たところ?」 アキラは驚き、瞬きをした。自分とシキが似ているとは、考えたこともなかった。が、彼に心惹かれる、彼の傍で安らぎを感じることを思えば、自分たちにはどこか相通ずる部分があるのだろう。 (……まぁ、とりあえず、不器用で世渡り下手なところは、似てるのかもしれないな) ふとそう思って、アキラは頬を緩めた。それを見たシキが、不審そうに眉をひそめる。 「何を笑っている?」 「何でもないよ」 「いや、何かあるだろう。……吐かせてやる」 唐突に、シキはアキラの脇腹に手を伸ばし、くすぐり始めた。予想外の攻撃。とっさに避けることのできなかったアキラは、くすぐられてケラケラと笑い、身を捩った。 それでも、シキは攻撃をやめない。身悶えして笑ううちに、アキラは体勢を崩して倒れ込んでしまった。そのアキラの身体を、布団が受け止める。倒れた上からシキが覆い被さってきたが、さすがにもう、彼はアキラをくすぐろうとはしなかった。見れば、彼はひどく優しい目でアキラを見下ろしていた。 「吐く気になったか?」 睦言のようにそっと、シキが囁く。その声の響きに、アキラは知らず身を震わせた。 「っ……。その声、反則だぞ……。――俺とあんたはさ、不器用なところが似てるのかもしれない。そう思ったら、少し可笑しかったんだ。俺は不器用で、ときどき、いろんなことが上手くいかなくて……でも、あんたと同じなら、それも悪くない気がするんだ」 「そうか」 頷いたシキは、ふと口を噤んで顔を寄せてきた。唇と唇が重なる。薄く開いていた歯列の合間かあ、するりと彼の舌が滑り込んできて、口内をまさぐった。官能を引き出そうとす口づけ。けれど、口づけを受けながら、アキラは触れ合った唇から快感だけでなく、彼の感情が伝わってくる気がした。錯覚なのかもしれない。それでも、シキが自分に向ける慈愛が、欲望が、感じられるかのようだった。 自分も同じ感情を抱いているのだと伝えるために、アキラは舌を伸ばしてシキのそれに触れた。すぐに、シキはアキラの舌を絡めとり、軽く歯を立てたり、きつく吸い上げたりする。そうされると、甘い痺れが背筋に走った。 「んっ……ぅ……ふぁ……」 息継ぎの合間に、自分でも驚くほど甘い声がこぼれ落ちる。 シキは口づけをしながら、アキラの寝間着を寛げ始めた。といっても、アキラが着ているのは、客用に用意された浴衣だ。あっという間に帯を解かれ、脱がされてしまう。気づけば下着も取り払われていた。 さらに愛撫を続けようとするシキを制して、アキラは布団の上に起きあがった。シキと向かい合って、尋ねる。 「俺も、あんたを脱がせてもいいか?」 「――あぁ」少し考えてから、シキは頷いた。 アキラは緊張で震える手で、シキの帯を解いた。浴場ではよく見ている余裕もなかったが、浴衣の前をはだけると、その下の肌に幾つもの傷跡があるのが分かった。 アキラは、シキの左肩、鎖骨の端にあった古傷の一つに触れた。シキは僅かに身体を揺らしたが、拒絶しようとはしなかった。トシマではアキラの前で肌をさらさなかった彼。その彼が心を開いて傷を見せてくれた事実に、アキラは胸が熱くなるのを感じた。 左肩から腕や胸、脇腹など、アキラはシキの身体のあちこちに散らばる傷跡を指先で辿った。そうしていると、言葉には言い尽くせない、外見には現れない、彼の中の何かを読みとれる気がした。その間、シキもアキラの肌に触れ、言葉にはならなかった三年間の変化を感じ取ったようだった。 口づけながら、シキはそっとアキラを布団の上に押し倒した。そのまま、唇から首筋、胸、腹部へと唇で辿る。あっと思ったときには、アキラは兆し始めた自分のものを温かく湿った感触に包まれるのを感じた。 「っ、あぁ……!」アキラは思わず声を上げた。 シキに雄をくわえられている。そう分かった途端、身体がかっと熱くなった。 「シキ……やめ、っ……ぁ……」 側面を舐められ、先端やくびれに吸いつかえて、アキラは身を捩った。が、足をシキに押さえ込まれているので、身動きが取れない。どんどん育っていく熱に焦りを感じながら、アキラは足の間にあるシキの頭に手を触れて訴えた。 「シキ……離し、て……。俺も……」 受け身ばかり、与えられるばかりでは嫌だ。自分もシキに快楽を感じさせたいのだと告げれば、シキは顔を上げて、アキラを見つめながら考え込む表情で唇を舐めた。その舌の動きに魅せられながらも、アキラは視線を送り続けた。 と。不意にシキは何も言わず、体勢を変えた。どうやら、アキラの願いを聞き入れてくれたらしく、アキラの目の前に彼の雄が来る姿勢になる。淫らな格好に羞恥を覚えながらも、アキラは反応し初めているシキの雄を口に含んだ。夢中で育っていくそれを舌で、唇で愛撫する。そうする間に、シキはアキラの雄ではなく、その奥にある後孔に触れた。固く閉じたそこを舐め、時折、舌を押しつけるようにする。その濡れた感触に、アキラは意思とは関係なく身体が溶け、力が抜けていくのを感じた。快楽なのか、そうでないのか分からない疼きのようなものが、腰に広がっていく。 「ん……っ、うぅ……ふ……」 口内はシキの雄でふさがれているが、アキラは口淫の息継ぎの合間にすすり泣くように喘いだ。みっともないとは思ったが、声を抑えることができない。 やがて、体内にシキの指が侵入してきた。ゆっくりと、解すように動きながら、奥へ奥へ進んでくる。その間にも、シキの舌が指をくわえ込んだ入り口を愛撫し続けていた。シキが唾液で濡らしてくれているせいだろうか、指が増えても圧迫感は増すものの、挿入に付きものの痛みはほとんどなかった。 トシマの頃からは、考えられないような抱き方に、彼の過ごした三年を見る気がした。 「――シ、キ……。も……いいから……欲しい」 アキラはシキの雄から口を離して、切れ切れにねだった。このままでは挿入の前に達してしまいそうだし、早く彼と繋がりたかった。繋がって、一つになれば、三年の間に変わった彼を読みとって、理解できる――焦りのように、そう思った。 アキラの願いを聞き入れて、シキはようやく後孔から指を引き抜いた。アキラに覆い被さり、足を押し開く。緩んだ後孔の表面に熱い感触が触れて、アキラは知らず身を震わせた。 いいか、と問うように、シキが目をのぞき込んでくる。アキラは無言で頷いた。次の瞬間、ぐいと入り口を押し広げて、シキの熱が体内に侵入してきた。久しぶりの挿入はやはり苦しかったが、行為に身体が馴れなかった三年前ほどではない。「くっ……ぅ……」アキラは息を吐いて身体の力を抜くように努めた。ひと呼吸を置いて、シキが一気に腰を進める。奥深くで彼を受け止めながら、アキラは彼に足を絡め、肩にすがりついた。 「シキ……シキ……」 動き出すシキに合わせて腰を揺らしながら、アキラはうわごとのように彼の名を呼んだ。 今、このとき、誰よりもシキの傍にいる。一つになっている。その感覚に、言いようのない安堵と快楽を覚える。このままずっと繋がって一つでいられたら、どんなに幸せだろうとさえ思う。行為が終われば今の一体感は失われ、また離れて個人に戻るしかないのに――。 「シキ……だめ、だ……。もう……」 達してしまう。そうしたら、その後には離れなければならなくなる。 「アキラ……」 こちらの感情を察したはずもないが、不意にシキがひときわ強く腰を打ちつけて、ぎゅっとアキラを抱きしめた。体内の感じる部分を抉られて、互いの腹の間で育ちきった熱が擦れて、その刺激でアキラは達していた。強い快楽に、頭が真っ白になる。自分とシキの境界線がなくなって、混じり合うような束の間の幻想が訪れる。ひどく幸せな気分になって、アキラは意識を手放した。 (2012/05/27) 目次 |